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第1章

12話 新たなステージへ

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 再びオレの意識が覚醒すると、今度こそ救護コーナーの診察台の上だった。30代くらいのメガネ美女の獣医さんが、懸命にオレを手当てしてくれたおかげで、肉体は無事だったようだ。

「ふぅむ。一応、回復呪文をかけておきましたが、結構危ない状態でしたよ。ただのMP切れに見えて、魂まで消耗していたように見えました」

 深刻そうな表情で、どうしてオレが倒れたのか説明する獣医さん。彼の見解が合っていれば危うく魂まで持っていかれるところだったのだろう。

「魂が消耗? どうしてハチは、そんな大変な状態に。私、試験官の人に手渡された呪文を普通に読み上げただけなのに。ゴメンね、ハチ。辛い思いさせて」
「きゅいーん(大丈夫だよ、ブルーベル)」

 責任を感じているのか、ブルーベルが申し訳なさそうにオレの頭を撫でる。しっとりとしたロングコートチワワの毛並みは、少女の手をスルスルと滑らせていく。先程まであった息苦しさのようなものが、次第に弱まっていく。飼い主に撫でられることで、安心しているのだろうか。

「実は、通報を受けた第三者機関が、早速試験の呪文を調べに来ましたの。術者がある系譜を組んでいる時のみに、発動する強力な呪文が使用された可能性が高いと、判明しました」

 あれだけ大勢の人の前で、びっくりするほど強い魔法を発動する呪文を使用させたんだ。試験そのものに問題があったのではないかと、通報する人が出てきてもおかしくない。そういう意味では、公開型の試験で助かったのかも。
 第三者機関の調べが確かなら、今回ブルーベルが唱えさせられた呪文は、特定の血族にのみ反応するものだった。

 つまり、オレたちの前に同じ呪文を唱えた猫などの使い魔の飼い主は、その系譜には当たっていなかったから魔法が暴発せずに済んだ。たまたま、魔王の血筋であるブルーベルだけが、その系譜だったということだろうか。

「えっ? それじゃあ、特定の一族のみに発動する呪文を偶然に手渡されていたってことですか」
「ええ、ここだけの話ですが。偶然か故意かはともかくとして、そのような呪文が最近巷に出回っていることは確かです。ブルーベルさんは、魔王の末娘という少々目立つポジションにいますね。ブーケ姫の伝説もありますし、そういった特定の血統の人を狙ったものなのかと。系譜が不明の民間人の中に、魔王の系譜が混ざっている場合もありますし」

 言い方は悪いがこの試験を利用して、誰かが系譜の人間を調べたかったようにしか見えない。だけど、ブルーベルの場合は世間が魔王の娘だというとこを知っているのだから、わざわざ罠に嵌めるような真似をしなくても周知の事実のはず。
 と、なると。やはり、作為的にブルーベルを魔力暴走させるのが狙いだったのか。

「そ、そんな。やっぱり、私のせいでハチが? それに、この試験そのものも無かったことになっちゃうのかしら」
「いえ、それが。数値自体は嘘のないものみたいなんです。にわかに信じ難いかも知れませんが、そのチワワ君の潜在能力は本当に『88万8000ポイント』を記録しています。紛れもなくS級ランクのトップ使い魔ですよ。幸か不幸か、今回の呪文じゃなかったら、完全な潜在能力は引き出せなかったでしょう」

「でも、どんなに数値が高くても、あんな風に倒れられたらと思うと、ハチを無理させられないし……。私はもう、魔法使いには慣れないのかなぁ」

 責任を感じているのか、ローブの裾をキュッと握ってポロポロと泣き出すブルーベル。魔法使いになりたい、使い魔と一緒に勉強したいという彼女の夢を、こういう形で諦めさせるのは可哀想な気がする。
 それに、魔王の娘というポジションのせいで、今後もいろいろな人に狙われるのであれば、いっそのこと強い魔法を使いこなせた方が身を守ることが出来るだろう。

 ふと、思い出したように獣医さんが有名な伝説について語り始める。

「もしかすると、ハチ君は伝説の聖なる獣テチチ族の末裔なのかも知れませんね」
「テチチ? チワワのご先祖様は大体テチチなのかと思っていたけど、その聖なる獣と呼ばれたテチチだけは特別なの? けど、ペットショップでたまたま見つけたのがハチなんですよ」

 一般的にチワワのご先祖様は、今はいない犬種のテチチだと言われている。オレのようにロングコートタイプのチワワには、さらにパピヨンやポメラニアンの系譜も混ざっているそうだ。
 だから、現代のチワワには様々な犬の系譜を経ているのは当然なのだが。今回の話はあくまでも『伝説の聖なる獣と呼ばれた犬』の直接的な子孫ということだろう。

「ええ、実はブルーベルさんと同じ魔王一族の伝説の人物であるブーケ姫は、聖なる獣の血を引く犬を賜ったと言われています。例え、ハチ君との出会いがペットショップだとしても、犬の神様が2人を巡り会わせたのかも知れません。コンビを組んで魔法界のトップを目指すことだって、夢じゃないはずです」
「けど、ハチの身体に負担がかかるのに、これ以上魔法を使わせるのは可哀想」

「実は、ハチ君が成長するまでの魔力を制御出来れば、魔法の勉強を継続するのは可能なんです。あの魔法の首輪は、通販か催事場でなら手に入るはず。
確か、今日もメーカーさんが特別催事場に参加していたような……」

 コンコンコン!

 すると、会話を遮るように救護コーナーのドアがノックされた。それは、オレが新たなステージに上がるために必要な合図の音でもあった。
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