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第九部 魔獣と夜空の召喚士編

第九部 第13話 青い鳥を探しに異世界へ

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「このマルスから託されたメッセージデータ……きっと、イクトにも関係のある事だと思うから……」

 双子の姉である萌子が部屋に閉じこもるようになってから3日目。オレたちの願いが通じたのかそれとも最初からオレたちが思っている方向とは別のことで悩んでいたのか……ようやく、萌子はマルスのアカウントBAN騒動から立ち直り始めた。
 マルスから託されたというメッセージデータを手に決意した表情で語る萌子は、落ち込んだ内気な萌子ではなかった。強い意思を秘めたみんなが憧れる女勇者の眼差しそのものだ。

 たとえ、このスマホRPG異世界が管理された異世界だとしても、萌子という女勇者は確かに此処に存在している。

「オレにも関係があるって、どういうことだ。それに、運営が魔法秘密結社って……。運営は現実世界地球の会社だよな……どうして、魔法が? このスマホRPGの運営って確か、あの有名な行柄(ゆきえ)リゲルの会社だよな」
「うん、行柄さんってメディアに結構出ているし、まさかって感じだよね……。けど、本当みたいなの」

 行柄リゲルとは、新進気鋭のスマホRPGアプリ製作会社のイケメン社長である。『蒼穹のエターナルブレイクシリーズ』そのものは行柄リゲル氏の親が経営していた別会社がかなり昔に製作した据え置きRPGシリーズだが、それをリメイクして世に送り出したのはまだ若いリゲル氏だ。
 ヴィジュアル系の銀髪ルックが目を惹く容姿の若手社長『行柄リゲル』は、ちょっとしたアイドル的な存在でもあった。確か、愛称はユッキー。

 以前、真野山君の別荘の倉庫で、このゲームの制作発表の動画を見たはずなのに……その時は彼の正体について気がつかなかった。いや、正確には思い出せなかったのだ。

 異世界に転生したばかりの頃は、地球時代の記憶がいくつか曖昧になっていた。生まれた時から一緒にいるはずの双子の姉萌子の存在すら、記憶から抹消されていたくらいだ。けれど、今はポツポツと小さな記憶のかけらが蘇ってきている。

「そうか、すっかり忘れていたけど……このゲームって行柄ブランドのゲームだったんだ。どうして、忘れていたんだろう。しかも魔法って、ファンタジー異世界でもない地球で、そんなこと実現可能なのか?」


「現実世界地球にも、きちんとした手順を踏めば異世界にリンク出来る魔法があるってことみたい。その理由も、このメッセージデータの中に……けど、イクト……覚悟してね。私、このデータを受け取った時……とても、ショックだった」
「とてもショック……? もしかしたら、オレも聞いたらショックを受けるような内容なのか」
「ええ……だから、イクトにこのことをなかなか話せなくて……気がついたら3日間もこもっていて。けど……やっぱりイクトに伝えなきゃって……多分、ううん……ほかの誰よりもこの情報が必要なのはイクトだから」

 オレにとって必要な情報と聞いても、これといって思い当たるところはなかった……気がする……気がするってなんだ……? オレは自分の記憶を誤魔化している。そういう風に、違和感の正体に気がつけないように意図的にプログラムされたアバターなのだろう。

 けれど、行柄(ゆきえ)という名字にはメディアを介さずに個人的にも聞き覚えがあって、それがオレ自身の封じられた記憶の最後の部分である事は明白だった。
 心に浮かんできたのは、異世界における婚約者【聖女ミンティア】と現実世界における【ミンティアに似た誰か】の姿。
 これまで気がつかなかったが、オレはこの異世界に転生するずっと以前に、ミンティアと会っている……?


『イクト君……私……もうすぐ、この現実世界から出ていかなきゃいけないんだ。ちゃんと異世界へ、【アセンション】出来るかなぁ……』
『異世界へ、アセンションって……それって……つまり……』
 アセンションとは昇天のこと……スピリチュアルの流行りでは、精神的に次元を上昇させることを指すらしい。だが、彼女の語るアセンションは【本来的な意味での昇天】なのだろう。

『うん、私ね……もうすぐ死んじゃうんだって……!』


 記憶の奥底に封じられていた【行柄
ゆきえ
ミチア】という儚い少女の幻影を一瞬だけ呼び覚ました気がした。死を覚悟した【ミチア】の笑顔が蘇り、哀しくて、苦しくて、胸が締め付けられる。
 オレはもう、夢の世界へと逃げるわけにはいかない……。そして、それはおそらく聖女ミンティア……いや【行柄ミチア】も同じだ。

「……教えてくれ萌子、マルスが残したくれたメッセージの内容を……。そして、オレ自身の記憶の違和感の正体を……」
「……じゃあ……始めるわよ」


 * * *


 この記録は、スマホRPG製作会社のアルバイト大学生である丸須有吏(まるすゆうり)が結崎萌子とその双子の弟であるイクトあてに残したメッセージデータだ。


 人気スマホRPG『蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-』は、かつて据え置き機で発売されたゲームのリメイク版。新たな製作者である行柄
ゆきえ
リゲル氏は、いわゆる世襲社長だったが、若手らしい現代的なアイデアを盛り込んで【行柄ブランド】を確立していった。

「僕は、このスマホRPGを通じてユーザーに青い鳥を探してもらいたいと思っている。本当に存在する異世界へとアバターを介して旅立ち、地球では実現出来なかった夢を叶えて欲しい……そう願っているんだよ」

 青い鳥を探すために異世界へ……リゲル氏は口癖のように語っていた。親しみやすい現代風ファンタジー異世界を設定しつつ、本格的な魔方陣のエフェクトなどを取り入れて『行柄リゲルは本当は異世界の魔法使いなのでは?』などという噂まで囁かれるようになった。

