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第二部 第三章
第01話 天使ペタライト
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それは、レンカの存在が皆に忘れ去られてしばらく経ったある日のことだ。ルクリアはピアノの腕を買われて、教会主催の子ども合唱団の伴奏係を務めていた。
演奏が無事に終わり、ふと十字架が掲げられた礼拝堂に立ち寄ると、少女が一人残っていた。歳の頃は、おそらく十歳くらい。聖歌の楽譜を片手に十字架の前で、コーラスの練習をしている。
「あら、合唱団に参加していた子ね。随分と上手だけど、そろそろお家に帰らないと」
「それがね、私のお家……無くなっちゃったの。ルームシェアしていたレンカちゃんがいなくなっちゃったし、故郷は鉱山が閉山しちゃった。だから、行くところはないわ」
寂しそうに笑う少女の背後に影が見えた。影ではなく、大きな翼だと気づくまでそう時間は掛からなかった。
「貴女、その翼……天使様?」
背に生えた翼が本物ならば正確には人ではなく天使のようで、緩いパーマの金髪に白いローブの典型的な容姿である。
天使の少女の頭上に白い精霊が降りてきて、天使はトランス状態に陥った。先程とは全く異なる何かの声で、ルクリアに語りかける。
『我が氷の加護を受けし令嬢ルクリア、貴女に見せたいものがあるのです。氷の封印を解いて地上の風域鉱山へと向かいなさい』
「えっ。ちょっと待って下さい、天使様。風域鉱山はいわゆる境界線の禁足地で、今では入山することすら許されないはず。それに、いくら氷の加護があるからといっても、地上は未だに氷河期の影響で危険なはず。とてもじゃないけれど、そんなところに行けないわ」
俗にいう神のお告げを伝えにきた様子だが、随分と過酷な内容であったためルクリアは仕方なく断る。
『そのために、この天使ペタライトを遣わせたのです。地上では天使ペタライト達の源である鉱山が次々と消失しています。この天使と契約し、新たな加護を受けることで貴女の道は開けるでしょう。行きなさい……ルクリア・レグラス』
天使の頭上でお告げを届かせていた白い精霊が消える。すると、天使ペタライトも意識を取り戻しトランス状態から解放される。
「ううん。私、さっき精霊様のお告げを伝えていた?」
「多分ね、大丈夫だった? えぇと、ペタライトちゃんでいいのかしら」
精霊のお告げの内容が確かなら、この少女は天使ペタライトのはずである。ペタライトというのはリチウムを含む希少鉱石の名称だが、天使が宿るとして精霊遣いの間では名が知られていた。
「うん、私ペタライトっていうの。レンカちゃんって女の子と契約していたんだけど、レンカちゃんがいなくなっちゃって。どうしていいのか分からなくて、そしたら別のお部屋のルクリアお姉ちゃんのお部屋のミンクさんがついておいでって」
「まぁモフ君が? そう……きっとペタライト鉱石がうちの邸宅の何処かで眠っているんだわ。モフ君はいろんな部屋を探検するのが趣味だから、貴女を発見したのね。お父様に事情を話して、しばらくルクリア邸で過ごしましょう」
「本当? レンカちゃんがいなくても、この世界に居てもいいの。じゃあ、今日からルクリアお姉ちゃんが私のマスターだね。よろしくお願いしますマスター!」
高波動系の鉱石は持ち主をマスターとして認めると、その者と魂をリンクさせてずっと守護すると言われている。ルクリアのペットであるモフ君がこの子の本体を発見したのなら、包括されてペタライト鉱石がルクリアの持ち物になったのだろう。
ルクリア・レグラスはその日、正式に天使ペタライトのマスターになった。
* * *
天使ペタライトの話が真実であれば、地上の故郷は閉山してしまったという。そしてその情報は意外な形でギベオン王太子の耳にも入ることになった。
「天使の波動が消えた? 一体、どういう意味です」
