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第五部 学園ギルド編
第五部 第23話 約束のキス
しおりを挟む「大丈夫だよ、イクト君……店員さんには悪いけど、赤毛の魔女には近づかないでおこう。私達には魔獣討伐の大事な使命がある……」
キュッと握られたミンティアの手からは、じかに体温が伝わってきて温かい。何か嫌な予感を感じているのか、それともオレの中にある幼なじみへの切ない気持ちに気付き始めたのか。この先を案じて、心配そうなミンティアの表情……いつものオレだったら、こんな風にミンティアに止められたら無理に別のクエストを受けようとはしないだろう。
けれど……今回だけは、事情が違う。思い出してしまった以上、勇者として幼なじみとして大切な人を救い出さなくてはいけない。
「ミンティア、みんな。申し訳ないけれど、オレ行かなきゃ……。カノンは大切な人なんだ……現実世界地球にいた頃の大切な幼馴染なんだ! 塔に閉じ込められているなら、助けに行かなきゃ……それがオレにできるカノンへの償いだから」
一瞬、その場の空気が凍りつく……。失っていた記憶が蘇ったことへの驚きもあるだろう。だが、それ以上に地球という言葉を過剰に嫌がるミンティアのオーラに、緊張が高まったのも確かだった。
そして、沈黙を破ったのも……その異質な雰囲気を醸し出していた聖女ミンティア本人となった。
「ねぇ……イクト君……一体どうしちゃったの。ちょっとだけ、様子がおかしいよ。普段はそんなことを言わないのに。まるでここが架空の世界みたいな言い方に聞こえるよ。現実世界地球って何……? 私達の住む現実世界はアースプラネットでしょう? 違うの?」
ミンティアが強くオレの手を握る……彼女のミントブルーの澄んだ瞳が、哀しみで潤んでいる。
現実世界はアースプラネット……異世界人であるミンティアにとってはそうかも知れない。すでに異世界転生してしまったオレにとっての現実は、『地球』ではなく『アースプラネット』なのかも知れない……だけど……。
「ごめん、ミンティア。もしかしたら、異世界人のミンティアにとっては一番大事な現実世界は地球ではなく、このスマホRPG異世界なのかもしれない。だけど、オレにとっては、魂の生まれ故郷である地球も大切なんだ」
「地球が大切? それって、イクト君はそのうち地球に帰っちゃうってことなの。じゃあ、どうして私と婚約の儀式なんかしたの。私には、地球に居場所なんて存在していないのに。ここで暮らしていくしか選択肢はないのに」
「ミンティア? 地球に居場所がないって……。昔は地球と異世界はゲートを通じて行き来できていたはずだ。魔獣が復活してからゲートが不通になってしまっただけで。だから、例えばオレが地球に戻ったとしてもミンティアと会えなくなるわけじゃないし」
いつも、優しくオレに寄り添ってくれるミンティアの様子がおかしい。他の異世界人たちよりも過剰に地球への帰還というものを恐れているような気さえする。そして、地球には居場所がないということを頑なに主張する姿にやや違和感を感じた。
だけど、この時点ではミンティアに隠された本当の秘密に気づいていなかった。
彼女が地球への帰還といういわゆるゲームのログアウト状態に対して、強い恐怖と拒否感を抱いている本当の事情には気付く余裕が無かったのである。
ただ単に、一緒に遊んでいた仲間が帰りたがっていることを拒否している小さな子どものようにさえ見えてしまった。
「大丈夫だから、ミンティア。落ち着いてイクトの話を聞こう。それに、カノンちゃんと一緒にいるエルフのメイドっていうのもアタシの前世の友人かもしれない。大切な人を助けだしたいのはイクトだけじゃないんだ」
いつもは軽いノリでムードメーカーに徹しているアズサが、珍しく真剣な眼差しでミンティアを宥める。アズサも失っていたはずの前世の記憶を同時に取り戻しているのか普段よりも冷静だ。
「私からもお願い、ミンティアさん。この写真に写っている黒髪の女の子……なんだかすごく見覚えがある子なの。私にとっても大切な人なのかもしれない。だから、私もこの赤毛の魔女を救い出すクエストに挑戦したい。多分、やらなくちゃいけないことなの」
