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第2章

26話 時代にそぐわぬ文明の影

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「ふんっ! お生憎様、このハチはただの子犬じゃ無いわっ。驚きのSランク認定ルーキーなのよ。あんたなんか、これからハチが使う光魔法でケッチョンケッチョンのガラクタにしてやるんだからっ」
「きゃ、きゃうーん(やめて、ブーケ姫。奴らを煽らないで!」
「キィイイっ。見慣れない子犬を連れていると思ったら、また貴様かブーケ。どうやら臆病なバトル初心者に見えるがそんな子犬が我らの相手になるとでも」

 何故か、カラクリ兵士を煽り始めるブーケ姫。だが、カラクリ兵もブーケ姫が気丈な性格であることを知っているようで、平然と小さなオモチャの武器を構え始めた。どうやら、これが日常茶飯事っぽい? さらに、バカにされているオレとブーケ姫を庇うべくメイドさんが余計な情報をカラクリ兵に与える。

「もうっ! ブーケ姫とハチのコンビが、見るからに可愛らしいからって舐めているのね。いいこと、魔族が編み出したステータスオープン魔法のランク測定機能は伊達じゃないわよ。このワンちゃんに秘められた潜在魔力は、伝説のドラゴン並みなのよ。いかに頑丈なカラクリ兵だとしても、この魔力の前ではただのおもちゃにすぎないわ」
「おっ……おもちゃだと! メイドの小娘……我らカラクリ兵を愚弄する気かっ。我らは、その辺で小さな子供と戯れているお飾りのカラクリ兵とは訳が違う。正真正銘、本物の生命ある戦士なのだぞ」

 カラクリ兵達の中でも、最もプライドが高そうなのが、メイドさんのおもちゃ発言に過剰反応し始めた。いや、カラクリ兵達には悪いが、誰がどう見ても小型犬サイズの小さいカラクリ兵は、おもちゃの部類である。おそらく、人間サイドも兵器としてカラクリ兵達を雇っているのではなく、使い勝手の良い偵察メカのつもりで使用しているのだろう、
 だが、魔力によって動くことが出来る特別なカラクリ兵達は心も特別なようで、さらに兵士としてのプライドがバリバリ備わっているみたいだった。

「どうします……手加減してやるつもりでしたが本気でやりますか」
「ひひひ……それでいいんじゃないか。オレ達カラクリ兵を愚弄したことをその身をもった後悔させた方が良いぜ」
「うぬぅ……ワシは女と子供と犬相手に本気になるのはどうかと思うがのう……。まぁ、手合わせ程度に戦えばいいじゃろう」

 一応、いかにもか弱い女と子犬を相手にするのは、兵士として抵抗感がある者もいるようで、どのように戦うか作戦会議を行っている。老カラクリ兵はその人柄から、オレ達相手に本気で戦うのが嫌なのか、手加減してくれるみたいだが。若いカラクリ兵は、そうはいかない様子。

「キキキキッ、Sランクだとっ。生意気な小型犬め! このカラクリ兵様の方が小型犬よりも、優れていることを証明してやるわっ」
「きゃきゃーん(何、このカラクリ兵士達。無茶苦茶感情的じゃないか?)」

 ――生まれて初めてのバトルが、今幕を開ける!


 * * *


 ブーケ姫はオレの使い魔ランクが最強とされるSランクであることを主張すれば、カラクリ兵達が大人しくなると思ったようだが……。よほど自信があるのか、怖気付く様子すら見せず、むしろより一層やる気にさせてしまったみたいだ。

「ケケケケェッ! そんな弱そうな子犬がSランクだってっ? ブーケ姫も随分と寝ぼけたこと言ってくれるなぁ。我らカラクリ兵が、子犬ごときにやられるかってぇんだよっ! 行くぞっオマエラ!」
「きゃ、きゃん(え、オマエラってまさかさらに複数いるのっ)」

 1グループで挑んできたかのように見せかけていたカラクリ兵だったが、実は伏兵が潜んでいたらしい。おそらく10対ほど増えたと考えていいだろう……合計で20体といったところか。さらに仲間を増やして、バトル力をアップさせてきたカラクリ兵……こんなに数が多いのでは、本気でやらなきゃ消される危険も。

「ケケケケェッ!」
「ヒャッハーッ」
「ウェイウェイッ」
「我ら、新型カラクリ兵……その名も『カラクリ兵・改』だっ」

 木の陰から次々と現れるカラクリ兵達は、初めから集団でブーケ姫を張っていたようだ。よく考えてみれば、魔王城別棟からロッジまでの道のりは固定ルートになっていて、襲撃しやすいのだろう。

