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第二部 前世の記憶編

第二部 第13話 黒毛和牛魔王が美味しそうな件

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 次期魔王を決める、イケメン魔王コンテストが開催されることになった。

 なぜ、魔王様を決定するのにイケメンであるのが条件なのかは謎に包まれている。だが、かつて最強の魔王様としてなお馳せた古代竜は、魔王としての玉座を守りながらイケメンカリスマアイドルとして活躍していた経歴の持ち主だ。
「お兄ちゃん、良かったね。一次審査合格してて……なんとなくノリで考えてコンテストにお兄ちゃんの履歴書を送っちゃったけど、身内のひいき目なしでもお兄ちゃんは結構イケメンだと思うんだ」
「……ははは、アイラありがとう。けど、我こそはってイケメン魔族もオーディションを受けているだろうし、まぁそんなに期待していないよ」

 記念参加程度に考えたいところだったが、すかさずメンバーのマリアやアズサが優勝を目指すように促してくる。

「ダメですよ、イクトさん。弱気になっちゃ……それに、我こそはってイケメン魔族が世界を征服したいタイプだったらどうするんですか? ここは、世界平和のためにもイクトさんがひと肌脱がないと!」
「そうだぞ、イクト。男には戦わないといけない瞬間があるって言うじゃないか……。きっとそれが、イクトにとって今回のイケメンコンテストなんだよ。多分」

 一体どんな、戦いなんだ? と思わず突っ込みたくなったが、確かにアイドルオーディションの裏側とかを番組で見ていると結構大変そうな戦いに見える。容姿だけではなく、人前ではっきりと話したり演技をしたり、歌ったり……。
 楽しい気持ちでライブをお客さん達に観賞させるためには、裏側で演者が血を滲むような努力をしているのだろう。ただ、プロのアイドルはそういうものを感じさせないようにするのが上手いだけだ。

「それにしても、どうして古代竜さんはそこまでイケメンにこだわるのかしら? やはり、イケメンアイドルだった自身の後継者はイケメンを選びたいとか?」
「まぁ無きにしも非ず……って感じだよね。っていうか、真野山さんも現役魔王だった頃は地下アイドルっぽいプロマイド出してたよね? 今は、本物の地下アイドルになっちゃったけど」

 エリスとアイラが、素朴な疑問を数ヶ月前まで魔王の座にいた真野山君に投げかける。

「うん……でも、僕の場合は『超美少女に見える男の娘魔王』ってキャッチコピーで売り込んでいたから、古代竜さんが求める正統派イケメンアイドルとは違う趣旨だったかも。やっぱり、普通のイケメンに継いで欲しかったのかなぁって思うよ」

 超イケメンの魔王様を継ぐ者には、もしかしたら古代竜と同じように民衆を惹きつける魅力のある男を選びたいのかもしれない。

 さて、問題のコンテストだが……オレの妹アイラが勝手にオレの履歴書と写真を送り、どういうわけだか一次審査を通過してしまったらしい。二次審査は、アイドルコンテストらしく歌とダンスだという。

 オレ自身はハーレム勇者という女アレルギーに似つかわしくない肩書きの持ち主なので、本来は魔王様のオーディションを受ける必要はなさそうだが……。メンバーや元魔王の真野山君に勧められた事もあり、一応は二次審査に出場する流れになってしまった。



 さっそく、大人数が集合できる一階の客間で対策を練ることに。下宿人のエリスと妹アイラが気を利かせて、ティータイムセットを用意してくれる。紅茶の茶葉はオーソドックスなタイプのものであるが、それぞれ好みで定番の角砂糖やミルク、さらにシナモンやマーマレドジャムなどを混ぜて楽しめるように配慮されている。
 お菓子にはノーマルな円いクッキーやマフィンなど並び、小腹が空いている人には嬉しい組合わせだ。なんでも、クッキーやマフィンの類は来客であるマリア達からの手土産だとか。ありがたく、いただこう。

 つい最近まで、いろいろと前世の事で考え込んでいたせいで頭の中も疲れていたのだろう。マーマレードジャムを混ぜた紅茶に癒されていく。頭を使いすぎた後は、甘いものが嬉しいかぎりだ。