犬耳族の店員ココアから受け取った魔女救出のチラシを確認してから、改めてアイラまでもがミンティアにクエスト変更をお願いする。
「そんな、どうしてなの。アズサさんやアイラちゃんまで。やだよ……! もしあの塔に登ったら、その赤毛の魔女と一緒にイクト君が何処かに消えちゃいそうで……イヤだよ……。それとも、みんなもイクト君と一緒に地球へと消えてしまうの? ここは所詮ゲームの世界だったていうの」
「誰もいなくならないし、クエストだって続けるつもりだよ。落ち着いて……大丈夫だから」
「うぅ……ひっく。ちゃんと普通のギルドクエストやろう……。私達、勇者と聖女なんだよ……そして、ギルドメンバーの仲間たちと一緒に一人前の冒険者になって。それからは、世界を救う大事な使命があるんだから。イクト君がいなくなったら、困る人がいっぱいいるんだよ……どうして、分かってくれないの?」
ミンティアが幼い少女のように、駄々を捏ね始めた。泣きじゃくる姿は、今まで見たことのないような……聖女ではなく等身大の彼女の本音のようでいてなんだか切ない。
もしかしたら、ミンティアがここまで感情をさらけ出しているのは長い付き合いで初めてなのではないだろうか。きっと今までミンティアは、ずっとオレの機嫌を損ねないように、オレに合わせていてくれたんだろう。
一人前の聖女になる為に、そして彼女自身の居場所をこのギルドメンバーの中で確保するために。
「ミンティア……」
ポロポロと涙をこぼし、泣き始めたミンティアにかける言葉が見つからず、思わずみんな再び沈黙してしまう。
その時、オレ達の様子を見ていた女勇者レインが優しく、だが勇者特有の意思の強さを秘めた目でオレとミンティアを見つめてから……。
「……イクト君……じゃあ私は1度拠点に戻って、ギルドに変更の手続きをしてくるね。緊急クエストを受理出来るように。メンバー交代でマリアさんとエリスさんを連れてくるから。魔女の塔のエリアは魔法が使えるみたいだし」
「レインちゃんッ?」
レインの判断が意外だったのか、ミンティアが驚きの声をあげる。
「ミンティアちゃん……信じてあげなよ。イクト君を……勇者を……勇者は世界を救う使命があるんだから、そんなに簡単には、いなくならないよ。大丈夫、ミンティアちゃんの召喚クエストは私が手伝ってあげる。赤毛の魔女の攻略クエストは、獣人族のミーコちゃんもバトル参加できない規定みたいだから。私とミンティアちゃんとミーコちゃんの3人とイクト君たちのふた手に分かれよう」
レインがミンティアの頬に伝う涙を拭ってやる。そして、今回のクエストは受理方法を変更してふた手に分かれて別々にクエストを行うことを提案し始めた。
「……レインちゃん、でも、私には見えるの……。イクト君が、あの塔から何処かへ、遠くに行ってしまう……そんな未来のヴィジョンが……」
未来予知……聖女に備わる超能力のひとつだ。何か大きな変化が訪れる時には、未来のヴィジョンが見えるらしい……。
「……ミンティア……ゴメン……。それでも、オレは行かなくちゃいけないんだ」
たとえこの世界から1度離れることになったとしても、長い時間を永遠のように過ごして閉じ込められているカノンを放っておく事は、オレには出来なかった。
* * *
「はぁああああああっ喰らえっ。乱れ突き!」
『ぐぎゃああああっっ』
延々に続くように思われる塔の内部には、侵入者よけのトラップがいくつかあり、最上階直前のドアの前には護衛役のゴーレムが立ちふさがっていた。一定基準の攻撃スキルを叩き込むことで半日ほど眠りにつくという。
「ふぅ……はぁはぁ。これでしばらくは大丈夫だろう。このドアの向こう側が最終ポイントだ」
「カノンちゃん、無事だといいね」
静かに眠りにつくゴーレムを起こさないように、音を立てないようにそっとドアを開ける。すると、すでに塔の内部での変化に気がついていたのか、赤毛の魔女の異名を持つ美しい少女が来訪者を迎えるためにお茶とお菓子を用意して可愛らしく待機していた。
もしかしたら、いつも救出に来てくれる勇敢なものたちにお礼としてお菓子を渡していたのかもしれない。
「カノン! 大丈夫かっ。良かった、怪我はないみたいだな」
高い塔の最上階まで辿り着くと、光り輝くバリアが空間を遮っていた。カノンに手を触れたくても直接触れることは出来ない。きっと、他の人もこのバリアに遮られて救出を断念しているのだろう。お菓子のプレゼントはバリアを通過できるのに。
