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第三部 転生の階段編

第三部 第28話 あの世でメンタル訓練

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 転生するために、訓練と反省の部屋で心理テストを受けたオレとマリア。しばらくは、訓練所の施設で宿泊することになった。

「宿に戻るまでまだ時間がありますし、テストの前に約束した通りお茶にしましょう」
「そうだな。ほら、マリア……元気出せよ。テストを受ける前には、お前あの世でスキルアップ目指すって張り切っていただろう?」
「えっ……ええ。そうですね……私としたことがスミマセン。あまりのショックでボーっとしてしまって」
 よっぽど、幼少期からの憧れだったお馬さんの写真を取り上げられかけたのがショックだったのだろう。幸い、お気に入りのお馬さんベストショット数枚だけは、取り上げられずに済んだのだった。

 約束通り、あの世の繁華街でお茶をすることに。

「いらっしゃいませー。3名さまですね、お好きな席へどうぞ」
 紺色の着物がよく似合う美少女小鬼に出迎えられ、純和風の茶屋の奥の席へ。テーブルと椅子ではあるが、和柄の座布団が敷かれていたりと和を感じさせるインテリアだ。

「へぇ、なかなかいい感じの店じゃないか。あの世団子っていうのが名物なんだろう? オレはそのセットにしようかな。お団子にお茶……お蕎麦もついてるし腹持ちしそうだ」
 メニュー表には、あの世に来たら1度は食べたい名物スウィーツとして3色団子風の『あの世団子』のアピールがデカデカと印刷されていた。おそらく、あの世のご当地料理的なものなのだろう。
 健康食のミニお蕎麦付きで、魂のリフレッシュ効果があるらしい。魂だけの身とはいえ、なんとなく元気の出そうなものを食べたいものだ。

「私は、あの世わらび餅セットにします。わらび餅とお茶、お蕎麦のセットであの世団子に次ぐ人気なんですよ。えっと……マリアさんは……確か、あの世団子セットを食べたいって言ってたよね……どうする?」
 未だに放心状態のマリアに優しく話しかける死神。思っていたよりも死神って職業は、死者の面倒をみるのが役割らしい。慣れた様子で、マリアのメンタルをケアしようとする死神からはプロのオーラが感じられる。

「えっ? ごめんなさい……話を聞いていませんでした……。馬刺し以外なら、なんでも良いです」
「……じゃあ、あの世団子セット2つとあの世わらび餅セット1つね……店員さーんお願いしまーす」

 ここのお店では、馬刺しなんてものは扱っていないはずだが、馬のことで頭が一杯なのだろう。しかも、馬愛好者にとっては最も嫌がりそうな馬刺しのことを気にするなんて。だいぶ、メンタルが参っていると見える。ここは、オレが一度カツを入れてやらなくては……。

「……マリア……馬刺しって……。よっぽど、ショックだったんだな。でもな、マリア。馬が好きなのとギャンブル依存症なのは訳が違うぞ。純粋に馬が好きなだけだったら、別に賭け事をしなくてもいいんだ。乗馬を習っても良いし、調教師を目指しても良いし……」
 思わず説教っぽい会話になってしまったが、そうこうしているうちに食事が運ばれてきた。
 あの世の食事は、満腹にはならないもののメンタルがすっきりとするような不思議な満足感のある心地よい風味だった。


 * * *


 2日目からは、本格的な反省と訓練が始まるという。マリアのギャンブル依存症を治すために連れてこられた先は、三途の川主催の霊界モンスターレース場だった。

「さあマリアさん……今からあなたのギャンブル依存がグッと治るように頑張るわよ!」
 マリアの担当は、あの例のカウンセラーで今日はカウンセリング時に比べて、カジュアルな装いだ。
 入場料を払い、レース場の席に向かうと、あちこちに馬のコンディションを知らせるモニターがあり、馬達の様子が分かるように工夫されていた。可愛い馬系モンスター達がパカパカ出走に向けて準備中だ。

「いいんですか、治療のためにこんな素敵なところに遊びに来ちゃって。ああ、心配して損しちゃいました。ギャンブル依存症の回復作業って、別にギャンブルやお馬さんと引き離されるわけじゃないんですね。ありがとうございます、私頑張って勝つように……」
 マリアがワクワクした表情でカウンセラーにお礼を言う。すると、治療担当のカウンセラーがクールな顔で答えた。

「あなたは賭けちゃダメよ。馬が好きで仕方がないのなら、純粋に馬系モンスターが走る姿だけを見て楽しめばいいんんです。賭け事をし過ぎるのがいけないんです……見るだけなら問題ありません」
 見るだけ……という言葉が強調されている気がする。
「えっ? 賭けちゃダメ……見るだけ……」
 モンスターレース新聞片手に、レース券を買う気全開だったマリアの顔が青ざめる。

