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第二部 第一章
第10話 運命が巡るその時を待って
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いつもは平静を装っている友人コゼットが、珍しくソワソワしていることに気づいたのは、午後の授業が終わり下校時刻が来た頃だった。
「ねぇ、なんだか今日一日、コゼットって落ち着きがなかったわよね。風邪でもひいた? それとも、例の予備寄宿舎の取材が大変だとか」
「ルクリア様、いえいえ。私、丈夫だけが取り柄ですの。将来は新聞記者目指しておりますし。最近は、有名人のゴシップ情報よりも、社会派というか報道系に興味があって。だから、今最もやりがいを感じていますわ。今日は予備寄宿舎に新しい子が入ったから、説明をしに行かなくては……」
隕石衝突の影響で行き先を無くしてしまった生徒が、全体の1割以下ではあるが少人数いるらしい。彼らを受け入れる場所が予備寄宿舎で、厳しい状況の人々を守るのに役立っている。
ネックな部分は、風精霊の加護を受けているものしか、予備寄宿舎所属者達のボランティアに関われないことだ。ボランティアに携わるだけで、かなりこみ入った個人情報を入手してしまうため、元から情報を取り扱う業務に携わる風精霊の使い手しか許可が降りていない。
噂では、東方からお忍びで留学に来ていた亡国の公主様がいるとの評判だった。公主とは皇帝の娘の呼称であり、要するにお姫様のことである。いろいろな意味で、外部の人をあまり立ち入れたくない事情があるのだろう。
「そう。予備寄宿舎のお手伝いには、風の精霊使いでない私は行くことが出来ないし。なんだか、歯痒いわね……何か遠巻きからもお手伝い出来ることはないかしら。支援物資とか」
ルクリアは冬の精霊ベイラが司る氷魔法の使い手であり、閏年閏日生まれ限定の加護の持ち主だ。かなり特殊な加護の部類だが、予備寄宿舎には関われなかった。
「お手伝い……そうね。今日から授業に参加している女の子って、多分洋服とかいろいろ足りていないと思うのよ。もし、ルクリアの家にそれらしき物が余っていたら、それを渡せるのだけど。ルクリアと背格好も細さも似た感じの子だから」
「ちょうど、うちの物置に女の子が使えそうなものがたくさん余っているわ。サイズは合うのだけど私の趣味とは違うフリルっぽい洋服とか、あと資格の本とかいろいろ。その新しく入った女の子の趣味に合うか分からないけど、役立てばいいわね。さっそく、帰ったら爺やにお願いして車を運んでもらうわ」
ルクリアはギベオン王太子の婚約者で次期王妃候補とされながらも、地下への出入り口の封印を解いた後は、ボランティアにすら関わることが出来ていない。王宮曰く、封印を解く魔法の使い手がいざという時に魔力不足困るから、魔力は温存してほしいとのことだった。
周囲の人々も、ルクリアの魔法が出入り口の鍵となっていることを認識しているため、ボランティア参加を許可しなかった。けれど、支援物資を送るくらいは、大丈夫だろうと安心する。
まさか、予備寄宿舎に昨日きたカルミアあてに届けようとしている支援物資の洋服や学習書の正体が、そのままカルミア本人の私物だとは夢にも思わないのである。
* * *
予備寄宿舎生が勉強する仮校舎でも、本日の授業が終わり清掃して帰るだけとなっていた。ただし、今日から授業に加入のカルミアは、ボランティアのコゼットから説明を受けるために残らなくてはならない。
「カルミアさんも一人じゃ心細いでしょうし、私もコゼットさんが来るのを待とうかしら?」
「えっ? いいの、メイちゃん。ありがとうっ。メイちゃんって品がいいだけじゃなくて、随分と気が利くわよね。見習わなきゃ」
「うふふ。だって、寂しがっている猫ちゃんみたいな目で見つめられたら、誰だってほっとけないわよ」
タイムリープ以前は自分が乙女ゲームの主人公だのなんだの、ぶりっ子しながら威張っていたカルミアだが、珍しくメイには懐いていた。メイは一見、黒髪おさげヘアにお堅い眼鏡の真面目風だが、眼鏡の奥から見える美しい瞳や整った顔立ちはヒロイン級の美女であるとゲームマニアのカルミアは見抜いていた。
それに、洗礼された品の良い仕草や立ち振る舞いは上流貴族でもなかなか見られないレベルで、きっと東方の貴族か何かなのだろうと察しがつく。
掃除が済んでしばらくすると、コゼットが朗報を持って来てくれた。
「カルミアさん、良いお知らせよ。実はね、私と同じクラスのある御令嬢が、今日入った女の子に支援物資を送りたいって。今、御令嬢の家の使用人の方が車に荷物を運んでいるそうだから、夕方には洋服や書籍が届くわよ」
ルクリアから……とは言わず、ある御令嬢からという言い回ししか出来ない。王宮から制限をかけられているルクリアたっての希望で、すぐには支援活動をしているとは言わないで欲しいとのことだったからだ。
「えっ? 本当ですか。嬉しいなぁ。私一人で物資を独占するのも悪いし、物によっては予備寄宿舎のみんなで分けよう」
「楽しみだね、カルミアさん!」
けれど、カルミア自身の私物が届けられれば、本人は嫌でもルクリアからだと気づくだろう。コゼットと同じクラスに所属するレグラス家の御令嬢は、ルクリアだけなのだから。