「えっイクト? イクトなの……私、長いことここに閉じ込められていたから、夢でも見ているのかしら」
「夢じゃないよ、カノン。オレだよ、イクトだ」
赤い髪、白い肌、大きな瞳、澄んだ声、相変わらずカノンは美しい……。令嬢に相応しい品の良いワンピースがよく似合っている。何年も離れていたはずなのに、カノンと離れたのがつい最近の事のように感じられる。
そしてもう1人、見覚えのある人物の姿があった。その少女もオレと仲間として旅をしたことのある少女で、密かに秘めていた思いを打ち明けてくれた女の子だった。
「イクトさん……えっアイラちゃん?」
黒髪三つ編みヘアのクールな少女……なむらちゃんだ。
「やっぱり、なむらちゃんだよね。良かった、私のこと覚えていてくれたの? すごく長い間離れていたから」
アイラの予想通り、前世でアイラと親友だったなむらちゃんも、カノンと一緒に閉じ込められていたようだ。
「コノハ、お前……カノンの御付きになるって言っていたからもしかしてと思っていたけど。ダークエルフメイドとして、しっかりやっていたんだな」
「あぁ! コノハさん。覚えていないかもしれませんけど、あなたの可愛い飼い猫の【猫マリア】……実は私が呪われた姿だったんです。よくご無事で……ちゃんと助け出してあげますからね!」
「アズサちゃん! それに、あなたが猫マリアちゃん本人なの? そっか、どうりで頭の良い猫だと思っていたら、人間が呪いをかけられて猫になっていたんだね。ありがとう、2人とも心配してくれて」
さらに、お付きのメイドさんはアズサと同じ出身で友人だとか。さらにマリアが呪いで猫になっていた時の飼い主でもあるとかで、何やら因縁めいたものを感じる。
ギルドメンバーの半数ほどがこの塔に閉じ込められていた人たちの関係者というわけだ。
内部のバリアは食料やアイテムなどの物理的な物の受け渡しは可能だが、カノン達だけは魔力で封じられていて不思議と外に出られない。
バリア越しに会話するオレとカノン。いったいどれくらいの時間をカノンはこの場所に閉じ込められていたというのだろう。
その間、オレはずっと楽しく異世界での学生生活やギルドクエストをエンジョイしていたのだ。申し訳なくて、思わず涙が自然と溢れてくる。
「イクト、みんな。嬉しい……助けに来てくれたのね……。でも、ダメかも……ここから出るには召喚魔法で異空間へ転移をしないと出られないらしいの。しかも条件付きで、移動は伝説の勇者と一緒じゃなくちゃいけない……。けど、召喚魔法を使いこなせる人なんて、この世界には滅多にいないとかで……。イクトに会えて嬉しかったよ、イクトはこの世界で元気にやってて……」
「召喚魔法……?」
みんなの視線が、クエスト不参加扱いではあるものの、オレの事が心配だからという理由でついて来てくれたミンティアに集まる。
いや、結局のところふた手に分かれたつもりがミンティアがオレについていくのをやめなかったため、ダブルクエスト状態で全員がこの塔に登ってはいるのだが。
「イクト君……私……私……」
ミンティアのスキルは、異空間から自分の望んだものを導く召喚魔法。
何の因果か、カノン達を救い出すただ1つの方法は、『聖女ミンティアが召喚魔法でオレとカノン達を異空間へ転移させる事』だった。
すべての話を聴き、自分の因果に気づいたのか震えるミンティア。彼女が見たヴィジョンというのは、結局当たってしまっていたということだろう。
「ミンティア……」
だが、ミンティアは聖女らしく、美しく……でも哀しそうな笑顔でオレに告げた。
「私……イクト君が好きだから……本当に大好きだから……。イクト君が望むなら……」
「ミンティア……オレ、必ず、絶対にお前の元に戻るから……」
オレは誓いを交わすようにミンティアの唇に触れるだけの口付けをした。柔らかく、切ない、温もりがお互いの唇に残る。
召喚用のショートダガーを握りしめ、ミンティアは呪文詠唱とともに魔法力を放つ。
その後、周囲は光に包まれ……オレは次元の向こうへと転移したのであった。
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