93 / 94
第二部 第三章
第11話 いつか、氷が溶ける日まで
しおりを挟む『同盟からメールが届いています』
氷の令嬢ルクリアが、鉱山調査のため古代地下都市アトランティスから地上に出てきてしばらく経つ。ロッジ暮らしに慣れてきたタイミングで、部屋に鳴り響いた見慣れないメール。
「マスター、如何されましたか。何かピコピコピーンって音がしましたが」
部屋を区切る間仕切りカーテン越しに、ペタライトがひょっこり顔をだす。普段はあまり不必要に干渉してこないペタライトがわざわざ様子を見に来るのは珍しく、おそらく天使の勘で何か気になる雰囲気が漂っているのだろう。
「ああペタライトちゃん、実は同盟からメールが届いたのよ。確か今回の調査隊そのものが同盟扱いなんだったんだけど。すっかり忘れていたわ」
「そういえば、私も守護天使の任務で同盟の拠点リーダーという役割を一つもらっていた気がします。確かここにステータスが……あれ? 拠点リーダーのステータスが外れている。どうして……」
そこでようやくペタライトは、ステータス管理のスマホ画面から自らの拠点リーダー設定が外れてしまったことに気づく。ルクリアのスマホで確認しても拠点リーダーの項目は『設定中』になっていて、いわゆる誰も席についていない状態だった。
「ちょっと待ってね、今メールの内容を読むから。えぇと……拠点リーダー変更のお願い。今後予想される大寒波に向けて、一時的に拠点リーダーを防寒効果の高いキャラクターに変更したくメールをしました。ルクリア嬢のペットのモフくんには、大寒波を乗り切れるチートスキルが設定されており、春までの間だけでもモフくんにリーダーを変更するのがベストであると判断しました」
「えぇっ? モフくんって、ミンク幻獣のモフくんですよね。そんな秘密の設定があったんですか」
ペタライトとモフくんは同じマスターを持つ者同士で、それなりに親しくなってきていた。だが、お互いのスペックを把握しているわけではないようだ。特に、モフくんに大寒波から身を守るスキルがあるとは、ルクリアでさえ予想しなかった。
「みたいね。それにモフくんの同盟のキャラ設定では幻獣ではなく精霊扱いだわ。まぁ私としては、モフくんがミンク幻獣でもミンク精霊でもどっちでも良いけど。モフくん、あなた拠点リーダーになれる?」
「もきゅっもきゅきゅーん!」
ようやく自分の実力を世間に見せる日が来たことに、モフくんは喜びを隠せない様子。ルクリアのライティングビューローの上でちょっぴり背伸びして、細い胸をめいいっぱい張り自分を大きく見せようとしているようだ。
「けどモフくんって、オークションハウスでは悪い密輸業者に拉致されそうになっていたし。似たヴィジュアルのカワウソもたまに悪徳バイヤーに誘拐されているわよね」
「ふぇええ大変でしたね。モフくんが無事で良かったですぅ」
「あの時のことを考えるとわざわざ目立つポジションに置くなんて、正気の沙汰とは思えないけど。だってあの時にモフくんが捕らわれなければ、彼にあんな傷を負わせないで済んだし。あら、私……誰のことを?」
嫌なエピソードが頭をよぎったが、フラッシュバックする記憶は何処か曖昧だ。モフくんがオークションハウスで拉致された際にルクリア以外に誰かいたはずだが、モヤがかかって思い出せない。
「マスター、大丈夫ですか。頭痛なら風邪の症状では? 今はレンカちゃんの加護のシールドが拠点周辺に張られてますし、モフくんだって安全です。風邪予防に思い切ってモフくんのチートスキルを借りましょう」
「もきゅもきゅきゅー」
「そう? じゃあ、思い切って……」
スマホの拠点リーダー変更画面をスワイプして、一覧からモフくんを選ぶ。
『設定変更しました。拠点リーダーモフくん。大寒波から、寒さが五十パーセント軽減されます』
モフくんの頭の上に小さな星が一つ浮かび上がる。おそらくこれが、拠点リーダーの証なのだろう。ペタライトの頭の上にも何かキラキラものが輝いていたが、元が天使であるため光の輪なのか星なのかはイマイチ判別がつかなかった。
「あら、何だか気温がちょっとだけ上がったみたい。これから就寝時間でもっと冷え込むと思ったけど、これなら平気そうね」
「明日の朝みんな風邪ひきなんてなったら大変でしたものね。モフくん、偉いっ」
「きゅるるーん」
設定変更の効果は思ったよりも早く出るようで、電波時計に表示されている部屋の温度も何度か上がったようだ。ただでさえ氷河期の影響を受けている地上なのに、これ以上寒くなってはかなわないだろう。
「モフくんのおかげで今日は良い夢を見れそうね。ペタライトちゃん、モフくん、お休みなさい」
