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正編 第2章 パンドラの箱〜聖女の痕跡を辿って〜
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しおりを挟む最後の晩餐は、ジーザス・クライストを含めて十三人で行われたとされている。正確にはジーザスとその弟子である十二人の使徒から、メンバーは構成されていた。これは十三日の金曜日の出来事だという説もあり、十三日の金曜日を不吉と考える者がいるのもこれが由来だ。
また、ジーザス・クライストを裏切る者の名がユダであったことから、潜伏している内通者などのことを『アイツはユダだ』などと表現することもある。
そんな有名な最後の晩餐だが、まさに精霊魔法都市国家アスガイアの会食は、最後の晩餐と呼ぶに相応しい十三人の貴賓が集まった。
「皆さん、今宵は大変な中お集まりいただきありがとうございます。この数ヶ月、世界中で災害が起こり社会情勢は不安定になり、経済も人々の気持ちも落ち込んでいます。贅沢な会食も不謹慎なのではないか、という意見から中止となっていました。しかしながら、経済を回さなくては稼げない人がいるのも事実。いつまでも落ち込んではいられない、皆で助け合ってこの難局を乗り切っていければ……という思いで、会食を開くことにしました。では、今宵の晩餐に……乾杯!」
「「「乾杯!」」」
「「「かんぱーい」」」
「「「カンパイ」」」
「「「乾杯」」」
十三人がそれぞれ、トーラス王太子の皮を被る悪魔像の乾杯に合わせてそれぞれの杯を軽く持ち上げる。アスガイア名物の特上赤ワインは、貴賓が集う晩餐会の席に相応しい品といえる。芳醇な香り、艶めかしい赤い色が気分を高揚させ、今宵の会食がいかにも順調にいくかのように演出していた。
「おぉっ久しぶりにアスガイアの赤ワインを飲みましたが、やはりコクがあっていいですな」
「ははは。今夜はアスガイアのワインにもっとも合うとされる無発酵のパン【アルトス】をご用意しました。純粋な味わいを愉しんでいただけたらと」
「ほう! これはかの有名な無発酵のパン。まるで、聖書の使徒にでもなった気分だ」
パンは聖書の伝統に倣って無発酵のパンが用いられた。いわゆる不吉とされる十三人での食事会だが、むしろそれを逆手にとって最後の晩餐気分を演出しているようにさえラルドは感じた。
トーラス王太子の皮を被った悪魔像からの小洒落たもてなしが終わると、いよいよ本命の料理が次々と運ばれてきた。
アスガイア王宮農園自慢のサラダは近海で採れたシュリンプと共に、スープはヴィシソワーズ、牧羊施設で大切に育てられた子羊のムニエル、高級ビーフは丁寧にパイの包み焼きにして、デザートは宝石のような輝きの果物が輝くタルトなど。
なるべく地元の食材を利用しつつ、品の良いテイストの料理が並んでいく。
「いやぁ、それにしてもアスガイアは災害にもめげず頑張っていますなぁ。やはり、レティア様のお姉様……アメリア様がアッシュ王子に嫁がれて、隣国との絆が深まられたせいですかな」
「極秘で結婚の話が進んでいたそうで、我々も寝耳に水と申しましょうか、驚きましたが。アッシュ王子はあまり身体が丈夫ではないそうなので、婚姻年齢に達したタイミングですぐに結婚させたかったのでしょう。まぁ私は、友人であるアメリアを失いましたが……アッシュ王子が相手なら、安心です」
極力無難な雑談が続いていたが、周辺国の関係者がついにアッシュとアメリアの婚姻について話題を持ち出した。表向きはトーラス王太子の婚約者という体裁だったアメリアを、アッシュ王子に取られてしまったと考える者も少なくなはずだ。
けれど、中身が悪魔像であるせいか、軽く受け流してしまう。本物のトーラス王太子だとしても、受け流すと思うが。こうやって悪魔像が、普通にトーラス王太子のフリをして今後もずっと暮らしていく気なのかと考えるだけで、レティアは内心ゾッとしていた。
(ちょっと、ラルドさん。魔法の箱をプレゼントして下さるならお姉様の話題が上がった今がチャンスよ)
苛ついたレティアがラルドに目配せすると、スッとラルドが魔法の小箱を自らの荷物から取り出した。
「皆さんもご存じの通りレティアさんのお姉さん、アメリアさんがアッシュ王子に嫁いだことで、正式にアスガイアとペルキセウスは親戚の国ということになりました。この魔法の小箱は、有名なパンドラの箱をモチーフにした錬金アイテムです。世知辛い世の中で、最後に希望を詰めていただけたらと思い、アッシュ王子とアメリアさんに代わり、この私ラルド・クライエスがレティアさんにこれを献上いたします」
「まぁ! 銀色の刺繍と白いレースがあしらわれていて、なんて清楚で美しい箱なのかしら。まるでアメリアお姉様のようだわ」
「ははは。アメリアさんはこの魔法の小箱を、まるでレティアさんのように可愛いらしいから是非、と。本当にお二人は仲の良いご姉妹なのですね」
「えぇ。アメリアお姉様は、昔から勉強が得意で清楚な美人で、優しくて……小さな頃から私の憧れでした。アッシュ王子という私とは面識のない意外な方と結婚されてしまって、寂しい気持ちもあります」
魔法の小箱を受け取ってから、神妙な面持ちで箱をじっと見つめて黙ってしまったレティア。もしかすると、先程のアメリアへの想いは本音なのではないか、とラルドは思った。本来、レティアは異母姉に憧れていたが、それが次第に歪んだ愛情になってしまったのではないかと。
「レティアさん……?」
「皆さん、今宵は最後の晩餐です。私は皆さんにお伝えしなければならないことがあります。この中に……裏切り者のユダがいるということを……!」
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