上 下
34 / 87
旅行記3 時を超える祝祭

02 運河を見守る水の精霊

しおりを挟む
「ハルトリアは、運河を渡るゴンドラが有名なんでしょう? 嬉しい……私、そんな素敵な初デートが出来るなんて思ってなかったわ」
「実は兄貴がオレ達にって、くれたものなんだ。運河には水の精霊様がいるし、ティアラの体調不良の原因が精霊様との繋がりが切れたことかも知れないからって。でも流石は兄貴だよな……女性の気持ちを掴むのになれていて」
「そうだったの。バジーリオさんの厚意だし、愉しいデートにしたいわ。水の精霊様への挨拶も出来るなんて、ラッキーだもの」

 ティアラがゴンドラに興味があるようで、ジルは心の奥底からホッとした。色男揃いとされているハルトリア一族のジルだが、好きな女性が喜んでくれるだけで嬉しいものだ。

 運河には様々な周遊コースが用意されていて、犬連れも可能となっているチケットは複数の周遊コースに対応していた。ジルは思案した結果、少年時代の思い出がたくさんある奥まったストリート周辺の水路を選ぶことにした。

 ふと、兄からゴンドラチケットを貰った際の会話を思い出す。


 * * *


 初夜を迎えたからと言って、まさか3日も寝込んでしまうとは思いもよらず。ジルはティアラのひどい疲れに『自分の女性への扱いが、悪かったのだろうか』と懸念していた。こんな時に頼りになるのは、何だかんだ言って実の兄であるバジーリオだ。

 祝祭という忙しい時期に相談するのは気が引けたが、幸い初夜から3日目の夜はジルもバジーリオも予定がポッカリ空いていた。
 兄弟行きつけのバーでワインを飲み交わしながら、ティアラが寝込んでしまったことを素直に告げる。

「なあ、兄貴。実はさ……ティアラが初夜の次の日から、ずっと調子が悪くて。オレってもしかして、何か女性の扱いを間違ったのかな」
「おいおい、流石の僕でも初夜の現場を番人のごとく、見ていたわけじゃないからね。でも、どんなにウブな生娘でも純潔を夫に捧げたからって、3日も休む人は少数派だろう。つまり直接的な原因は、他にあると見た」
「原因は他にある……? 純潔を捧げたからっていうのは、間接的な原因ってことか」

 ワインと生ハムを交互に含みながら、なかなか想定される原因を話さない兄にジルはもどかしさを感じていた。もしかすると、兄のバジーリオも自分が立てた仮説を弟に話して良いのか、迷っているのかも知れない。

「これはあくまでも、僕の推測だけど。ティアラさんが精霊国家フェルトのトップ聖女だったと、ジルは語っていたね。つまり彼女は数ヶ月前までは、精霊様の御加護の元にいたことになる」
「そういえば、現役聖女時代は毎日のように国のエネルギーのために、精霊の名の下に祈りを捧げていたんだっけ。けど、精霊国家フェルトは実のところ、もう精霊の御加護はほとんど受けていないんだろう?」
「だからそのための取り次ぎ役が、聖女という存在なんだろうね。ティアラさんが体調不良になった原因は、これまであった精霊との繋がりが、夫を作ることで一時的に断ち切られたからなんじゃないかな」

 まるで神に操を立てている修道女か巫女のような存在という推測だが、他の魔法使いよりも魔力が膨大だとされる聖女のチカラの源は古代精霊の御加護だろう。

「……乙女を失うことで、精霊からわずかに受け取っていた魔力エネルギーが途絶えたのか。身体はだいぶ良いみたいだが、回復は自然と待つしかないのか」
「我が大公国ハルトリアには、運河を守る水の精霊様が住んでいる。精霊国家フェルトのように、大きな契約を結んでいるわけじゃないけれど。水の精霊様の元へご挨拶に行くだけでも、随分と体調が良くなるはずだ」
「けど、挨拶って……教会は祝祭の関係でしばらく観光客でいっぱいだし」

「僕達の精霊様は身近にいらっしゃるんだから、直接会いに行くのが良いと思うよ。はい、ゴンドラのチケット! せっかくだから、デートを楽しんでおいで」


 気さくで気がつく兄のおかげで、実現したゴンドラデート。ジルはこの機会に、自分がティアラにまだ話せていない少年時代の記憶を見せることを決意したのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

婚約破棄された悪役令嬢が実は本物の聖女でした。

ゆうゆう
恋愛
貴様とは婚約破棄だ! 追放され馬車で国外れの修道院に送られるはずが…

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります

せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。  読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。 「私は君を愛することはないだろう。  しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。  これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」  結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。  この人は何を言っているのかしら?  そんなことは言われなくても分かっている。  私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。  私も貴方を愛さない……  侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。  そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。  記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。  この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。  それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。  そんな私は初夜を迎えることになる。  その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……    よくある記憶喪失の話です。  誤字脱字、申し訳ありません。  ご都合主義です。  

処理中です...