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第四部 運命の聖女編
第四部 第1話 新たなプロローグ
しおりを挟む古代より伝えられし伝説の勇者イクトス、その者は時空を超えて、輪廻の因果を超えて……遥か遠い時間軸を星となりて渡り歩き……青き惑星より転生してきた特別な存在である。
初代勇者イクトスとその仲間たちは、命がけで額に悪魔の数字を受けた魔獣を倒したという。
『この魔獣は、いわば人々の潜在意識の中にある心の憎しみが具現化したものです。今現在の魔獣を形取る肉体を倒したとしても、人々の間に憎む心がある限りいずれまた復活するでしょう』
一度は倒したと思われた魔獣は、実は人間の心が生み出した恐怖のが具現化した存在。誰かの潜在意識の中に恐怖の気持ちが芽生える度に無限に復活する……打つ手なしかと思われたが、夜空に魔獣の魂を打ち上げ誰かに監視させる事で封印する事が可能だと判明した。
『この異世界の住人が笑って暮らせる世の中を作るため……誰かが夜空の星座となって、魔獣を封印しなければいけない……。人身御供としてふさわしい魔力を持つ者……おそらく召喚魔法の使い手が必要かと……』
時の大賢者は、ご神託により倒れた魔獣を夜空に上げるための秘術を決行。だが、封印の秘術が判明したのは魔獣との決戦後……魔獣を封印する若さと魔力を蓄えた者は賢者たちの中には生き残っていなかった。
そこで勇者一行の最後の仕事として、人身御供はイクトスの仲間である召喚士の女性ミンティアラに白羽の矢が立った。
『ああ……イクトス様……愛するイクトス様のお命もあとわずか……。その役割、私ミンティアラがお引き受けしますわ。ただし……条件がありますの……』
『条件……ミンティアラ……それは一体……?』
勇者イクトスの仲間のひとり……聖なる召喚士ミンティアラは、自らを夜空に捧げる事により魔獣が復活しないよう千年の封印魔力を完成させるため共に星座として空高く高く、留まった。
せめて、この楽園とも呼べる異世界に魔獣の脅威が千年間訪れないように。
この物語は、封印が解けたちょうど千年後の……勇者イクトスをはじめとする転生者たちの因果の伝承である。
* * *
「ほら、見て。宇宙から、いっぱい流れ星が降りてきたよ。何か願い事をかけようかなぁ」
「そうね。伝説の勇者様がやってきて、早く平和な世の中になるようにお願いしようか?」
或る日の事である……異世界アースプラネットの夜空には、これまでにないほどのたくさんの流れ星が観測された。市街地にある民家の庭からも肉眼で観測出来るほどの強い光を放つ無数の流れ星……俗に言う流星期間というものだ。
濃紺の天は小さな白い光で輝き、次々と地上に零れ落ちた。
アースプラネットでは流れ星というものは人間の魂で出来ており、生まれ変わるために星となって再び地上に降りてきたものだとされている。
この異世界は、地球という遠い惑星から新たに人間が転生するために作られたものであると伝えられてきた。そして、地球から流れ落ちてきた転生者こそが、この異世界の危機を救う勇者となる資格を持つという。
「勇者様の魂……このお星様の中に眠っているの?」
「かもしれないわよ。だから、魔獣の脅威から私達を守って下さるようにって、お願いをかけておくの」
「ふうん……じゃあ……早く、魔獣を倒してくれる伝説の勇者様が現れますようにっ。ねえ、ママ……私きちんとお願いしたよ」
「偉かったわね、そろそろお部屋に戻りましょうか」
伝説の勇者イクトスの魂を引き継いでいると謳われた若者……すなわち地球出身の転生者である結崎イクトが、エルフの里で帰らぬ人となってから数年が経った。伝説の勇者に想いを寄せていたと言われている魔族の長である真野山葵(まのやまあおい)ことグランディア姫はショックにより、後を追うようにして天に召された。
勇者不在、魔王不在となったアースプラネットは混沌を極める。
千年の封印が解け、復活の兆しを見せ始めた魔獣と対等に戦えるものが人間族からも魔族からも輩出できなくなってしまったからだ。
アースプラネットの外からやってきた未知の魔王による侵略、自称勇者が増殖し、治安は悪化するばかり……そんなアースプラネットに久しぶりに現れた流れ星達に、人々は願い事をかけた。
『再び伝説の勇者様が現れて、世界を平和に導いてくれますように』
人々の願いが天に届いたのか、偶然か、流れ星の1つには伝説の勇者イクトの魂もあった。
* * *
「おぎゃぁおぎゃぁっ」
「おめでとうございます! 元気な男の子ですよ」
「よくやったな……でもまさかとは思っていたが、流星期間に出産するなんてな。もしかすると……伝説の勇者イクトス様の生まれ変わりかも知れないぞ! オレも勇者志願者として鍛えた身だからな、今から親子で勇者デビュー出来るように備えなくては」
小さな町の個人病院の一室で、無事に出産を終えた母子の姿。流星期間に生まれた男の子は、みな勇者の生まれ変わりを期待される宿命を背負う……この赤ん坊もその1人だ。
「この子が生まれてから、はや数日……そろそろ名前を決めなくてはいけないが、やはりイクトス様のように強く育ってほしいものだし……さて……」
「もう、あなたったら……また、イクトス様の話? 私はこの子が元気に育ってくれれば、勇者様にならなくてもまったく気にならないわ。出来れば普通に……こんな世の中だけど小さな幸せを……」