偶然二人の間に入ることになったコゼットは、記憶を無くしたルクリアがいつか本当の異母妹カルミアのことを思い出してくれたら……と、心から願うのだった。
――運命が巡るその時を待って。
「ねぇ、なんだか今日一日、コゼットって落ち着きがなかったわよね。風邪でもひいた? それとも、例の予備寄宿舎の取材が大変だとか」
「ルクリア様、いえいえ。私、丈夫だけが取り柄ですの。将来は新聞記者目指しておりますし。最近は、有名人のゴシップ情報よりも、社会派というか報道系に興味があって。だから、今最もやりがいを感じていますわ。今日は予備寄宿舎に新しい子が入ったから、説明をしに行かなくては……」
隕石衝突の影響で行き先を無くしてしまった生徒が、全体の1割以下ではあるが少人数いるらしい。彼らを受け入れる場所が予備寄宿舎で、厳しい状況の人々を守るのに役立っている。
ネックな部分は、風精霊の加護を受けているものしか、予備寄宿舎所属者達のボランティアに関われないことだ。ボランティアに携わるだけで、かなりこみ入った個人情報を入手してしまうため、元から情報を取り扱う業務に携わる風精霊の使い手しか許可が降りていない。
噂では、東方からお忍びで留学に来ていた亡国の公主様がいるとの評判だった。公主とは皇帝の娘の呼称であり、要するにお姫様のことである。いろいろな意味で、外部の人をあまり立ち入れたくない事情があるのだろう。
「そう。予備寄宿舎のお手伝いには、風の精霊使いでない私は行くことが出来ないし。なんだか、歯痒いわね……何か遠巻きからもお手伝い出来ることはないかしら。支援物資とか」
ルクリアは冬の精霊ベイラが司る氷魔法の使い手であり、閏年閏日生まれ限定の加護の持ち主だ。かなり特殊な加護の部類だが、予備寄宿舎には関われなかった。
「お手伝い……そうね。今日から授業に参加している女の子って、多分洋服とかいろいろ足りていないと思うのよ。もし、ルクリアの家にそれらしき物が余っていたら、それを渡せるのだけど。ルクリアと背格好も細さも似た感じの子だから」
「ちょうど、うちの物置に女の子が使えそうなものがたくさん余っているわ。サイズは合うのだけど私の趣味とは違うフリルっぽい洋服とか、あと資格の本とかいろいろ。その新しく入った女の子の趣味に合うか分からないけど、役立てばいいわね。さっそく、帰ったら爺やにお願いして車を運んでもらうわ」
ルクリアはギベオン王太子の婚約者で次期王妃候補とされながらも、地下への出入り口の封印を解いた後は、ボランティアにすら関わることが出来ていない。王宮曰く、封印を解く魔法の使い手がいざという時に魔力不足困るから、魔力は温存してほしいとのことだった。
周囲の人々も、ルクリアの魔法が出入り口の鍵となっていることを認識しているため、ボランティア参加を許可しなかった。けれど、支援物資を送るくらいは、大丈夫だろうと安心する。
まさか、予備寄宿舎に昨日きたカルミアあてに届けようとしている支援物資の洋服や学習書の正体が、そのままカルミア本人の私物だとは夢にも思わないのである。
* * *
予備寄宿舎生が勉強する仮校舎でも、本日の授業が終わり清掃して帰るだけとなっていた。ただし、今日から授業に加入のカルミアは、ボランティアのコゼットから説明を受けるために残らなくてはならない。
「カルミアさんも一人じゃ心細いでしょうし、私もコゼットさんが来るのを待とうかしら?」
「えっ? いいの、メイちゃん。ありがとうっ。メイちゃんって品がいいだけじゃなくて、随分と気が利くわよね。見習わなきゃ」
「うふふ。だって、寂しがっている猫ちゃんみたいな目で見つめられたら、誰だってほっとけないわよ」
タイムリープ以前は自分が乙女ゲームの主人公だのなんだの、ぶりっ子しながら威張っていたカルミアだが、珍しくメイには懐いていた。メイは一見、黒髪おさげヘアにお堅い眼鏡の真面目風だが、眼鏡の奥から見える美しい瞳や整った顔立ちはヒロイン級の美女であるとゲームマニアのカルミアは見抜いていた。
それに、洗礼された品の良い仕草や立ち振る舞いは上流貴族でもなかなか見られないレベルで、きっと東方の貴族か何かなのだろうと察しがつく。
掃除が済んでしばらくすると、コゼットが朗報を持って来てくれた。
「カルミアさん、良いお知らせよ。実はね、私と同じクラスのある御令嬢が、今日入った女の子に支援物資を送りたいって。今、御令嬢の家の使用人の方が車に荷物を運んでいるそうだから、夕方には洋服や書籍が届くわよ」
ルクリアから……とは言わず、ある御令嬢からという言い回ししか出来ない。王宮から制限をかけられているルクリアたっての希望で、すぐには支援活動をしているとは言わないで欲しいとのことだったからだ。
「えっ? 本当ですか。嬉しいなぁ。私一人で物資を独占するのも悪いし、物によっては予備寄宿舎のみんなで分けよう」
「楽しみだね、カルミアさん!」
けれど、カルミア自身の私物が届けられれば、本人は嫌でもルクリアからだと気づくだろう。コゼットと同じクラスに所属するレグラス家の御令嬢は、ルクリアだけなのだから。
偶然二人の間に入ることになったコゼットは、記憶を無くしたルクリアがいつか本当の異母妹カルミアのことを思い出してくれたら……と、心から願うのだった。
――運命が巡るその時を待って。
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