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第二部 第三章
第06話 地上の初日を仰ぐために
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年の瀬が迫る12月のある日。
古代地下都市アトランティスから、地上の旧メテオライト国に探索部隊が派遣されることになった。隕石墜落から放置されている土地の調査と、波動停止してしまった閉山中のペタライト鉱山を調べるためだ。部隊が地上へ昇る前に、隊長に任命されたギベオン王太子と研究者から詳しい説明がなされた。
「俗にいう氷河期状態に突入している旧メテオライト国は、その殆どが活動困難状態である。だが、天使が宿るペタライト鉱山周辺は隕石の影響が和らいだため辛うじて暮らしていけるそうだ」
「かつて別荘地だった豪雪集落はその代表で、一定数の住民がチカラを合わせて生活しています。けれど、このままではその活動も厳しいだろうとのことです。それなのに滞在先を提供してもらうのだから頭が下がる思いですね」
これから世話になる予定の豪雪集落はお世辞にも豊かな暮らしをしているわけではなく、滞在先として借りるもののギベオン王太子も研究者も遠慮がある様子。
「では、ギベオン王太子はどのようにお考えで? やはり、豪雪集落の民も古代地下都市へと招くおつもりなのでしょうか」
「いや、彼らは地上で暮らしていきたい意向だという。土地に根付く人々に対して無理強いは出来ないし、貴重な地上の暮らしを止めるように強制はできない。我々に出来ることは、無法状態の地上の権利を取り戻して経済状況を良くすること。それが、少しでも地上の人々を支援する近道だと考えている」
「そういえば、以前から地上が無法地帯状態になっていると問題視されていましたものね。モルダバイト国に譲渡した土地はともかく、そろそろ手入れをすると」
地下都市に国民の大半が移動したのをいいことに、国境を無断で越えて価値ある品々を奪う者がチラホラいるらしい。火事場泥棒という言葉があるように、苦しい状況の中でも金品を狙う輩はいる。
しかし、古代地下都市アトランティスとしては一度は地下に潜ったとはいえ、モルダバイト国に任せている土地以外は権利を手放してはいない。
「ああ。氷河期状態とはいえ、隕石落下の副産物で価値の高い鉱物が採掘されるようになったのも事実。最近では隕石ハンターを名乗る者達が、無許可で効果な隕石を回収しているらしい」
「一応、モルダバイト国のオークションハウスに正式なルートの構築を依頼していますが。法的にきちんと手入れをしなくてはそれも難しいだろうとのこと。まずは、土地の精霊と契約を結び直す……まぁ今は殆どが氷の精霊の配下にあるわけで……そこで氷魔法の使い手の出番です」
話の流れで一同ルクリアへと視線が移る。
いつもならワンピースに品の良いコート姿のルクリアが、今日は防寒服姿で隊に加わっている理由が示されたからだ。
探索部隊の大半は王宮勤めの兵士や科学者で、次期王妃候補のご令嬢が参加するようなプロジェクトにはとてもではないが見えない。
「ルクリア嬢は精霊の中でも契約が難しいとされている氷の精霊と生まれつき契約しており、氷河期の氷も冷気も全くノーダメージの【絶対零度の聖女】だ。今回のプロジェクトの鍵を握っていると言えるだろう」
改めて氷河期状態の土地の精霊と契約をするのであれば、ルクリアなしでは話が進まないだろう。
「そういえばルクリア様は、閏年の二月二十九日生まれでしたね。四年に一度しかない、氷の精霊との契約日生まれだ!」
「なるほど。そのために、氷の令嬢の異名を持つルクリア嬢が必要となるわけですね。ルクリア嬢なら、氷河期状態の地上の精霊とは契約が結び放題だ」
一見すると場に合わない人物が最も重要なキーを握っているのだから、世の中とは不思議なものだと学者が頷きながらも納得している。
「ギベオン王太子からの説明にあった通り、氷の精霊は生まれつきの契約者がいなければ交渉が難しいものです。私の力で良ければ、喜んで役立てます」
本来ならば、探索部隊とは無縁にも見える麗しい令嬢がこの場にいる理由をようやく皆が理解した。
* * *
久しぶりの地上は、空気まで凍るほど冷たくルクリアの氷の加護が無ければ危険なレベルだ。真っ白な景色に変わってしまった祖国に、探索部隊は唖然としてしまう。