「お休みなさい、マスター」
「もきゅきゅーん」
二重窓でも今夜の寒波は防げないくらい寒いと予想されていたはずだが、不思議と風がおさまった。同盟が緊急でリーダーを変更したがった気持ちが分かる気がした。拠点リーダーの変更効果は、同盟の舵取りの中でも特に重要なのだ。
* * *
暖かいベッドの中で微睡むルクリアは、先ほど甦りかけた記憶の断片を垣間見る。
黒髪を靡かせた美しい少年の額には、ルクリアの氷の欠片が飛び散って出来た傷が一つ。けれど彼はルクリアの冷たい手を取って、笑って見せた。
『大丈夫、ルクリアさんはオレの命の恩人だよ』
『嗚呼、私は何てことを。助けるつもりが一生残る傷を負わせてしまうなんて』
彼を忘れてはいけない。
彼はとても大事な人だ。
ルクリアはその大事な誰かを記憶から消去してしまった。
けれど、氷が溶かされる時にきっと記憶は甦る。そして、その日はゆっくりと近づいているのであった。
0
お気に入りに追加
344
あなたにおすすめの小説
永遠の隣で ~皇帝と妃の物語~
ゆる
恋愛
「15歳差の婚約者、魔女と揶揄される妃、そして帝国を支える皇帝の物語」
アルセリオス皇帝とその婚約者レフィリア――彼らの出会いは、運命のいたずらだった。
生まれたばかりの皇太子アルと婚約を強いられた公爵令嬢レフィリア。幼い彼の乳母として、時には母として、彼女は彼を支え続ける。しかし、魔法の力で若さを保つレフィリアは、宮廷内外で「魔女」と噂され、婚約破棄の陰謀に巻き込まれる。
それでもアルは成長し、15歳の若き皇帝として即位。彼は堂々と宣言する。
「魔女だろうと何だろうと、彼女は俺の妃だ!」
皇帝として、夫として、アルはレフィリアを守り抜き、共に帝国の未来を築いていく。
子どもたちの誕生、新たな改革、そして帝国の安定と繁栄――二人が歩む道のりは困難に満ちているが、その先には揺るぎない絆と希望があった。
恋愛・政治・陰謀が交錯する、壮大な愛と絆の物語!
運命に翻弄されながらも未来を切り開く二人の姿に、きっと胸を打たれるはずです。
---
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
私があなたを好きだったころ
豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」
※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。
木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。
それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。
誰にも信じてもらえず、罵倒される。
そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。
実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。
彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。
故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。
彼はミレイナを快く受け入れてくれた。
こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。
そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。
しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。
むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
塩対応の公子様と二度と会わないつもりでした
奏多
恋愛
子爵令嬢リシーラは、チェンジリングに遭ったせいで、両親から嫌われていた。
そのため、隣国の侵略があった時に置き去りにされたのだが、妖精の友人達のおかげで生き延びることができた。
その時、一人の騎士を助けたリシーラ。
妖精界へ行くつもりで求婚に曖昧な返事をしていた後、名前を教えずに別れたのだが、後日開催されたアルシオン公爵子息の婚約者選びのお茶会で再会してしまう。
問題の公子がその騎士だったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる