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第二部 第一章
第05話 すり替えられる思い出
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人工の月が仮想の夜空を照らし、古代地下都市アトランティスの民を優しく見守る。アットホームな雰囲気で行われたレグラス邸の夕食会も、無事にお開きとなった。
「ああ、そうだ。オニキス君、ちょっといいかな。実は今日隣国から交換留学生の申請があって、生徒会の方にも書類のコピーを渡しておかないといけなかったんだ。すぐに気づかなくて、すまなかったね」
玄関ホールで帰り支度をしていた手を止めて、ギベオン王太子が思い出したようにオニキス生徒会長に書類のコピーを手渡す。隣国モルダバイトからの交換留学生の誘いは、地上時代の王立メテオライト魔法学園宛ではなく、きちんと地下都市国家アトランティス魔法学園宛てだった。
地下移住に伴い、国家を新しくした際に王立学園も名称を変更することになった。だが、ただ単に変更となっただけではなく、一度は固定の交換留学生制度を導入した隣国モルダバイトとの契約も白紙となっている。
「いえ、僕が偏頭痛を起こしたから話そびれてしまったのでしょう。ところで、ギベオン王太子としては本当に留学生の受け入れを行うつもりですか。まだ、環境が整っていないのに時期尚早では」
「本当に以前のように生活スタイルを整えて、国家としてやっていけるようになるには数年かかるだろう。自分のところで手一杯の学園で、交換留学生を預かるのは責任が重い。僕としては、数年先の将来の計画として保留にする方向性だよ」
「まぁすぐにお断りするのも良くありませんし、だからと言って受け入れをして実は環境が整っていません……というのでは、国家間の交流も危うくなってしまう。では、そのように生徒会で報告をしておきます」
カバンに受け取った書類を入れてコートを着ようとすると、恋人のレンカが甲斐甲斐しく、黒のシックなマフラーを首にかけて来た。
「はい、オニキス生徒会長。今日は寒いから、このマフラー使って下さい。実は手編みのマフラーなんだけど、クリスマスまでに間に合わなくて渡しそびれていたの」
「えっこれを僕に? ありがとう、レンカ。意外と女性らしい一面があるんだね。けど、演奏会でも見事な歌声だったし、キミはいろいろと器用だ」
どうやらオニキス生徒会長の記憶では、演奏会で歌唱を担当したのはレンカという設定になっているらしい。カルミアとの思い出のひとつひとつがレンカとの思い出にすり替えられている。
「う、うん。褒めてくれてありがとう……」
レンカは流石に気まずいのか、目を伏せて顔を背けてしまった。オニキス生徒会長からすると、褒められて恥ずかしがっている程度にしか見えていないようだが、ギベオン王太子から見るとレンカが内心ヒヤヒヤしているのが良くわかる。何故なら、あの演奏会で別れの曲を歌ったのは、レンカではなくカルミアなのだから。
これ以上、この話は続けない方がいいだろうとギベオン王太子は話題を変える。
「そういうことなら、僕もルクリアから手編みのマフラーとか編んで欲しいな」
レンカと同じようにコートを手に持ちギベオン王太子の帰り支度を手伝っていたルクリアに話を振る。別に、話しを誤魔化すためだけにルクリアにマフラーを編んで欲しい訳ではなく、レンカとオニキスのやり取りを見ていて羨ましくなったのだ。
「えぇっ? でも、ギベオン王太子って、学校に通いながら王宮の仕事もしていて、洋服そのものも気を使うじゃない。学生業に専念しているオニキス君にマフラーをあげるのとは緊張感が違うわよ」
「じゃあ、私生活と王宮の仕事を分けるためにもルクリアにマフラーを編んでもらおう。いいね……お願い、だよ」
まるで内緒話のように、ルクリアの耳元でそっとおねだりすると、ルクリアは顔を真っ赤にしてコクンと頷く。
「もうっ仕方がないわね。分かったわ、けどあんまり完成度は期待しないでよね」
少し、返事の仕方がツンデレ風のような気がしたが、元々は氷の令嬢なんてあだ名をつけられていたクール系キャラだ。ギベオン王太子が毎日、毎日、努力して、ここまでルクリアにデレて貰えるようになったのだから彼としては満足だった。
「じゃあ、今日は楽しかったよ。また、来週に学校で……」
「ええ、気をつけて。ご機嫌よう!」
* * *
今日は良い夕食会だったが、その一方でギベオン王太子としては、とても気を揉んだ一日だった。
(これからはその都度、存在そのものが消えてしまったカルミアのことで気を遣ったり、隣国モルダバイトからの連絡事項で神経を消耗したりしなくてはいけないのか。けど、オニキス君は死んだ設定が無かったことになって復活いるのに、カルミアは復活出来ないんだろう。それどころか、存在自体無かったことになっている)
家族であるはずのレグラス伯爵やルクリアからも、カルミアの存在は忘れ去られていた。それどころか、演奏会の思い出もカルミアが歌唱した部分はレンカにすり替えられている。
「あの月も、夜空も……輝く星でさえ、仮想の作り物だ」
車の中でギベオン王太子は、複雑な心境で窓から見える仮想の夜空と人工の月を眺めて、ここは本当に仮初の世界なのだと改めて実感するのだった。
「ああ、そうだ。オニキス君、ちょっといいかな。実は今日隣国から交換留学生の申請があって、生徒会の方にも書類のコピーを渡しておかないといけなかったんだ。すぐに気づかなくて、すまなかったね」
玄関ホールで帰り支度をしていた手を止めて、ギベオン王太子が思い出したようにオニキス生徒会長に書類のコピーを手渡す。隣国モルダバイトからの交換留学生の誘いは、地上時代の王立メテオライト魔法学園宛ではなく、きちんと地下都市国家アトランティス魔法学園宛てだった。
地下移住に伴い、国家を新しくした際に王立学園も名称を変更することになった。だが、ただ単に変更となっただけではなく、一度は固定の交換留学生制度を導入した隣国モルダバイトとの契約も白紙となっている。
「いえ、僕が偏頭痛を起こしたから話そびれてしまったのでしょう。ところで、ギベオン王太子としては本当に留学生の受け入れを行うつもりですか。まだ、環境が整っていないのに時期尚早では」
「本当に以前のように生活スタイルを整えて、国家としてやっていけるようになるには数年かかるだろう。自分のところで手一杯の学園で、交換留学生を預かるのは責任が重い。僕としては、数年先の将来の計画として保留にする方向性だよ」
「まぁすぐにお断りするのも良くありませんし、だからと言って受け入れをして実は環境が整っていません……というのでは、国家間の交流も危うくなってしまう。では、そのように生徒会で報告をしておきます」
カバンに受け取った書類を入れてコートを着ようとすると、恋人のレンカが甲斐甲斐しく、黒のシックなマフラーを首にかけて来た。
「はい、オニキス生徒会長。今日は寒いから、このマフラー使って下さい。実は手編みのマフラーなんだけど、クリスマスまでに間に合わなくて渡しそびれていたの」
「えっこれを僕に? ありがとう、レンカ。意外と女性らしい一面があるんだね。けど、演奏会でも見事な歌声だったし、キミはいろいろと器用だ」
どうやらオニキス生徒会長の記憶では、演奏会で歌唱を担当したのはレンカという設定になっているらしい。カルミアとの思い出のひとつひとつがレンカとの思い出にすり替えられている。
「う、うん。褒めてくれてありがとう……」
レンカは流石に気まずいのか、目を伏せて顔を背けてしまった。オニキス生徒会長からすると、褒められて恥ずかしがっている程度にしか見えていないようだが、ギベオン王太子から見るとレンカが内心ヒヤヒヤしているのが良くわかる。何故なら、あの演奏会で別れの曲を歌ったのは、レンカではなくカルミアなのだから。
これ以上、この話は続けない方がいいだろうとギベオン王太子は話題を変える。
「そういうことなら、僕もルクリアから手編みのマフラーとか編んで欲しいな」
レンカと同じようにコートを手に持ちギベオン王太子の帰り支度を手伝っていたルクリアに話を振る。別に、話しを誤魔化すためだけにルクリアにマフラーを編んで欲しい訳ではなく、レンカとオニキスのやり取りを見ていて羨ましくなったのだ。
「えぇっ? でも、ギベオン王太子って、学校に通いながら王宮の仕事もしていて、洋服そのものも気を使うじゃない。学生業に専念しているオニキス君にマフラーをあげるのとは緊張感が違うわよ」
「じゃあ、私生活と王宮の仕事を分けるためにもルクリアにマフラーを編んでもらおう。いいね……お願い、だよ」
まるで内緒話のように、ルクリアの耳元でそっとおねだりすると、ルクリアは顔を真っ赤にしてコクンと頷く。
「もうっ仕方がないわね。分かったわ、けどあんまり完成度は期待しないでよね」
少し、返事の仕方がツンデレ風のような気がしたが、元々は氷の令嬢なんてあだ名をつけられていたクール系キャラだ。ギベオン王太子が毎日、毎日、努力して、ここまでルクリアにデレて貰えるようになったのだから彼としては満足だった。
「じゃあ、今日は楽しかったよ。また、来週に学校で……」
「ええ、気をつけて。ご機嫌よう!」
* * *
今日は良い夕食会だったが、その一方でギベオン王太子としては、とても気を揉んだ一日だった。
(これからはその都度、存在そのものが消えてしまったカルミアのことで気を遣ったり、隣国モルダバイトからの連絡事項で神経を消耗したりしなくてはいけないのか。けど、オニキス君は死んだ設定が無かったことになって復活いるのに、カルミアは復活出来ないんだろう。それどころか、存在自体無かったことになっている)
家族であるはずのレグラス伯爵やルクリアからも、カルミアの存在は忘れ去られていた。それどころか、演奏会の思い出もカルミアが歌唱した部分はレンカにすり替えられている。
「あの月も、夜空も……輝く星でさえ、仮想の作り物だ」
車の中でギベオン王太子は、複雑な心境で窓から見える仮想の夜空と人工の月を眺めて、ここは本当に仮初の世界なのだと改めて実感するのだった。
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