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旅行記3 時を超える祝祭
10 少年の淡い初恋
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ジェラートで頭を冷やしたティアラは、少し客観的にこのタイムワープの流れを見ていくことにした。町中にたなびく旗に記された祝祭の年号から、現在いる場所が二十年前なのは確かである。
「はぁ! ジェラート美味しかったね。精霊様の銅像が移動することになって、ご利益が減るなんて言ってる人もいたけど、思ったよりも良い日になっちゃった。お姉さん、ワンちゃん、そろそろ移動出来そう?」
「ええ、ついにお目当ての精霊様の銅像前にいくのね」
「くうーん」
ティアラのガイド役を請け負っているこの少年が、自分の夫であるジルの少年時代かは定かではない。ジル少年の母親が、ティアラをこの時代に召喚した本人か否かも分からないのだ。
もしこの少年が夫ジルとは別人であったとしても、こうして楽しくガイドをしてもらっているのだから、ありがたく精霊像前まで案内してもらうのが良いだろう。
賑やかな祝祭の人通りを器用に潜り抜けて、奥まった水路側の小径に到着する。サラサラと流れる運河の水はまるで小さな川のようで、この水の流れが町中全てに通じているのが不思議でならないくらいだ。
気がつくと小径にはジル少年、ティアラ、そしてポメだけがいて、そのゴール地点には可愛らしい花々に囲まれた美しい精霊像が佇んでいるのであった。先ほど会話したジル少年の母親によく似たその精霊像は、未来の状態と同じく優しげな表情で微笑んでいる。
「この精霊様は、願い事を一つ叶えてくれるらしいよ。オレとしては暮らしが楽になるように、いい加減お爺さんと親父が仲直りしてくれるようにって祈っているんだけどさ。結局ハルトリア公爵家に、この精霊像が移動することになっちゃった」
「お祈りをしてもジル君の願い事は、叶わなかったの?」
「うーん、どうなのかな? 将来的には精霊像にお祈りするためにハルトリア本宅に家族と行けば、喧嘩状態のお爺さんと会うことになるよ。うちのお爺さんは一応、この国の大公だからね。でも、親父と母さんは駆け落ち結婚だから、お爺さんが表向きオレ達家族を認めていないんだ」
やはりというか、ジル少年はティアラの夫であるジルと同一人物のようだ。しかし、想像していたよりも家庭のことで悩んでいる様子で、イメージしていたよりも苦労の多い少年時代だったことが窺える。
「もしかしたら、精霊様はハルトリアの未来のためにも自分が移動することで、ジル君のお父さんとお爺さんを仲直りさせる気なのかも。ジル君だってこのままの暮らしで大きくなって、いきなり公爵様のお仕事を手伝うのは難しいだろうし。そろそろ家庭を修復してもらって、貴族としての勉強をする時期なんだと思うわ」
ティアラは二十年後の未来から来たものの、残念ながら嫁いで間もない状態のため、どのようにしてハルトリア公爵家が家族関係を修復したのか知らなかった。そのため何となく、自分が素直に感じた一般論を述べるにとどまってしまう。
「う~ん。けどまさかそのために、精霊像が移動することになるなんて、思わなかったから。いや……ただの偶然なんだろうけど」
「偶然じゃないわよ、それにほら。この精霊様って、何となくジル君のお母様によく似ていらっしゃるし。本当にお母様のことを認めていなかったら、ご自宅で精霊像を預かるなんて言わないと思うの」
ふと、ジル少年の瞳が大きく見開く。本当は……この精霊像と母親が似ていることに気付いていたのだろう。だがその事実は、彼としては認めたくない様子だ。
「ははっ。お世辞でも母さんのこと精霊様に似てるなんて、褒めてくれて嬉しいよ。でも母さんは修道院で育った普通の人間だし、精霊様では決してないからさ……」
「そう……ああ、せっかく来たんだから、私もお祈りするわね。私の夫とその家族が今も未来も、幸せになれますように……」
目を瞑り胸元のアミュレットを手に取ってお祈りを終えると、ジル少年がショックを受けた表情で、ティアラの薬指の指輪に注目する。
「おっと……夫って。ティアお姉さんって、その若さで実は人妻だったの? えっ既婚者ってヤツ?」
「えっ? う、うん。正確にはまだ婚約中で、書類が揃えば正式な夫婦なんだけどね。ん……どうしたの、ジル君?」
「そんな……オレの淡い初恋が、こんなにあっさりと……」
気のせいでなければ、初恋と呟いている気がしたが。あまり過去に介入して、未来を変えてしまうのは良くないと思い、ティアラはジル少年の独り言を聞き流すことにした。