「歌とダンスがオーディション内容ですか……。一見普通のアイドルオーディションみたいですけれど……」
「分かんないぜっ。もしかしたら、歌いながら魔法を使うとか、ダンスしながら敵と戦うとか、何か魔王様っぽい実力を身につけた方がいいのかもしれないし……」
「最強のイケメンになれるありがたいお経が天竺にあるそうです。それがあればあるいは優勝も」

 エリスから神に仕える職業ならではの情報網により、天竺に向かうことになったオレ達……。偶然にも、オレが気にしていた天竺だ。本当はバトル面で強くなるために天竺に行こうとしてたんだけど。まさか、最強のイケメンになれるお経を求めて、旅立つことになろうとは……世の中どう話が動くか分からないな。まあいいか。


 あれから数日後……オレ達は飛行機を乗り継いで、某国に来ていた。
 メンバーはオレ、賢者マリア、エルフ剣士アズサ、神官エリス、妹のアイラだ。おとぎ話に登場する伝説の天竺へは、某国にある異世界ゲートを使ってワープしなければならない。っていうか、伝説の天竺って一応異世界のカテゴリーに所属していたんだな。

「イケメン魔王コンテストの二次審査まで1ヶ月……頑張ってありがたいお経を手に入れて、我らがイクトさんをさらにイケメンにしてあげましょう!」
「おー!」

 マリアがイケメン魔王コンテストに向けて、気合いをみんなに入れる。砂漠が続く天竺への道のりをレンタルのラクダに乗って突き進んでいくと、小さな村があった。日差しが強く、喉も渇いている……そろそろ休みにするといいだろう。

 さっきまでの砂漠が嘘のようだ……木々や蓮の花に囲まれた美しい村である。
 気温はあいかわらず高温だが、まだ入口手前なのに至る所で水飲み場が無料で提供されている。水筒に沢山の水を汲みゴクゴクと音をたてて、喉の渇きを癒す旅人の姿がちらほら。入口看板には、楽園や極楽と並ぶ住みたい異世界ランキングに名を連ねている『桃源郷』の文字。

「ここが噂の桃源郷か……案外あっさり辿り着いたな。運が良いのか?」
「異世界転移の定番スポットですものね! イクトさんはすでに導かれていたのかもしれませんよ! さあ、早速中に入りましょう」


【桃源郷】


 蓮の花と桃の木、美しい孔雀が闊歩する不思議な村に辿りついたオレ達。入場ゲートをくぐり、可愛らしい桃色の屋根が印象的な小さな食堂を発見した。『桃源郷食堂』とシンプルな名前だが、入り口のデザインもなかなか小洒落ていて中華風で美しい。

 ちりん、ちりーん! 来客を知らせるベルの音が店内に鳴り響く。
 店に入ると天女のような服装の女性が、にっこりと微笑んで出迎えてくれた。
 美しい容姿に似合わず、意外と性格は普通の食堂の店主のようでいらっしゃい! と気さくに笑いながらウーロン茶をコップに入れてテーブルに置いてくれた。

「あんた達よくこの小さな村に辿り着けたね。今の天竺は黒毛和牛魔王の脅威にさらされて、観光客もめっきり減っているのに」

 黒毛和魔王? おとぎ話に出てくるラスボスの名前だ。

「あの、黒毛和牛魔王って実在するんですか?」
 おそるおそる、黒毛和牛魔王について訊ねると、店主さんが今の桃源郷の現状と、黒毛和牛魔王との戦況について教えてくれた。


 黒毛和牛魔王とは……異世界天竺で妖怪達を自在に操る悪の黒毛和牛のことだ。
 多くの黒毛和牛達が人間に美味しく食べられているのを恨んでおり、主に焼肉専門店やステーキ店、すき焼き店などを襲撃し人間達を恐怖に陥れている。
 そして、今もなお絶賛交戦中なんだとかで、焼肉店やすき焼き店は脅威にさらされているはず……なのだが。

「ところで店主さん、このお店メニュー表がないんですけど……」

 オレがふと疑問をつぶやくと、いい笑顔で店主さんは答えた。

「ああ、この桃源郷は外食と言ったら黒毛和牛だからねぇ。日替わりランチで黒毛和牛料理を出すだけのお店が多いんだよ。今日の日替わりランチは『黒毛和牛の焼きたてステーキ』だよ!」