「我々の古代魔法は天使様と交信することによって、得られたもの。天使の波動を受け取ることで、消えた叡智を復活させることが出来たのです。ガイド役の天使様と交信できなくなれば、そのうち地下での暮らしに無理がかかるでしょう」
ギベオン王太子が眉を顰める原因は、地上調査班の報告内容のせいだった。古代地下都市国家アトランティスは、失われていた遥か昔の錬金術を喚び起こして再生した奇跡の国。例え地上の民に忘れ去られる日が来たとしても、本来の故郷へと帰還できたことを誇りに思う。
だが、彼らの宿命はガラス細工のように脆いのか、安寧の地に危機が訪れた。
「失礼だが、これまではどうやって天使様と交信していたというんだ。僕も一応、彗星魔法や召喚魔法のように交信が必要となる魔法が使えるが、天使様の声を聴いたことはない気がする」
「いえいえ、きっとツールが消失したせいで記憶まで失われているだけです。今まではギベオン王太子様を含めて、ほぼ全員に天使様がナビゲートしていたのです。我々アトランティスの民を、次こそは次こそは……と、光の方へと導いて下さっていました」
古い信仰が強いのか、報告にやってきた魔導師はその場で神に祈り始めた。彼には天使様の声が届いているのかも知れないが、未だにギベオン王太子には天使の声は聴こえなかった。
「済まない、僕には天使の声が聴こえないんだ。産まれつき、隕石の精霊と契約をしてしまっているからね。宇宙由来の星の声は聴こえても、天使の声は聞くことが出来ない。だから遠回しな表現はやめて、はっきりと言って欲しいのだが」
「実は天使様が宿る鉱石ペタライトの鉱山が閉山したのです。もともと禁足地の鉱山ですし、権利書があるとはいえ入山回数も限られていましたが。我々の国の天使様の波動は、その鉱山を起点に周波数として受信したものでした」
「なるほど、ペタライト鉱石か。天使が宿るというのは、逸話だとばかり思っていたが……まさか本当だったとは。仕方がない、王宮もペタライト鉱山の権利を所有しているはず。その権利を用いて、調査を行う。地上の扉を開けるにはルクリアのチカラに頼るようだが仕方があるまい。はぁ……忙しくなりそうだ」
演奏が無事に終わり、ふと十字架が掲げられた礼拝堂に立ち寄ると、少女が一人残っていた。歳の頃は、おそらく十歳くらい。聖歌の楽譜を片手に十字架の前で、コーラスの練習をしている。
「あら、合唱団に参加していた子ね。随分と上手だけど、そろそろお家に帰らないと」
「それがね、私のお家……無くなっちゃったの。ルームシェアしていたレンカちゃんがいなくなっちゃったし、故郷は鉱山が閉山しちゃった。だから、行くところはないわ」
寂しそうに笑う少女の背後に影が見えた。影ではなく、大きな翼だと気づくまでそう時間は掛からなかった。
「貴女、その翼……天使様?」
背に生えた翼が本物ならば正確には人ではなく天使のようで、緩いパーマの金髪に白いローブの典型的な容姿である。
天使の少女の頭上に白い精霊が降りてきて、天使はトランス状態に陥った。先程とは全く異なる何かの声で、ルクリアに語りかける。
『我が氷の加護を受けし令嬢ルクリア、貴女に見せたいものがあるのです。氷の封印を解いて地上の風域鉱山へと向かいなさい』
「えっ。ちょっと待って下さい、天使様。風域鉱山はいわゆる境界線の禁足地で、今では入山することすら許されないはず。それに、いくら氷の加護があるからといっても、地上は未だに氷河期の影響で危険なはず。とてもじゃないけれど、そんなところに行けないわ」
俗にいう神のお告げを伝えにきた様子だが、随分と過酷な内容であったためルクリアは仕方なく断る。
『そのために、この天使ペタライトを遣わせたのです。地上では天使ペタライト達の源である鉱山が次々と消失しています。この天使と契約し、新たな加護を受けることで貴女の道は開けるでしょう。行きなさい……ルクリア・レグラス』
天使の頭上でお告げを届かせていた白い精霊が消える。すると、天使ペタライトも意識を取り戻しトランス状態から解放される。