「くっ! 相変わらず、生意気な集団ね。しかも、新型で『改』なんて付いているわよ。けど、負けるわけにはいかないわっ。行くわよ、ハチ。私の呪文に続いて魔力を込めて吠えるのよっ。光の精霊よ、闇の魂に浄化の魔法を与えよっ」
「きゅいんっ!」

 バシュッ! バシュッ!
 光の斬撃がカラクリ兵・改に向かって、乱れ飛んでいく。これは、呪文の発動が成功したということだろうか。

 初めてのバトルに右も左も分からないオレだが、恐怖心をかなぐり捨てて懸命にブーケ姫の指示に従う。取り敢えず、使い魔の術の使い方の基本は飼い主の魔法発動に合わせて、敵に吠えてみることのようだ。
 まさか、初めてのバトルの相手が二百五十年前のカラクリ兵になるとは想像もつかなかったが。以前、ブルーベル達と未来のこの場所でお茶会をした時に、オレのことを見下すような態度でカラクリ兵の脱け殻が佇んでいたのは覚えている。

「カ、カラクリ兵C、F! くっよくも我らが兵を……ゆ、許さんぞ子犬ごときがっ」
「きゃうん、きゃうんっ」
「ひぃいいっ! ブーケ姫様。あのカラクリ兵達、なんだかいつにも増して怒っていますよぉ~。ちょっと煽りすぎましたかね……手合わせ程度って、さっきは言ってたのに。ハチはこんなに可愛い子犬なのに、何故あんなに敵意を燃やしているのでしょう?」

 怒りに任せて攻撃をさらに繰り出すカラクリ兵に、本気で怖がるメイドさん。ブーケ姫と違ってメイドさんの方は、そこまで好戦的な性格では無いようだ。けれど、図に乗ると思わず煽りをしてしまう辺り、さすがは魔族のメイドさんと言ったところだろう。すっかり忘れているみたいだが、メイドさんがオレのことをドラゴン並みだの何だの自慢しつつカラクリ兵達をおもちゃ扱いして煽りまくったのも、あちらが怒る原因だと思うが。

(しかし、未来の庭でカラクリ兵のモニュメントを見た時も不穏な感じがあったしな。結局は、シナリオ通りの展開ってワケか)

 もしかすると、あの時点ですでに、オレが過去に遡ってカラクリ兵達と戦うことが確定していたのかも知れない。今思うとあの時のカラクリ兵達から発せられるオーラは、数百年分の怨みを背景に秘めているような雰囲気さえ感じ取られた。しかも、新型というだけあって従来のデータよりも幾分パワーアップしているみたいだ。
 ただのチワワを目の敵にするのもおかしかったし、今ここでオレがコイツらを退治出来ればあの態度も辻褄があう。

 そんなことが頭によぎりながら戦っていると、「カチャン、コロコロ……!」と音を立てて、何かが倒れたカラクリの背中から飛び出してきた。オレの足元まで転がってきたそれを、防御魔法役のメイドさんが拾う。

「何か、転がってきたわよね。リオ、あなた一体なんだか分かる?」
「はい、ええと……東方の文字で難しいですが、数字の4というものだけは読み取れます。何かの装置でしょうか?」

 今はじめて知ったがメイドさんの名前は、リオというようだ。子犬のオレにわざわざ自己紹介してくる人もそんなにいないため、相手の名前は会話の流れで把握するしかない。

「数字の4か、何かの単位なのかしら? この小さな4の記号のアイテムが飛び出たら、アイツらの動きが鈍くなったわ。きっとこのアイテムが、動力の元になっているのね。これを動力源としてプラスしたことが、新型を名乗る理由なのかも」
「はい。どうやら、そのようですブーケ姫。背中にアイテムが埋め込まれているようですから、その辺りを狙えば良いみたいですね」

(まさか……あれは、乾電池というものじゃないか。でも、ここって二百五十年前だよな……なんで現代文明の乾電池がっ?)

 時代にそぐわぬ文明の影――即ち、乾電池の登場に思わずオレのチワワボディがフルっと震える。

 コロコロと転がる乾電池は、とてもこの時代背景には合わない代物で。オレはようやく、『オレ以外にも未来からの来訪者が存在すること』を察知するのであった。
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