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第一部 異世界は人気スマホRPG編

第一部 第23話 戻らない日常

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 スマホRPG異世界『アースプラネット』の神殿で行われた屋外ライブは、意外な展開を迎える。観客席で歌声に魅入られたていたオレ達を包みこむ光は、どうやら異世界のゲートをくぐる転移魔法のようだ。

 ひょんなことから異世界でアイドルデビューを果たしてしまったオレの妹のユニット《アイラ・なむら》の歌声に、伝説のアイテムが反応して起こった異世界転移現象はオレだけではなく周囲の異世界人をも巻き込む結果となった。

「そんな、勇者様……まだ、私あなたとお話しすらしていないのに……どうして? 神様は私と勇者様の仲を阻むの?」
「ミンティア、落ち着いて! 勇者様とお話するチャンスは、またいつかきっと来るわ。今は勇者様達が転移してしまった原因を探りましょう」

 勇者イクトに密かに想いを寄せていたらしい巫女の少女が、悲しみからがっくりと肩を落とす。

 少女の名は、ミンティアというらしい。

 ミントカラーの長い髪を束ねた美少女で、本来はこの神殿を旅立つ際にイクトの新たな仲間として冒険の旅に加わる予定だった。
 だが、神からのご神託で時が満ちていないという結果が出てしまい、未だに接触できずにいた。

「こんな事なら、エリス様に勇者様のお部屋を訪問する話をいただいた時に、一緒に行けばよかった。でもそれだと、私の神託結果に反するし……」

 ミンティアは聖なる魔法を使える巫女の中でも特別なエリートであり、いわゆる聖女と呼ばれる資質の持ち主だ。彼女のチカラが加われば、勇者イクトは女アレルギーを緩和する事が可能だっただろう。

 エリスもそれを考えてミンティアを紹介しようとしていたのだが、何故かご神託では、まだ時期ではないという結果が出てしまう。

 もしかしたら、この時点でイクトとミンティアが出会ってしまうと、大きく運命がかわってしまうのかもしれないが……。

 転移魔法によりステージで歌っていたはずのアイラ達と忽然と姿を消した神官エリスや勇者イクト一行の行方を案じて、ハロー神殿内では巫女や神官による魔力検証が行われるものの、手がかりは掴めない。

「勇者イクト様、私……いつか必ずやあなたの役に立ってみせます……それまで、どうかご無事で……私の、私だけの運命の勇者様……」

 ミンティアの聖なる祈りは遠い時空を越えて、地球に転移した勇者イクトの心臓を微かに動かした。


 * * *


「はっ! オレ今まで何を……。誰かの女の子の声が聞こえたような……気のせいかな? ここは、地球……なのか?」

 空間が歪み、次元を越え、気がつくとRPG風ではない【ごく普通の人々】がごく普通に暮らす大型公園に移動したようだ。ライブは夕刻に行われていたハズだが、既に朝になっている。
 スズメの爽やかな声、犬の散歩をする人に「何かの撮影ですか?」と聞かれ曖昧な返事でごまかす。

 公園の案内図には『ようこそ東京都新宿区自然公園へ』という文字。公園内に遊びに来ている人達は皆現代的なファッションで、RPG風のマントやローブを着ているオレ達は少し浮いた存在だった。

 オレ達の、ファンタジーゲーム風ファッションを見て『あの人達、コスプレイヤーさんかなぁ』なんて声が聞こえてくる。

「ここは、現実世界の東京都新宿区? オレ達は、ついさっきまで異世界アースプラネットの『ネオシンジュク』にいたはずだったよな。なのにいつの間にか現実世界に戻ってきている」

「にゃーにゃー!」
 オレの足元に、艶やかな毛並みの黒猫がすり寄ってきた。
「ミーコ⁈」
 異世界アースプラネットでは、萌え系猫耳メイドだったミーコだが、現実世界に戻って来た影響なのか、ごく普通の黒猫ミーコに戻っている。

「この猫ちゃんの名前、ミーコちゃんっていうんですか? 良かったねミーコちゃん! 飼い主さんに会えて」
 ふわりと微笑んでオレに話しかけてきた美しい女性は、人間になったミーコそっくりのメイドさんだった。

 黒を基調とした白いフリルのゴスロリ風メイド衣装で、猫耳は付けていないものの、異世界アースプラネットで共に旅をしたミーコの姿に瓜二つである。

「私、メイド喫茶でバイトしていて、この猫ちゃんがお店に迷い込んできて……首輪をしているから飼い猫ちゃんかなって」
 この人間バージョンミーコにそっくりなメイドさんが、ミーコを連れてきてくれたのか。

