上 下
337 / 355
第十部 異世界学園恋愛奇譚〜各ヒロイン攻略ルート〜

臨海デート・魔法少女編【後半】:頼れるお兄さんとして

しおりを挟む
 ――カランコロンと、下駄が石畳に掠める音が響く。オレの前方をお揃いの黄緑色と薄紫色の小粋な浴衣姿で歩くのは、妹のアイラとその相棒のなむらちゃん。妹はいつも通りのツインテールだが、なむらちゃんはたくし上げたまとめ髪に橙色の簪でかすかに色気を感じさせる。

 木々に囲まれた抜け道は、夏の日差しを避けられて午後3時の割に涼しげだ。オレも灰色の落ち着いた浴衣でゆっくりと、下駄を鳴らして小径を行く。

「お兄ちゃん! 早く、早く。もう夏祭りの屋台がたくさん出ているよっ」
「イクトさん、早くしないと置いてっちゃいますよっ」

「分かったって、あはは。はしゃぎすぎるなよ」

 今日は、動画サイトに配信する【デート企画】のため、神社の夏祭りに参加だ。もちろん、カメラマンや音声、ディレクター、そしてマネージャーの白キツネさんも一緒であり、3人きりではないが画面上はアイドルユニットとその兄の夏の一コマという設定だ。

 やがて、大勢の人で賑わう神社の境内に到着。食べ物や飲み物の屋台はもちろん、射的や金魚すくいなどお祭りの定番屋台が並んでいた。

「たこ焼き屋台だっ! アイラ、さっぱり和風味のたこ焼きが食べたいなっ。ねぇお兄ちゃん買って。6個入りだし、みんな舟を分けて食べよう」
「もう、アイラは食いしん坊だな。まぁたこ焼きは、2個ずつ分けて食べてるからいいかもな」
「うふふ、みんなで1つの船に乗っているたこさんを分けるなんて、仲間意識が出ますね」

 アイラの提案で屋台のたこ焼きをみんなで分けることに。カリッと焼かれたたこ焼きの中は、弾力のあるたことトロッとした具材が上手く溶け込んでいる。食事のシーンは、実際の屋台を歩いて自由に動いていいため、アイラの好きにさせている。

「あっ。水風船! イクトさん、あの水風船ひとつ買っても良いですか?」
「ああっ! 風流で可愛いから。なむらちゃんにぴったりだよ。アイラも、お揃いで1つ欲しいだろう? すいません、この水風船この子達に1つずつ下さい」

「お好きな色から選んでいいよ! お嬢ちゃん達、お兄さんが優しくていいねぇ」
「うわぁ、このピンク色の水風船可愛いっ。アイラ、これにしようっと」
「うふふ。私は、この綺麗な水色のやつにします」

 どうやら、水風船売りのおじさんから見ても、オレはこの2人お兄さんに見えるようだ。デート企画のはずなのに、保護者とのほのぼの映像になっている気がする。ひと通りの屋台シーンを撮って、小休憩と次のシーンの打ち合わせ。

「はーい! なかなか、良いシーンが撮れましたねっ。次は、アイラちゃんとなむらちゃんの2人が、金魚すくいに挑戦する映像を撮りたいんですが。イクト君は、お兄さんとして先に何匹か金魚をすくい上げてくれませんかね?」
「えぇっ? 何匹かすくい上げるって、オレ金魚すくいなんて、殆どしたことありませんよ。大丈夫かなぁ」
「大丈夫、大丈夫! 実は、この撮影のために破れにくい道具を用意してあるんです。臨場感を出すために、アイラちゃん達は普通の道具で金魚すくいしますが……」

 それって撮影のためとはいえ、不正なのでは? オレが突っ込む以前に、遠巻きで撮影の様子を見守っていた白キツネさんがストップをかけた。

「良いシーンを撮るために、特別なアイテムを使用する……。確かに、不自然なほど順調に金魚すくいは捗るだろう。だけど、そんな不正をして視聴者が納得するとは思えないッ!」

 白い尻尾をふわりと揺らして、赤い瞳でディレクターの案を却下する。撮影メンバーの中では最も小柄なごく普通の白キツネに見えるのに、迫力はラスボス並だ。

「えっと、ということはイクト君は、不正なしで金魚すくいを行うと」
「そうだ! 仮にも勇者なんだから、金魚すくいくらいなんてことないだろう。いっそのこと、ノーマルな金魚すくいはやめて、この祭りのメインイベントである超危険魚介モンスターと激突バトル企画に変更しよう。いいねっ」
「は、はぁ……。というわけで、イクト君は予定変更で、超危険魚介モンスターとのバトルに備えてください」

