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正編 第1章 追放、そして隣国へ

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【災いから民を救った聖女のお話】

 むかしむかし、まだ古代精霊さまが人々に混ざり普通に暮らしていた頃のお話し。
 貿易の村ペルキセウスに、一人の若い娘がおりました。娘は錬金術を学んでおり、魔法の箱を作らせたら右に出る者はいないとの評判でした。

 ある日のこと、海の向こうの国アスガイアから傷ついた一人の精霊の男が流れ着きました。精霊の男は人々の願いを叶えるために自らが犠牲となっていて、その身体は多くの災いや憎しみで穢れていました。

『精霊様、可哀想に。人間を救うために自分が数多くの穢れを背負うなんて』
『何でも、これ以上穢れが溜まると願いを叶えるチカラが無くなるからって、神殿から追放されたらしいよ。酷いことするわよね』
『嗚呼、精霊様……あの黒い長髪、涼やかな切れ長の目元、整ったお顔立ち。あんなに美しい方なのに、もうすぐ死んでしまわれるのかしら。なんて残酷な……』

 精霊の男は東方の民のような黒い髪を長く伸ばしていて、瞳は青く澄んでおり西方の民のようでもありました。東西の民の良いところを両方持ち合わせている精霊の男の美貌が気になる娘も多く、錬金術が得意な若い娘もその一人でした。

 村長の家で手当を受けていた精霊の男ですが、ついに命が危ういくらいの高熱に魘されました。いよいよ、精霊様の命が天に帰る時がきたのかと民が諦めていると、錬金が得意な娘が手作りの魔法の箱を持ってこう言いました。

『この魔法の箱には、災いや憎しみを封じ込める不思議なチカラがあります。精霊様のお身体を蝕む災いや憎しみも、私が作った魔法の箱に収めて仕舞えばよいのです。そうすれば、体調も良くなり再び起き上がれるようになるでしょう』

 娘の言葉どおり、精霊の男の穢れを魔法の箱の中に全て収めると、精霊の男はみるみる回復し、とても元気になりました。

『私を蝕んでいた穢れが嘘のように消えたよ、ありがとう……錬金術師の娘、それにペルキセウスの民達。お礼にペルキセウスの村が大きな国になるように祈願しよう』

 精霊の男の祈願が効いたおかげで、現在の貿易都市国家ペルキセウスがあると信じられています。また錬金術師の娘は偉大な功績を讃えられて、古代神殿にて聖女の称号を授かりました。

『私なんかが聖女を名乗るなんて、何だか恥ずかしいけど……愛しい彼のためにも頑張るわ』

 やがて愛し合うようになった錬金術師の娘と精霊の男は結婚し、子供を作ったといいます。子供は精霊の故郷であるアスガイアに戻った者もいれば、そのままペルキセウスに残り貿易国家の建国に尽くした者もいるそうです。

 今でも聖女の奇跡を伝えるために、精霊様の回復記念日には魔法の箱を模した箱を作る風習が一部地域で残っています。


 * * *


 どうしても今朝の予知夢の内容が気になったアメリアは、クエスト後に図書館へと立ち寄りペルキセウス国に伝わる聖女伝説の本を借りて読むことにした。聖女を題材とした書物は数多くあったが、アメリアが気にしていた魔法の箱を取り上げた本はこの民話だけだった。

「ペルキセウス国の民話を読むのは初めてだけど、魔法の箱の正体はこの穢れを吸い取った因縁のものだったのかしら?」
「クルックー! アメリア様、ところでその民話には精霊鳩は登場しましたか? 大抵の聖女の民話には相棒である精霊鳩が、挿絵として描かれているのですが」

 ポックル君も一緒のため図書館の室内で閲覧することは難しく、ギルドカフェのテラス席で夕刻のお茶を愉しみながら本を読んだのだが。精霊鳩のポックル君からすれば、聖女のことよりも自分と同じ種族の精霊鳩の方が気になる様子。
 一応、ポックル君を喜ばせるため精霊鳩が掲載されている箇所を探して、挿絵を見せてやることに。

「あぁ……そういえば、ワンカットだけ使い魔の精霊鳩が載っているわね。ほら、この神殿に向かうシーンよ。でも、メインの内容としては精霊鳩を取り上げてないみたい」
「そ、そうですか……クル。次は、精霊鳩がもっと前に出てる感じの民話を借りてみると良いと思いますっ。ワタクシ、偉大な精霊鳩の功績についてもっと勉強したいと思いますのでっ!」
「う、うん。私も聖女伝説について気になるようになっちゃったし、また時々図書館で本を借りましょう。ところで、ラルドさん……遅いわね」

 本当はラルドも一緒に民話を読む予定だったのだが、ギルドの受付係に呼ばれてまだ戻って来ていない。もうすぐ日が完全に暮れて夜になってしまう……というタイミングでラルドが姿を現した。

「すみません、アメリアさん。実はギルドランク昇任試験のお誘いを貰ったので、ちょっと長く話し込んでいたんですよ。僕達二人のクエスト活動って、アメリアさんの回復魔法で傷の手当てをしたり、僕の錬金術で作った薬草を配布したり。初級ランクらしく限定的な活動が多かったのですが、この昇進試験に受かれば……」
「えぇと、ギルドランク中級試験を合格された場合……民間のみでなく、ペルキセウス国お抱えの王立騎士団のクエストに参加することが可能となります。是非ご検討下さい。そういえばアスガイアにいた頃から聞いたことがあるわ。ペルキセウス王立騎士団、もしかして結構有名だったり……」

 まだアスガイアの王妃候補だった頃に、ペルキセウス王立騎士団の話題が何度が挙がっていたことをアメリアは思い出した。殆どの世間話に無関心なトーラス王太子が、自分から身を乗り出すようにペルキセウス王立騎士団の武勇伝を訊きに行っていたのをよく覚えている。

「有名なんてもんじゃありませんよ、アメリアさん。もはやペルキセウス王立騎士団は生きた伝説! いやぁこんなに早く、王立騎士団経由のクエストに参加出来るチャンスが来るとは……。予知夢のことも気になりますが、今のギルドランクじゃ古代神殿を訪問なんて夢物語ですし。今は中級ランクに格上げするのが先決です」
「……そうよね、ラルドさんの意見はもっともだと思うわ。まずは私達がギルドでチカラをつけないと。けど男の人って、そのペルキセウス王立騎士団にみんな関心があるのね。あのトーラス王太子ですら、何だか嬉しそうに王立騎士団のことを何度も訊いていたから。えぇと……確か凄い人がいるのよね。剣の達人で……」
「剣聖、のことですね……アメリアさん。僕も伝説だけで実物を拝見したことはないので、剣聖がどのような方か分からないのですが。そうか、もしかするとアメリアさんも僕も剣聖と仕事をすることも出て来るのか。少し気合を入れなくては……」

 ――ペルキセウス王立騎士団、そして謎に包まれた剣聖。アメリアのギルドライフが本格的に始まろうとしていた。
 そして、それが絶望の未来を回避する最大の道標になるとは、まだこの時アメリアは気づいていなかった。
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