「分かってはいましたが、本当に氷河期ですね」
「でも、地上で初日の出を仰げるならこの寒さも耐えて見せますよ」
「頑張りましょう」
雪に埋もれた道なき道を歩いて、歩いて……。
ようやく、ペタライト鉱山の入り口に辿り着き、設備のロッジで休憩することに。
薪を暖炉に焚べて、ポットのジンジャーティーでひと息入れる。
「ふう。心も身体もポカポカするわね!」
「ジンジャーは風邪予防になるし、今の季節には欠かせないな」
手袋越しにしかコップを握れないが、温かなジンジャーティーの温度が徐々に身体を温めた。
「このペタライト鉱石鉱山の山付近は、波動のおかげで人間が生きていける環境だ。今日は地下と繋ぐゲートをペタライト鉱山に設置して、明日からは豪雪集落に移動。しばらく豪雪集落でお世話になる。ルクリア、済まないが早速ゲート魔法の準備をしてくれ」
「ええ。分かったわ! モフ君、ペタライトちゃん、手伝ってくれる?」
ルクリアのコートの中に隠れていたミンク幻獣のモフ君と鉱石の磨き石に潜んでいた天使ペタライトが姿を現す。
「もきゅ、もきゅ」
「はあい、マスター!」
せっかく身体に体温が戻ったのに再び寒さの中に戻るルクリアに内心、同情する者もいたが流石は氷の令嬢と呼ばれるだけあって寒波にも怯まない。
「モフ君は氷の精霊に干渉、ペタライトちゃんはこの土地の地母神に契約の許可をお願い。いくわよ……全てを凍てつかせる氷の守護よ、人々にその加護を与えよ!」
呪文詠唱に呼応するように、雪に隠れていた地面には魔法陣が描かれ、女神を模した氷像が一つだけ魔法で造られた。
「「「おぉお~」」」
「お見事です。ルクリア様! まさか、この僅かな時間で結界を守護する像まで造るとは」
「ふふっ。ギベオン王太子からゴーレムの技術を学んだから、ちょっとだけ以前より腕が上達したの。これで安心して初日の出を仰ぐことが出来るわね」
優しく微笑むルクリアに思わず見惚れる兵士や研究者。その様子に焦ったのか、婚約者のギベオン王太子がわざとらしく咳払い。
ポーカーフェイスの氷の令嬢が微笑む姿は滅多に見られないとされている。笑いかけられただけでも、今回のプロジェクトに参加する甲斐があったと密かに皆、士気を高めるのであった。
古代地下都市アトランティスから、地上の旧メテオライト国に探索部隊が派遣されることになった。隕石墜落から放置されている土地の調査と、波動停止してしまった閉山中のペタライト鉱山を調べるためだ。部隊が地上へ昇る前に、隊長に任命されたギベオン王太子と研究者から詳しい説明がなされた。
「俗にいう氷河期状態に突入している旧メテオライト国は、その殆どが活動困難状態である。だが、天使が宿るペタライト鉱山周辺は隕石の影響が和らいだため辛うじて暮らしていけるそうだ」
「かつて別荘地だった豪雪集落はその代表で、一定数の住民がチカラを合わせて生活しています。けれど、このままではその活動も厳しいだろうとのことです。それなのに滞在先を提供してもらうのだから頭が下がる思いですね」
これから世話になる予定の豪雪集落はお世辞にも豊かな暮らしをしているわけではなく、滞在先として借りるもののギベオン王太子も研究者も遠慮がある様子。
「では、ギベオン王太子はどのようにお考えで? やはり、豪雪集落の民も古代地下都市へと招くおつもりなのでしょうか」
「いや、彼らは地上で暮らしていきたい意向だという。土地に根付く人々に対して無理強いは出来ないし、貴重な地上の暮らしを止めるように強制はできない。我々に出来ることは、無法状態の地上の権利を取り戻して経済状況を良くすること。それが、少しでも地上の人々を支援する近道だと考えている」
「そういえば、以前から地上が無法地帯状態になっていると問題視されていましたものね。モルダバイト国に譲渡した土地はともかく、そろそろ手入れをすると」
地下都市に国民の大半が移動したのをいいことに、国境を無断で越えて価値ある品々を奪う者がチラホラいるらしい。火事場泥棒という言葉があるように、苦しい状況の中でも金品を狙う輩はいる。
しかし、古代地下都市アトランティスとしては一度は地下に潜ったとはいえ、モルダバイト国に任せている土地以外は権利を手放してはいない。