 何だってっ? なんてことのない、普通のデートクエストなんじゃなかったのかよ。オレが反論する余裕もなく、白キツネさんはノリノリでバトルイベントに申請してしまった。
 話し合いが終了して、何故かワクワクした表情のアイラと不安げな表情のなむらがオレを励ます。

「やったね、お兄ちゃん! せっかく勇者なんだから、お祭りでもガンガンにバトルしなくちゃっ。もちろん、アイラも途中参加で攻撃に参戦するからっ。楽しみだね!」

 魔法少女という肩書きでありながら、格闘家でもあるアイラは今回のバトルイベントに前向きだ。けれど、なむらちゃんの方はあまり乗る気では無さそう。

「イクトさんが、勇者だからって。そんな、危険モンスターと戦うなんて不安です。特にうちのマネージャーってすごく無茶するから」

 可愛いなむらちゃんに潤んだ上目遣いで心配されて、男としては満更でもない。だから、よせばいいのにカッコつけて無理してしまった。

「平気だよ! 撮影だし、いざとなったら、バトルを中断してもいいんだ。まぁ負ける気はないけどさっ」

 頼れるお兄さんのイメージを守るため、妹アイラと相棒なむらちゃんの前でカッコつけたい一心のあまり、バカなことを言ったオレ。この十分後、オレは激しくこの安請け合いを後悔することになる。


 * * *


 ズォーン、ズォーン!
 ドシンドシンと足を鳴らして特設イベントステージを歩く姿は、魚介モンスターというより恐竜に近い。てっきりお魚タイプと対決すると思っていたが、実際は水陸両用の未知の個体が相手だった。目つきは鋭く、『どこの暗殺者ですか?』と聴きたくなるような迫力だ。

 モニター画面にパッと巨体モンスターのステータスが表示されると、前回のレインとのクエストで戦った【水龍レベル・130】をはるかに上回るチートモンスターだった。

(まずいよ、このモンスター。しかもこんな巨体だなんて聞いてないし。はっ! だから、なむらちゃんはあの時心配な表情でオレを見つめていたのか?)

 時すでに遅し、覆水盆に返らず。
 ギャラリーに囲まれて、カメラもグルグルと周り、スタンバイオッケーの状態だ。安全のためにバリアの張られたステージの上には、槍を手にしたオレと巨体モンスターのみ。

「イクトさん! 頑張って下さい」
「お兄ちゃんっファイトォ」
「いい映像期待してるよ、イクト君!」

 みんなの歓声が聞こえる、なむらちゃんや妹も応援している。やるしか、ない。

「ええいっ。ちくしょうヤケだっ! 行くぜっおりゃああっ」

 ズガーーーーーン! キュオーーーーン! ガシャーーーン! グィオオーーーン!

 ありとあらゆるスキルと魔力のぶつかり合い、これまでにないほどのダメージを受けつつ、終止符。

『やりました! 勝者、結崎イクト君ッ』

『きゃああっ!』
『すごーい! あの人、アイラちゃんのお兄さんだって』

 ――激戦の末、ヒットポイント表示が危険信号になりながら、ようやく魚介モンスターを気絶させて……。その後、オレも気絶した。


 * * *


 あれから、どれくらいの時間が経過したのだろう? 気がつくと、撮影は無事に終了してイベント会場のテントで横になっていた。頭の部分は柔らかく、寝心地が良い。これは?

「気がつきましたか、イクトさん。良かった、あの巨大なモンスターを倒してからずっと気絶していたんですよ。アイラちゃんは、別のバトルイベントの撮影で先に出ていかなきゃいけなくて。私と白キツネさんだけ残ったんです」
「なっなむらちゃん! ごめん、膝枕してくれたのかっ」

 大半のスタッフはすでに解散したようで、残されたのはオレとなむらちゃん、白キツネさんのみだ。クールな性格なのか、オレ達のやり取りを白キツネさんは見てみないフリしてくれている。

「いいんです、イクトさん。今日は慣れない撮影で疲れたでしょうし。それに、本当は撮影じゃなくてもイクトさんとデートしてみたかったから。この時間は、きっと神様がくれた撮影後のご褒美タイムです!」
「そう言ってくれると、気が楽になるよ」

 ほがらかに笑うなむらちゃんは、魔法少女アイドルというメディア向きの表情ではなく、等身大の女の子。この笑顔は多分、きっとファンの人も知らない。

「今度は、撮影抜きでアイラちゃんと私とイクトさんで夏祭りに行きましょうねっ」
「ああ、今度は地球で……。まだ、オレ達の夏休みはこれからなんだからっ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...