 今さっき黒毛和牛魔王の襲撃で、脅威がすごいと言っていたのに……。まだ、黒毛和牛料理を作っているんだこの人……。

「あの、本当に大丈夫なんですか? 食べたら黒毛和牛達が仲間の仇を討ちに襲撃してくるとか……?」
「うちは店の看板だけ見ると普通の食堂に見えるからねぇ。まだ黒毛和牛魔王の襲撃にあった事はないんだよ。桃源郷の住人はみんな肝が座っている人ばかりだし……何かあっても、お客様の事はきちんと守るからね……安心して食べていってね」

 大丈夫なのか?
 切れた黒毛和牛達が、店まで襲撃がきたらどうするんだろう?
 そんなことを考えていると、さっそく黒毛和牛ステーキがテーブルに並べられた……。

 ジュワッとした音を立てる鉄板から飛び跳ねる肉汁……そして、ステーキの上にはガーリックチップが程よく乗っている。玉ねぎやニンニクをほどよくブレンドした特製ソースは、一度食べたら止まらない美味しさだとかで雑誌にも紹介されているんだそうだ。

「わぁ美味しそう!」
「肉汁がよく滴っているし、とっても柔らかいです! イクトさんも早く食べたらどうですか?」
 鉄板から飛び散る油や肉汁から服をガードするための白い紙製の前掛けを手際よく装備して、ノーテンキに味わい始める賢者マリア。

 みんな、黒毛和牛魔王の襲撃は怖くないのか? 
 おそるおそる、柔らかなお肉にナイフで切り込みを入れて、一口サイズにステーキをカットして食べてみる。

「こっこれは……⁈ 程よいミディアムな焼き加減、外側はこんがりと焼け、中は柔らかくジューシーだ。肉の臭みがなく、かといってガーリックがきつすぎることもなく……こんな美味しい黒毛和牛ステーキを食べるのは生まれて初めてだ……!」

 極上のうまさ……そんな表現では語りつくせない美味しさだが、頭で考えるよりも舌で味わい五感で感じる魅力が上回っているのだ。あたりに広がるガーリックの匂いは、食後の口内にもしばらく留まるだろう……。だが、この辺りの人はニンニクたっぷりの黒毛和牛ステーキを毎日食しているそうだし、気にすることないだろう。

 オレは黒毛和牛ステーキのあまりのうまさに、無言でひたすらステーキを食べた。
 そして、ついに最後のひと切れもソ残ったソースを満遍なくつけてから口の中で溶かしていき……見事完食‼

「あー美味かった!」

 食後のデザートに、桃源郷名物桃味アイスクリームもついていて、こちらもかなり美味しかった。
 すごいなこの店……小さな村の食堂でこんなにレベルが高いとは……桃源郷おそるべし!

 オレ達が満腹状態で食事を終えて、そろそろ店を出よう……とした時。店内に設置してあるテレビのCM『黒毛和牛を食べないで! 黒毛和牛魔王涙の訴え』というものが始まった。

黒毛和牛魔王が切実そうに……『モー! モー! もももモー! もモー! (訳:もうこれ以上、黒毛和牛達を傷つけないで下さい)』と視聴者に投げかけるという切実なCMだ。つぶらな可愛らしいくりっとした瞳を涙で潤ませて、必死に黒毛和牛を食べないように訴える黒毛和牛魔王……。

 だが、すっかり黒毛和牛の美味しさを五感で堪能し尽くしたオレの頭によぎったのは『この黒毛和牛……美味そうだな』という感想だけだった。


 黒毛和牛魔王のCMを見終わり会計を済ませ、今度こそ店を出ようとした時だ。後ろにいた、露出度の高いセクシー美女に声をかけられる。彼女も会計が済んだばかりのようでお土産のミントキャンディをペロリと舐めながら歩み寄ってきた。さっきまでニンニク系ステーキを味わっていたとは思えないような、爽やかなミントの吐息。

「キミ……呪われてるわね、見たところ女アレルギーかしら? 良かったら呪いを解く方法……この三蔵法師が教えてあげるわよ」

 この人……オレが女アレルギー持ちだってことを、一瞬で見抜いた? 彼女の正体は三蔵法師……あの有名なお坊さんの称号を持つエリート僧侶だ。

「女アレルギーの呪いを解く方法を知っている……? それって本当ですか?」 
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