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旅行記6 もう一人の聖女を救う旅
最終話 新たな人生の始発駅
しおりを挟む『ティアラ、ティアラ……』
深い眠りの中で、懐かしい声に呼びかけられて瞼を開くと、そこは白い砂浜と何処までも続くエメラルドグリーンの海だった。夢の世界とは思えないほどのリアルなテイストに、ティアラは再び異空間へと誘われてしまったことを実感する。
何の準備もなく突然寝室から異空間に飛ばされたようだが、幸い、邸宅で眠る時のネグリジェは、いざという時に行動しやすいようにサマードレスタイプとなっている。そのため、海岸を歩いていても違和感はない。
カモメの鳴き声、風から流れてくる潮の香り、太陽を反射して熱くなっている砂の温度。素足で感じる熱は熱すぎるくらいだが、海水で熱を冷ませば気にならなくなるだろう。
「ここは……ハルトリアの海岸を模した異空間なの? 私を呼んだ声の主は何処に?」
ふと海岸を見渡すと、先程まではティアラ以外誰もいなかったはずの波打ち際で戯れる白い帽子を被った女性の姿が。女性はティアラより少し年上くらいで、銀髪を白いリボンで一つに束ねている。清楚なブルーのワンピースが、海の景色に溶け込むように馴染んでいた。
(あの女性が、私を呼んだ声の主かしら)
「きゃうんっ」
「えっ……ポメ?」
ティアラがぼんやりとした頭で女性の姿を認識しながら足を進めて行くと、ペットの幻獣ポメがダッと駆け足で女性のいる方へと駆け出す。
「まぁ! 久しぶりね、ポメーラ。あいたかったわ。そう……今でもお前は、店番や錬金素材の採取を頑張っているのね」
「きゃんっきゅいーん!」
ふわふわの尻尾をパタパタと振りながら、嬉しそうに銀髪の女性に甘えているポメは、本当に嬉しそうな態度だ。一見すると普通のポメラニアンに見える彼だが、実のところカーバンクルという幻獣であるため意外と警戒心が強い。
(ポメったら、あんなに尻尾を振ってくるくると回って、全身で喜んで。ある程度人間に優しい子だけど、時折幻獣特有の警戒心を見せるのに。あの女性に対しては、その傾向がまるっきりないわ。完全に信頼しきっているとても大切な相手のような……)
その幻獣であるポメが、あんなにも心を開いて懐いているのだから、よっぽど親しい間柄であることが察せられた。
例えば、遥か昔の飼い主……といったところだろうか。
ひとしきり頭を撫でて貰ってポメも満足したのか、今度はくるりとティアラの方を振り返って『きゃおんっ』と呼びかけている。『ティアラもこっちにおいでよ!』と話しているようだ。
状況をよく飲み込めぬまま、砂浜を踏みしめながら女性の方へと再び歩み寄るティアラ。すると徐々に、帽子の陰で隠されていた女性の顔立ちが見えるようになってきた。
「……! もしかしてご先祖様?」
魔女姉妹の伝記から流れてきた映像が確かなものであれば、ティアラと似て非なる美しい銀髪の女性の正体はご先祖様である『聖女ティア』のはずだ。
「ふふっ……ご名答。一応、はじめましてなのかしら。我が子孫、聖女ティアラ……貴女には本当に感謝しているわ。私は生前、闇の精霊の悪の誘惑に負けて夫を奪った妹に、憎しみの呪いをかけてしまった。私の魂はずっと暗闇に幽閉されて、妹の子孫達は魔女狩りの標的になった。憎しみの連鎖を断ち切ってくれたのは、ティアラ……貴女よ」
「ご先祖様……いいえ、私も実は追放された憎しみを抑えられず、心の何処かでクロエを許せなかったんです。けれど心の深い闇から、潜在意識の深い奥底に落ちそうになった時にポメが解放してくれた。ハルトリアの美しい海を見に行こうって、気ままな旅の出ようって……助けてくれたのはポメなんです。そして、運命の男性……ジルと引き合わせてくれた」
ティアラは自分の左手薬指に嵌められた大切な指輪をご先祖様に見せた。エメラルドグリーンの魔石は、ポメの額に埋め込まれている魔石と同じ種類のもの。偶然が少しずつ重なって、運命へと辿り着いた確かな証拠。
「そう。貴女は、貴女にはもう素敵な運命の男性が見つかったのね。ふふっポメーラ、やるじゃないっ。ちゃんと今の飼い主を正しい道に導いて」
「きゃんっくいーん!」
誇らしげにかつての飼い主を見つめて、澄んだ鳴き声で返事をするポメ。
「さあ、貴女とお話し出来る時間はここまで。ティアラ、いろいろあるだろうけど、頑張って!」
ニッコリ微笑むご先祖様は、まさに聖女そのもので、彼女が闇の因果から完全に救われたことが目に見えて分かった。きっとポメは、ティアラと出会うずっと前から、聖女を救う長い長い旅を続けていたのだろう。
(これがもう一人の聖女を救う旅……ポメ命の旅は、私のご先祖様である聖女ティアを魂の闇から救い出す旅だったのね。そしてこれからは、私やジルとともに生きる旅を続けるんだわ)
タイムリミットなのか、ティアラが言葉を紡ぎ出すより先に、景色が遠くなり意識が微睡んでいく。
再び目覚めると、ハルトリア邸のベッドの上。柔らかな朝の日差しが、ティアラを包み込むように迎え入れるのであった。
* * *
それから、一年ほどの時が経過した。移民の受け入れもだいぶ落ち着き、ハルトリア公爵夫妻にもプライベートな時間を持つ余裕が生まれた。晴れた青空が清々しい朝、いつか来たハルトリア中央都市のプラットホームで列車を待機する。今日は久しぶりの家族旅行……メンバーはジル、ティアラ、ポメ……そしてティアラのお腹ですくすくと育つ新しい命。
「それにしてもティアラ、本当に旧フェルト領土地域で赤ちゃんを産むのか? まぁ……あの場所にはもともとハルトリア別邸があるし、今はハルトリアの管轄区だからいいんだけどさ」
「ええ、ジル。今ならまだ里帰り出産が可能な段階だし、お腹の子にも私の故郷を見せてあげたいの。私とジル、そしてポメが出会った大切な思い出の土地を」
「きゃうん!」
初めてティアラがハルトリアを訪れた時とは反対方向の列車に乗り込み、今日の為に用意したプラチナチケットで特別席へと移動。車窓から見える青い海の景色は、マタニティーブルーを吹き飛ばしてくれる。
ジリリリ、リリリ……!
出発のベルの音が鳴り響き、ゆっくりと列車が走り出す。新たな命と出会う為の素敵な旅の始まり。ふと、旅立つティアラ達を見送る声が、海岸から聞こえてきた。
『いってらっしゃい! ティアラ、ジル、ポメーラ……そしてこれから生まれる優しい天使。良い人生の旅を……!』
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