我が子にごく普通の市民として生活することを望む母親……。彼女も魔法使いという冒険者職に就いていた見ではあるが、あまり戦闘には自信がなく現在ではギルドにすら登録していない。
対して勇者志願者だった父親は、かなりの武術の使い手でもしかすると彼自身が勇者の生まれ変わりなのでは……と期待されるほどである。だが、流星期間に出生しなかったことから勇者の称号は保留となっていた。
父親の願いが天に通じたのか、彼の赤ん坊は待望の流星期間に誕生した。
「しかしなぁ、流星期間に生まれた子は皆……遠い惑星からの転生者だと伝えられているんだぞ。勇者様の転生者がいてもおかしくないはずだ」
「ふふっ……あなたは本当に勇者様の伝承が好きなのね。ほら……聴いている? ……困ったお父さんですね、あなたに勇者様になって欲しいそうよ」
「おぎゃぁ……あぁ」
すると赤ん坊は、勇者の伝承を嬉しそうに語る父の手を優しく握った。
「おっ? お父さんの話が分かるのか……偉いぞ、イクト! こうやって赤ん坊のうちから勇者としての自覚を持ってだなぁ」
いつの間にか、赤ん坊の名前をイクトに決めてしまった父親……もちろん名前の由来は、古代勇者イクトスである。
「あなた……本当にイクトって名前にするの?」
「当たり前じゃないか、何もイクトスという名前をそのままつけているわけじゃあるまいし、英雄や神話から名前を頂くことはよくある話さ。問題ないだろう。なっイクトッ」
「きゃっきゃっ」
「ほら、喜んでいるぞ……よし、お前の名前は……イクトだっ」
イクトの魂は長い年月をかけて、天から地上に降りていった。
アースプラネット西地区の再奥にある民家に降りたイクトの魂は、伝説の勇者にあやかって再びイクトと名付けられ、守護天使エステルに見守られながらすくすく成長していく。
「あなた……イクトがハイハイ出来るようになったのよ」
「ははは……伝説の勇者様のように、強く勇敢な男に成長するといいな」
イクトの両親は、まさかイクトが本当に伝説の勇者イクトの生まれ代わりだとは思っていないのか、そんなことをしょっちゅう話していた。
転生以前から守護を行なっている天使エステルは、赤ん坊から人生をやり直しているイクトを常にサポートした。
『イクト君……前回は私が目を離した隙に帰らぬ人となってしまったけれど、今度はちゃんと守ってあげます』
転生したイクトは、病気もせずに健康に育った。幾つかの季節を越え、イクトが前世の記憶を取り戻すのは3歳になった時である。
「ハッピーバースデーイクト、3歳おめでとう!」
リビングで行われたイクトの3歳の誕生日会、ケーキや手作りの料理でささやかなお祝いだ。お母さんのお腹には赤ちゃんがいて、あと数ヶ月でイクトはお兄さんになる。
元魔法使いお母さんが、炎魔法でともされたケーキのろうそくの火。その火をふうっ……と吹き消した瞬間、「あれっオレって今、3歳なんだ……」と、イクトはようやく自分が異世界に転生したことを自覚した。
* * *
自我という意識が芽生えたのは、具体的には覚えていない……だが、目の前にあるバースデーケーキは確かにオレの3歳を祝うためのもの。しかも、お母さんの魔法のチカラでろうそくの火はともされている。
隣の席には、前世から付き添ってくれている守護天使のエステルがいて、ニッコリ微笑んでいる。柔らかな金髪を揺らしてにっこりと微笑むエステルは、見惚れるほど清らかで美しくまさにオレだけの天使様だった。
状況をうまく飲み込めず、そのまま食事をし父親と一緒に風呂に入り、パジャマに着替え……布団に寝かしつけられる。
「……ここは……オレの家だよな……地球じゃない? 確か姉か妹がいたような……けど、子どもはまだオレ1人なのか? それとも何処かに預けられているとか……あれ……記憶が曖昧で……」
子守唄を歌うように優しい口調で、オレの頭を撫でる天使……どうやらこの天使様はオレの幻ではなく、きちんとここに存在しているらしい。
「魂と肉体のリンクが始まったんだね……ようやく、また転生が始まるんだ」
「……! 転生って……? キミは……それにオレは本当にここに存在しているの……ねぇ、天使様……?」
オレに前世の記憶が戻ったことに気づいたのか、エステルはオレの耳元でこう囁いた。
「イクト君、3歳の誕生日おめでとう! 私は守護天使のエステル。次第に以前の肉体の記憶を取り戻すと思うけど……今度こそキミを幸せにしてあげるからね!」
「エステル……オレたち、もしかしてずっと一緒にいてくれたのか。初めて会うわけじゃないよな。オレって、今3歳なのか? 夢でも見ているわけじゃないよな……」
「夢……か。うふふっ……この異世界はきちんと存在する現実の異世界だよ。さあ……【この身体でのキミの人生】はまだ始まったばかり……今はゆっくり、ゆっくり休んでね」
「この身体での人生って……どういう……意味……むにゃむにゃ……ね、むい」
今日という日が無事に終わり、意識が蕩けていく。そうだ、眠って仕舞えばいい……もしかしたら目が覚めたら再び元どおりの生活が待っているかも知れない。お母さんは魔法を使えて、そばには白い羽に翼を持った綺麗な天使様がいて……きっとこれは夢なのだ……。いや……けれど、こんなにリアルな感覚の夢があるだろうか。
すうすうと寝息をたてて守護天使に見守られながら安らかに眠る。これが、この肉体での初めての記憶……穏やかに訪れた人生の始まりの記憶。
だが、それはオレの新たなハーレム勇者としての波乱のプロローグなのだった。
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