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第二部 第三章

第05話 生きた証を雪に重ねて

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 隕石落下以降、慎ましく静かに暮らしていた豪雪集落の人々だったが、ここに来て転機が訪れた。閉山が決まったペタライト鉱山視察隊の拠点として、豪雪集落の旧別荘時代ロッジが選ばれたのだ。

 郵送されてきた資料を手に、食堂で会議を行われた。テーブルには少し贅沢にアップルティーがドリンクで出されて、集落の経済状況が良くなったことが察せられる。

「ああ、これから忙しくなるけど。ずっと縮こまって雪の中で生きていくより、こうして他所と交流する機会に恵まれたのは幸いかねぇ」
「なんせ、王族がしばらく泊まるわけだから、恥ずかしく無いように食料やら何やら工面しないと」
「支度金は先に古代地下都市から貰えたから、これでどうにかもてなせるけどね。なんせ、地上も隕石被害でカツカツだからなぁ」

 視察隊にはギベオン王太子や婚約者のルクリア嬢も名を連ねており、古代地下都市に移動した王族と交流を深めるチャンスでもあった。

 旧メテオライト国の生き残りの殆どは豪雪集落に集まっているため、消去法で考えても選ばれるのは必然と言える。そのため、受け入れ態勢を整えるべく豪雪集落の人々は急ピッチで準備を進めることに。

「ルクリア様の話題が先日出たと思ったら、まさかご本人とお会いする機会が出来るとは。こういうの偶然の一致とか、共時性の一致って言うんだっけ? レンカちゃんとルクリア様がどれくらい似てるか、比べられるぞ」
「あはは。まぁ銀髪というのが最大の共通点かな」

 もちろん、新入りのレンカも受け入れの手伝いに参加をするわけだ。が、まさかこんなにも早く、ルクリアと再会する日が訪れようとは思わなかったため内心ヒヤヒヤしていた。

(でも、ルクリアお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、私のことを覚えていないんだわ。だって、私が生まれる未来はもう存在しないし。それに、古代地下都市ではルクリアお母さんの義理の妹という設定だった。どっちみち、いずれ忘れ去られる運命。ううん、けどここから新しい私が始まるんだ。神様の思し召しに従って、もう一度……違う形でルクリアお母さんと出会えばいい)

 自分の存在定義は失われたが、不思議なことに新たな命として生き直せることになったレンカ。早い段階でルクリアに会えるのは、神様が気持ちの整理を勧めているのだろうと自分に言い聞かせる。まさか、そんな悩みをレンカが抱えているとは思いもしない他の人々は、レンカとルクリアを他人の空似だと思っている様子。

「そっか、そういえば最大のポイントはその銀色の髪なのかも。しかし、せっかくご令嬢が来てくれるって言うのにモルダバイト国からの輸入品ばかりじゃちょっと寂しいか」
「以前のように全部が地消地産は無理でも、何か一つだけでも地元のメニューを復活させたいわよねぇ」
「山羊のチーズを使ったおもてなし料理はどうかしら。チーズフォンデュは別荘地時代にも好評だったし、地消地産でいいと思うけど」

 殆どが他国からの輸入品で食事を用意するのも良くないという意見が出たため、家畜の山羊のミルクを利用してチーズフォンデュを作るという案が出された。

「じゃあ、今日は試作品を作ってみましょうか。レンカちゃん、山羊の乳搾りお願い出来る?」
「えっ山羊の乳搾りですか? やったことないけど、大丈夫かしら」
「今から慣れれば平気よ。教えてあげるからいらっしゃい」

 温かい部屋から出て、家畜エリアの山羊小屋へと向かう。白い毛並みの山羊もいれば、茶色とのマダラ模様の子もいて、それぞれ個性があるのが見て分かる。

「めぇええええっ」
「こんにちは、山羊さん。ご機嫌いかが」
「めめめ、ふふん」

 山羊は寒さに強いと言うが、それでも小屋は防寒対策が施されていた。初めて会うレンカに警戒を見せていたが、族長の奥さんは山羊に慣れているようで山羊は信頼の眼差しを寄せている。

「はぁい。この子はレンカちゃんよ! 今日から貴女達の乳搾りをしてくれるから仲良くね」
「めぇえええっ」
「ふいんふいん」

 カランカラン、チリンチリン!

 返事の鳴き声とともに、首輪につけられたベルが小屋中に響く。おそらくレンカのことを新人乳搾り係として受け入れてくれたということだろう。

「認めてくれたのかな? 頑張るからよろしく」
「焦らず慌てず、優しく!」
「はいっ」

 早速、山羊のチーズを作るべく作業に取り掛かる。レンカの仕事は山羊のミルクを搾る仕事だが、初めての体験でまだ慣れない。けれど、柔らかい毛並みとクリッとした可愛い目が特徴の山羊はレンカの心を和ませた。

「他の動物と違って移牧が必要だけど、山羊は寒さに強いから地上で生き残ってくれて本当に良かった」
「ふふ。可愛いし、ミルクもくれるし。癒されますよね」

 怖がっていたのが嘘みたいに、レンカは山羊と触れ合うことに楽しさを感じていた。これまでは何気なく飲んでいた山羊のミルクだが、彼女達が小さな身体から懸命にミルクを出してくれていたもの。提供されるミルクやチーズの大切さの実感できて、落ち込み気味だったレンカの心は感謝の気持ちに変わっていた。

「あとはチーズを作ってフォンデュにするだけよ。そっちは元料理長にお任せして、山羊小屋のお掃除をしましょう」
「分かりました。山羊さん達、いつもミルクをありがとう。これからもよろしくね」
「めぇえめぇえええ!」

 自然と出てきた『これからも』と言うセリフに、レンカは自分の居場所をいつの間にかこの豪雪集落に決めていたことに気づく。

(そうだ。私は、新しいレンカはこの雪の集落で元気にやっていける。当たり前の暮らしがそうではなかったことに気づいた私は、少し成長しているはず。ここなら聖女の加護の能力も役立てるし、何よりカルミア伯母様との比較で悩むことも無い。オニキス生徒会長のことだってきっと、いつか思い出になる。それが幸せなんだ……)

 気がつけば、レンカの目には涙が浮かんでいた。けれど、当たり前のように寝て起きて食べていられたことの贅沢さに気付けただけでも、レンカは今までとは違うレンカだ。
 そんな風に自分に言い聞かせてルクリアとの再会に向けて、一歩を踏み出した。

 雪が積もる地面には、レンカの足跡が刻まれては消えてゆく。レンカが生きた証も、白く白く、雪のように重ねられた。
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