「ううん。私、さっき精霊様のお告げを伝えていた?」
「多分ね、大丈夫だった? えぇと、ペタライトちゃんでいいのかしら」
精霊のお告げの内容が確かなら、この少女は天使ペタライトのはずである。ペタライトというのはリチウムを含む希少鉱石の名称だが、天使が宿るとして精霊遣いの間では名が知られていた。
「うん、私ペタライトっていうの。レンカちゃんって女の子と契約していたんだけど、レンカちゃんがいなくなっちゃって。どうしていいのか分からなくて、そしたら別のお部屋のルクリアお姉ちゃんのお部屋のミンクさんがついておいでって」
「まぁモフ君が? そう……きっとペタライト鉱石がうちの邸宅の何処かで眠っているんだわ。モフ君はいろんな部屋を探検するのが趣味だから、貴女を発見したのね。お父様に事情を話して、しばらくルクリア邸で過ごしましょう」
「本当? レンカちゃんがいなくても、この世界に居てもいいの。じゃあ、今日からルクリアお姉ちゃんが私のマスターだね。よろしくお願いしますマスター!」
高波動系の鉱石は持ち主をマスターとして認めると、その者と魂をリンクさせてずっと守護すると言われている。ルクリアのペットであるモフ君がこの子の本体を発見したのなら、包括されてペタライト鉱石がルクリアの持ち物になったのだろう。
ルクリア・レグラスはその日、正式に天使ペタライトのマスターになった。
* * *
天使ペタライトの話が真実であれば、地上の故郷は閉山してしまったという。そしてその情報は意外な形でギベオン王太子の耳にも入ることになった。
「天使の波動が消えた? 一体、どういう意味です」
「我々の古代魔法は天使様と交信することによって、得られたもの。天使の波動を受け取ることで、消えた叡智を復活させることが出来たのです。ガイド役の天使様と交信できなくなれば、そのうち地下での暮らしに無理がかかるでしょう」
ギベオン王太子が眉を顰める原因は、地上調査班の報告内容のせいだった。古代地下都市国家アトランティスは、失われていた遥か昔の錬金術を喚び起こして再生した奇跡の国。例え地上の民に忘れ去られる日が来たとしても、本来の故郷へと帰還できたことを誇りに思う。
だが、彼らの宿命はガラス細工のように脆いのか、安寧の地に危機が訪れた。
「失礼だが、これまではどうやって天使様と交信していたというんだ。僕も一応、彗星魔法や召喚魔法のように交信が必要となる魔法が使えるが、天使様の声を聴いたことはない気がする」
「いえいえ、きっとツールが消失したせいで記憶まで失われているだけです。今まではギベオン王太子様を含めて、ほぼ全員に天使様がナビゲートしていたのです。我々アトランティスの民を、次こそは次こそは……と、光の方へと導いて下さっていました」
古い信仰が強いのか、報告にやってきた魔導師はその場で神に祈り始めた。彼には天使様の声が届いているのかも知れないが、未だにギベオン王太子には天使の声は聴こえなかった。
「済まない、僕には天使の声が聴こえないんだ。産まれつき、隕石の精霊と契約をしてしまっているからね。宇宙由来の星の声は聴こえても、天使の声は聞くことが出来ない。だから遠回しな表現はやめて、はっきりと言って欲しいのだが」
「実は天使様が宿る鉱石ペタライトの鉱山が閉山したのです。もともと禁足地の鉱山ですし、権利書があるとはいえ入山回数も限られていましたが。我々の国の天使様の波動は、その鉱山を起点に周波数として受信したものでした」
「なるほど、ペタライト鉱石か。天使が宿るというのは、逸話だとばかり思っていたが……まさか本当だったとは。仕方がない、王宮もペタライト鉱山の権利を所有しているはず。その権利を用いて、調査を行う。地上の扉を開けるにはルクリアのチカラに頼るようだが仕方があるまい。はぁ……忙しくなりそうだ」
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