 データ入力の作業をひと段落させたバイトの丸須。疲れた頭を癒すために社内の休憩スペースで、先輩数人とカフェラテでひと息。

「なんていうか、行柄社長ってすごくロマンチストだよなぁ。本物の異世界、本物の魔法の研究……やっぱスマホRPGってロマンを持っていないと作れないのかなぁ」
 甘いカフェラテを身体に流し込み、頭の疲れを取る。本格志向の社長はいつも新しいアイデアを持ってくる。まるで、それが自分の人生の使命であるかのように……。

「……ああ、マルス君は入ったばかりだから知らないのか、行柄社長の妹さんのこと……。最近、特に頻繁に会っているらしくて……多分、妹さんのためにどんどん本格的なものを研究しているんだろうな」
「妹さん……? たまに社長が話している年の離れた妹さんのことですか。確か、行柄社長は神戸出身ですよね。妹さんも神戸にいるんじゃ……」
「それがね、病状があまり良くないらしくて……この辺りの病院に移動してきたんだ。社長は、妹さんの要望に応えるために本格志向のRPGを作っているらしいよ。妹さん……ミチアちゃんの楽しみは、ウェブ小説とスマホRPGくらいだって話していたらしいから……」

 丸須が行柄社長の病気の妹さんについて聞いたのは、この日が初めてだった。『蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-』はリゲル氏の妹である【行柄(ゆきえ)ミチア】が叶えたかった夢を叶える唯一の場所。

 魔法学校への進学、可愛らしいブレザーの制服、召喚魔法、ギルドを介したクエスト、甘いケーキや肉汁が溢れるハンバーグ……。進学も出来ず、制服を着る機会もなく、食事も制限されているミチアには、不可能となってしまった事ばかり。すべて、現実では叶えられなかったミチアの夢……そして憧れていたファンタジー。

 もし、病気でなければミチアはすでに高校生だったはずだ。だが、進学は叶わず……毎日病院の窓から景色を眺める日々……散歩出来るのは病院の庭だけだ。おとぎ話とは異なり、青い鳥は彼女の病室にはいなかった。

 そんなミチアへのせめてもの贈り物が、『蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-』なのだろう。


「現実では叶えられなかった夢をせめてスマホRPG異世界で……ということらしいよ。ミチアちゃん、前はこの会社にも見学に来ていたんだけど……最近は自力で歩けなくて。もう車椅子に……いや、それどころか、外出自体もそろそろ出来ないだろうって……まだ若いのに可哀想だよ……」
「せめてさ、ミチアちゃんをはじめとするスマホRPGを生きがいとしてくれているユーザーに対して、ゲーム異世界の【青い鳥】に会わせたいっていうのが社長の願いなんだろうね……」

 この時、ほとんどの社員やバイトたちが誤解していたのは、スマホRPG異世界を架空のものとして捉えていたことだ。
 大量に必要となる魔法陣のデータは、【本当の異世界】へとリンクするために重要なもの。運営が異世界転生を研究する魔法秘密結社であることは、ごく一部の人間しか知らないことだった。

「おーい、社長直々の重要な会議をやるって! データ入力に携わっている社員やバイトは出席して下さーい」
「はーい、そろそろ行こう!」

 会議の内容は、特別なアバターの実装について。どうやら、妹ミチアのアバターを最新ヴァージョンのテストプレイヤーとして実装するらしい。

「へぇ……妹さんをモデルにした【特別な聖女ミンティア】か……。本名がミチアちゃんだから、ちょっと文字ってミンティアなのかな? 行柄社長は、優しいな……」
「せめて、このスマホRPGの中だけでも、ミチアちゃんが幸せになれるといいね……。よぉし! もうちょい頑張りますかっ」

 会議終了と同時に魔法陣のデータ入力とともに、的確に構築されていく【聖女ミンティア】の擬似ネフィリム体。
 このアバターが、行柄ミチアの新しい魂の器となる肉体データであること……これが魔法秘密結社の【儀式】であることは、誰にも気づかれずに淡々と進む。


 会議を終えた行柄リゲル氏が向かったのは、徒歩10分ほどの場所にある妹が入院する病院。死を待つばかりのミチアが兄の手を弱々しく握りしめる……。

「お兄ちゃん……私、もうすぐ……。ねぇ……本物の異世界に行ったら、青い鳥に会えるかな? ちゃんと異世界にアセンション出来るかな?」
「うん……大丈夫だよ。もうすぐだからね、ミチア。この現実世界での苦しみは、もうすぐ終わりを迎える。ミチア、君は死を見ずに聖エノクのごとく昇天……アセンションするんだ……聖女ミンティアとしてね。ミチア、現実世界で思い残すことはあるかい? お兄ちゃんに出来ることなら、何でもするから……」

 擬似ネフィリム体と呼ばれるアバターに魂を移し替え、まるで聖書の伝承であるエノクのように、死を見ずにミチアを異世界へとアセンションさせること。それが、行柄リゲル氏の目的であり夢……現実世界での時間制限が迫る中、リゲル氏はミチアに思い残すことを問う。

「あのね、お兄ちゃん……実は……私、好きな男の子がいるの。この病院に最近まで入院していた子で……名前は……」

 ミチアの想い人……彼の名前は【結崎イクト】、奇しくも実在するスマホRPG異世界に伝わる【伝説の勇者イクトス】を彷彿させる。

 これはただの偶然か……それとも、すべては神から仕組まれているのか。

「うん、分かったよ……。残されたミチアの最後の時間をイクト君と楽しく過ごせるように……。ほんの一時的でいいのなら……イクト君にも異世界転生の魔法を……!」
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