「ああ。氷河期状態とはいえ、隕石落下の副産物で価値の高い鉱物が採掘されるようになったのも事実。最近では隕石ハンターを名乗る者達が、無許可で効果な隕石を回収しているらしい」
「一応、モルダバイト国のオークションハウスに正式なルートの構築を依頼していますが。法的にきちんと手入れをしなくてはそれも難しいだろうとのこと。まずは、土地の精霊と契約を結び直す……まぁ今は殆どが氷の精霊の配下にあるわけで……そこで氷魔法の使い手の出番です」
話の流れで一同ルクリアへと視線が移る。
いつもならワンピースに品の良いコート姿のルクリアが、今日は防寒服姿で隊に加わっている理由が示されたからだ。
探索部隊の大半は王宮勤めの兵士や科学者で、次期王妃候補のご令嬢が参加するようなプロジェクトにはとてもではないが見えない。
「ルクリア嬢は精霊の中でも契約が難しいとされている氷の精霊と生まれつき契約しており、氷河期の氷も冷気も全くノーダメージの【絶対零度の聖女】だ。今回のプロジェクトの鍵を握っていると言えるだろう」
改めて氷河期状態の土地の精霊と契約をするのであれば、ルクリアなしでは話が進まないだろう。
「そういえばルクリア様は、閏年の二月二十九日生まれでしたね。四年に一度しかない、氷の精霊との契約日生まれだ!」
「なるほど。そのために、氷の令嬢の異名を持つルクリア嬢が必要となるわけですね。ルクリア嬢なら、氷河期状態の地上の精霊とは契約が結び放題だ」
一見すると場に合わない人物が最も重要なキーを握っているのだから、世の中とは不思議なものだと学者が頷きながらも納得している。
「ギベオン王太子からの説明にあった通り、氷の精霊は生まれつきの契約者がいなければ交渉が難しいものです。私の力で良ければ、喜んで役立てます」
本来ならば、探索部隊とは無縁にも見える麗しい令嬢がこの場にいる理由をようやく皆が理解した。
* * *
久しぶりの地上は、空気まで凍るほど冷たくルクリアの氷の加護が無ければ危険なレベルだ。真っ白な景色に変わってしまった祖国に、探索部隊は唖然としてしまう。
「分かってはいましたが、本当に氷河期ですね」
「でも、地上で初日の出を仰げるならこの寒さも耐えて見せますよ」
「頑張りましょう」
雪に埋もれた道なき道を歩いて、歩いて……。
ようやく、ペタライト鉱山の入り口に辿り着き、設備のロッジで休憩することに。
薪を暖炉に焚べて、ポットのジンジャーティーでひと息入れる。
「ふう。心も身体もポカポカするわね!」
「ジンジャーは風邪予防になるし、今の季節には欠かせないな」
手袋越しにしかコップを握れないが、温かなジンジャーティーの温度が徐々に身体を温めた。
「このペタライト鉱石鉱山の山付近は、波動のおかげで人間が生きていける環境だ。今日は地下と繋ぐゲートをペタライト鉱山に設置して、明日からは豪雪集落に移動。しばらく豪雪集落でお世話になる。ルクリア、済まないが早速ゲート魔法の準備をしてくれ」
「ええ。分かったわ! モフ君、ペタライトちゃん、手伝ってくれる?」
ルクリアのコートの中に隠れていたミンク幻獣のモフ君と鉱石の磨き石に潜んでいた天使ペタライトが姿を現す。
「もきゅ、もきゅ」
「はあい、マスター!」
せっかく身体に体温が戻ったのに再び寒さの中に戻るルクリアに内心、同情する者もいたが流石は氷の令嬢と呼ばれるだけあって寒波にも怯まない。
「モフ君は氷の精霊に干渉、ペタライトちゃんはこの土地の地母神に契約の許可をお願い。いくわよ……全てを凍てつかせる氷の守護よ、人々にその加護を与えよ!」
呪文詠唱に呼応するように、雪に隠れていた地面には魔法陣が描かれ、女神を模した氷像が一つだけ魔法で造られた。
「「「おぉお~」」」
「お見事です。ルクリア様! まさか、この僅かな時間で結界を守護する像まで造るとは」
「ふふっ。ギベオン王太子からゴーレムの技術を学んだから、ちょっとだけ以前より腕が上達したの。これで安心して初日の出を仰ぐことが出来るわね」
優しく微笑むルクリアに思わず見惚れる兵士や研究者。その様子に焦ったのか、婚約者のギベオン王太子がわざとらしく咳払い。
ポーカーフェイスの氷の令嬢が微笑む姿は滅多に見られないとされている。笑いかけられただけでも、今回のプロジェクトに参加する甲斐があったと密かに皆、士気を高めるのであった。
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