気がつけばタイムワープ魔法の時間切れが刻一刻と近づいているようで、運河の水面や景色がゆらゆらと歪み始めていた。
「はぁ! ジェラート美味しかったね。精霊様の銅像が移動することになって、ご利益が減るなんて言ってる人もいたけど、思ったよりも良い日になっちゃった。お姉さん、ワンちゃん、そろそろ移動出来そう?」
「ええ、ついにお目当ての精霊様の銅像前にいくのね」
「くうーん」
ティアラのガイド役を請け負っているこの少年が、自分の夫であるジルの少年時代かは定かではない。ジル少年の母親が、ティアラをこの時代に召喚した本人か否かも分からないのだ。
もしこの少年が夫ジルとは別人であったとしても、こうして楽しくガイドをしてもらっているのだから、ありがたく精霊像前まで案内してもらうのが良いだろう。
賑やかな祝祭の人通りを器用に潜り抜けて、奥まった水路側の小径に到着する。サラサラと流れる運河の水はまるで小さな川のようで、この水の流れが町中全てに通じているのが不思議でならないくらいだ。
気がつくと小径にはジル少年、ティアラ、そしてポメだけがいて、そのゴール地点には可愛らしい花々に囲まれた美しい精霊像が佇んでいるのであった。先ほど会話したジル少年の母親によく似たその精霊像は、未来の状態と同じく優しげな表情で微笑んでいる。
「この精霊様は、願い事を一つ叶えてくれるらしいよ。オレとしては暮らしが楽になるように、いい加減お爺さんと親父が仲直りしてくれるようにって祈っているんだけどさ。結局ハルトリア公爵家に、この精霊像が移動することになっちゃった」
「お祈りをしてもジル君の願い事は、叶わなかったの?」
「うーん、どうなのかな? 将来的には精霊像にお祈りするためにハルトリア本宅に家族と行けば、喧嘩状態のお爺さんと会うことになるよ。うちのお爺さんは一応、この国の大公だからね。でも、親父と母さんは駆け落ち結婚だから、お爺さんが表向きオレ達家族を認めていないんだ」
やはりというか、ジル少年はティアラの夫であるジルと同一人物のようだ。しかし、想像していたよりも家庭のことで悩んでいる様子で、イメージしていたよりも苦労の多い少年時代だったことが窺える。
「もしかしたら、精霊様はハルトリアの未来のためにも自分が移動することで、ジル君のお父さんとお爺さんを仲直りさせる気なのかも。ジル君だってこのままの暮らしで大きくなって、いきなり公爵様のお仕事を手伝うのは難しいだろうし。そろそろ家庭を修復してもらって、貴族としての勉強をする時期なんだと思うわ」
ティアラは二十年後の未来から来たものの、残念ながら嫁いで間もない状態のため、どのようにしてハルトリア公爵家が家族関係を修復したのか知らなかった。そのため何となく、自分が素直に感じた一般論を述べるにとどまってしまう。
「う~ん。けどまさかそのために、精霊像が移動することになるなんて、思わなかったから。いや……ただの偶然なんだろうけど」
「偶然じゃないわよ、それにほら。この精霊様って、何となくジル君のお母様によく似ていらっしゃるし。本当にお母様のことを認めていなかったら、ご自宅で精霊像を預かるなんて言わないと思うの」
ふと、ジル少年の瞳が大きく見開く。本当は……この精霊像と母親が似ていることに気付いていたのだろう。だがその事実は、彼としては認めたくない様子だ。
「ははっ。お世辞でも母さんのこと精霊様に似てるなんて、褒めてくれて嬉しいよ。でも母さんは修道院で育った普通の人間だし、精霊様では決してないからさ……」
「そう……ああ、せっかく来たんだから、私もお祈りするわね。私の夫とその家族が今も未来も、幸せになれますように……」
目を瞑り胸元のアミュレットを手に取ってお祈りを終えると、ジル少年がショックを受けた表情で、ティアラの薬指の指輪に注目する。
「おっと……夫って。ティアお姉さんって、その若さで実は人妻だったの? えっ既婚者ってヤツ?」
「えっ? う、うん。正確にはまだ婚約中で、書類が揃えば正式な夫婦なんだけどね。ん……どうしたの、ジル君?」
「そんな……オレの淡い初恋が、こんなにあっさりと……」
気のせいでなければ、初恋と呟いている気がしたが。あまり過去に介入して、未来を変えてしまうのは良くないと思い、ティアラはジル少年の独り言を聞き流すことにした。
気がつけばタイムワープ魔法の時間切れが刻一刻と近づいているようで、運河の水面や景色がゆらゆらと歪み始めていた。
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