「今日、1日はモンスターレースを見るだけにしてくださいね。賭けてはいけません。これに耐えられれば、あなたは脱ギャンブル依存症です」

「もう一度確認していいですか。賭けてはいけない、見てるだけ……。あの、それじゃあマリアが余計苦しいんじゃ」
 オレは、あまりの荒療法に恐怖を感じ暗いオーラを漂わせるマリアを気遣うが……。
「甘いわよあなた。だから、女アレルギーなのにハーレム状態が永続するんだわ。いいこと、マリアさんは賭け事が出来ないその苦しみを乗り越えてこそ依存症が治るんです! では、私はレース券を買ってきますのでここで待機していてください」
 治療担当のカウンセラーは、言いたいことだけを伝えると何事もなかったようにスタスタとレース券を購入しに行ってしまった。もしかしてカウンセラーは、普通にギャンブルをエンジョイする気なのだろうか。

 よっぽどショックだったのか、マリアは無言でうつむいている。死神が気を落としたマリアを励ますも、言葉が耳に入らないようだ。気まずい雰囲気である。

「オレ、何か美味いもの買ってくるよ!」
 オレはマリアを元気付けるため、マリアの好物の『鶏の唐揚げ』を買いにフードコートエリアに向かった。
 マリアの好きな鶏の唐揚げを大量に買い、他にはハンバーガー、ポテトフライ、コーラなどジャンクフードを中心に人数分一通り買ってマリア達の元に戻る。すると、すでにレースが始まっていた。

 パカパカパカパカ……!
 いけー!
 まくれー!

 盛り上がる場内で、無言で馬系モンスターを眺めながら、好物の鶏の唐揚げをもぐもぐ食べるマリア。
 そんなマリアをよそに担当のカウンセラーは「いけっ! そこだっ!」など、掛け声を上げて盛り上がっていた。なんかこのカウンセラー……自分が楽しんでないか?

「やったわー! 大穴で大金ゲットォー!」
「……! そんな、私もあのお馬さんモンスターに賭けていればお小遣いが稼げたのに……。どうして……私の予想……珍しく当たっていたのに」
 よりによって、カウンセラーは大穴を当てたようだ。しかも本気で喜んでいるうえに、マリアもそのお馬さんに賭けるつもりだったらしい。

「ううっ……どうして私は、何度生まれ変わっても金運に恵まれないの……。まさか魂になってまで、こんな辛い思いをするなんて……」
「マリアさん……泣かないで。きっと来世は、金運に恵まれるようになるよ」
「そっそうだぞ、マリア。オレも死神もマリアと同じで今回にレースで賭けていないし。お金が稼げなかったのは、マリアだけじゃないから」
「でも、でも……」
 こんなことでマリアのギャンブル依存症は治療できるのだろうか? 足取り軽く換金に向かうカウンセラーをぼんやりとした表情で見つめるマリアの瞳からは、次第に光が失われていった。

「イクトサン……ワタシ、宿泊施設ニ先ニ戻ッテイマス」
 鶏の唐揚げを完食し、レースを見届けたマリアは、虚ろな目で宿泊施設に戻って行った。
「なんか話し方までぎこちなかったぞ……大丈夫なのか? おいっ危ないから一緒に帰ろう」
 ショックのあまり駆け出したのか、あっという間にマリアは駅の方へと去ってしまった。
 そんなマリアの背中を見送り、満足そうなカウンセラー。一体、その自信はどこから湧いてくるのだろうか。

「ふふふ……マリアさんの治療の第一段階は終了です。あとはギャンブル以外の趣味を作らせれば、治療完了……。久々にやりがいがある患者だわ」
「えっ……本当にこれって治療だったんですか。てっきり先生がギャンブルを満喫しているだけに見えていたけど……」
「満喫をしながらでも治療は出来るわ。むしろ、心底楽しそうな姿を見せることでマリアさんの精神面を鍛えているといってもいいわ」
「精神面を鍛える……? なんか虚ろな目をしていたけれど……」
「変換期なのよ、マリアさんは……。ところで、このマリアさんのメンタルケアはあなた自身の女性との付き合い方を見直す訓練にもなっているの。マリアさんのことを優しく見守りながら、良い方向に導いていくのが今のあなたの特訓であること、忘れないように」
 随分と自信ありげな様子だし、ここはプロに任せるしかないのだろう。しかも、まさかオレ自身の女アレルギー訓練も兼ね備えていたとは……。さすがはあの世のカウンセラーである。油断も隙もない。

「詳しいことはプロに任せるしかないよ。取り敢えず、宿に戻ってマリアさんを見守るしかなさそうだね」
「ああ、それもそうだな……帰ろう」

 本当に、これで依存症は治るのだろうか?
 先に宿泊施設に戻ったマリアは部屋にこもりきりで、結局一言もオレ達と会話しなかった。

「まるで天の岩戸だな……あんなに部屋に閉じこもって。マリア……可哀想に……」
 だが、オレはこの時にマリアに少しでも同情したことを後悔することになる。ギャンブルを奪われたマリアは、既により恐ろしいあるものの依存症への道を歩んでいるのだった。

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