 すると、妹のアイラがオレのマントの裾を少し引っ張って、不安そうな瞳で尋ねてきた。
「お兄ちゃん……私達、さっきまで異世界アースプラネットにいたよね?」
「アイラ……」

 アイラとの会話を現実のゲームの中の話だと思ったのか、楽しそうにメイドさんがスマホを取り出して話題に加わる。

「アースプラネット……? やっぱり人気があるんですね。このゲーム!」
 メイドさんのスマホにダウンロードされているゲームは、オレ達がつい最近まで冒険していた《蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-》だった。
「最近人気が出てきたスマホゲームですよね! 《蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-》私も、最近ダウンロードしたんですよ」

 メイドさんの説明によると、蒼穹にエターナルブレイクは不眠不休でプレイする人が現れるほど、その名の通り最近急にブレイクしたゲームらしい。

 スマホアプリ以外にも、パソコン版、携帯ゲーム機版など様々な機種で遊べるそうだ。そういえば、すっかり忘れていたがオレはゲーム仲間と、このスマホゲームをダウンロードした日に異世界転移したんじゃないか? 

 どうして忘れてしまっていたんだろう?

 オレが突然の状況変化に追いつけずに呆然としていると、聞き慣れた声が……。

「せっかく賢者に転職したのに、私のマイページの職業……妹の家庭教師をしている女子大生のお姉さん……に変更されています。妹ってアイラちゃんの事ですよね。私って、この地球って星ではそういうポジションなんでしょうか? いや、もっとフラグを構築すれば……」
 スマホの情報画面を片手にブツブツと呟く……いつも通り何やら言い始めたのは、最近賢者に転職したばかりのマリアだ。

「何となくマリアがいろいろ突っ込みを入れると安心するなぁ……そっかマリアの職業は、この地球だとアイラの家庭教師をしてくれている女子大生のお姉さんかぁ……って、何故マリアがここに⁈」
「えっ? そういえば、ここ何処なんでしょう?」

 相変わらず、マイペースなマリア……何故か、地球でもオレの家に行き来してそうな職業として登録されているけれど、マリアって異世界アースプラネットの住人なんじゃないのか?

「どうやら、魔王グランディアはアースプラネットのみならず、現実世界をも支配下にしようとしているみたいですね。現実世界と異世界が、少しずつ融合しているみたいです。あと、勇者の子孫で神官というポジションだった私の職業も下宿人に変更されています。どうやら、地球での立ち位置はイクト様から見たポジション名で登録されているみたいですね」

 一緒に現実世界に転移してきた神官のエリスが、推測を述べる。
 確かにエリスのスマホ画面のデータは、血の繋がらない遠縁の娘で下宿人という職業だった。何故、みんなオレと接触してそうな職業名なんだ?

 もしかして、地球に戻ってきてもハーレム状態を継続させる気なんじゃ……。

「現実世界と異世界の融合? そんなことがあり得るのか? でもオレの職業情報は、まだ女アレルギー勇者のままだぞ。あれっでも高校生っていう職業もプラスされてる……」

 オレ達がスマホのマイページ画面について考察していると、何か気になったのかメイドさんがオレのことをじっと見始めた。
 視線がビシバシ感じ取られる……くりっとした目で見つめられて恥ずかしい。

「ゴメンナサイ。何だか私、あなた達とどこかでお会いしたことがあるような気がして……何かしら、狩り……? 狩りをどこかで……?」

 メイドさんが、何かを必死に思い出そうとしている様子……しかも狩りの記憶って……まるで、最近までミーコと狩りのクエストをしていた事みたいだ。

「もしかして『猫耳メイドのミーコ』は、このメイドさんとネコのミーコ両方が融合した存在?」
「イクト? みんな? みんなでアースプラネットで白銀プルプル狩りをして私、猫耳メイドを……」

 記憶を取り戻した影響なのか、メイドさんは頭を抑えて考え込んでいる。

「現実世界と異世界が急激に近づいたせいで、不穏なオーラが漂っています」
 魔のオーラを察知した神官エリスが、周囲を警戒し始めた。そういえば、空がどんどん暗くなり風が強くなってきているような……。

「とにかく、今は安全なところに行かないと」
 意外なことにやたら冷静なエルフのアズサ……あれ? エルフ特有の耳の尖りがない。

「今日はアタシの実家に泊まりなよ。ここから割とすぐの場所にウチがあるから」
「実家? 現実世界の東京都新宿区に……アズサの実家が?」
「事情は後で……いつものメンバーとネコのミーコ、エリスさんメイドさんや、なむらちゃんも一緒に」

 天候が悪くなってきた影響か、吹き付ける風は強くなる一方……ひとまず、安全な場所への避難が必要だろう。
 異世界アースプラネットから現実世界に戻ってきたものの、日常生活が戻って来たわけではなさそうだ。
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