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第二部 第一章

第02話 薔薇の花束を愛しいキミに

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 コンコンコン!
 ギベオン王太子が今日の夕食会のために、正装に着替えていると、ドアをノックする音が聴こえてきた。あとはタイを結びだけという所だった為、迷わずに部屋に入れる。

「ギベオン王太子様、王宮管理の温室庭園から注文されていた薔薇の花束が届きました。庭師が丹精込めて育てた自慢の薔薇です。花の開き方も絶妙で、これなら王宮温室庭園の自慢になると。きっと、ルクリア様も喜ぶかと」

 届けられた薔薇の花束は美しく深紅に染まっていて、ギベオン王太子の熱い情熱を伝えるのにピッタリな華やかさだった。
 だが、この薔薇の花束の貴重価値はそれだけではない。直射日光が届かない古代地下都市において、人工太陽と温室庭園を駆使した花の研究は途中段階だ。


「ありがとう。それにしても、実に見事な深紅色だ。それに薔薇の花なんて、この古代地下都市で見るのは久しぶりだからな。移住してきて一年だが、薔薇のシーズンである初夏と秋は残念ながら薔薇を咲かせることは出来なかった。今回でようやくだ。ルクリアの心にも華が咲いてくれると良いのだが」

 まだ、アトランティスの民は地下暮らしを始めて一年ほどで、最近ようやく慣れてきたところ。様々な種類の花が咲く春が来る前に、ごく自然な形で地上と同レベルの季節の花々を作れるようになれば、人々の心も安らぐだろう。もちろん、氷の令嬢ルクリアも例外ではないはずだ。

「おそらく、ルクリア様はギベオン王太子様がいらっしゃるだけでも心に華を咲かせておりますよ。爺やの長い人生経験からして、あの瞳は恋する乙女特有のものです」
「ふふっ。そうだといいと、心から願っているよ」

 過去、何度もタイムリープを繰り返してきたが、結局ギベオン王太子はルクリア以上に好きになれる女性には巡り会えなかった。幾つかの世界線ではルクリアの異母妹であるカルミアを婚約者にしたりと、何度もルクリアを忘れようとしたが自分の心は偽れない。

 この深紅の薔薇のように、内側から燃えるように愛に染まり、ギベオン王太子が好きで好きで仕方がない女性はルクリア・レグラスただ一人。

 薔薇の花束を抱くと芳しい香りがツンと鼻腔をくすぐった。視覚的にも嗅覚的にも完璧に仕上がった薔薇を携えて、レグラス邸へと車を走らせる。


 * * *


 外は既に、夕日が落ちてきていて、まるで地上で暮らしているかのような錯覚をしてしまいそうだった。

「綺麗な夕日だな、もうすぐ月が見える頃合いか。これらがすべて錬金術のプログラミングだなんて、信じられないくらいだ」
「今は冬の季節を演出するために、陽が落ちるのが早い設定ですからね。まぁ太陽と月の設定以外は、地上の気候にも影響を受けますが。氷河期の影響を受けた地上よりは、だいぶ暖かい方でしょう」
「特に住宅エリアは、山脈地帯の真下で寒さからは守られやすいのだろう。海底と繋がっている学園や商業施設のあるエリアのほうが若干寒いか」


 古代地下都市アトランティスは本来ならば昼夜問わず、光が入らない暗闇の世界だ。人工太陽と夜間専用の人工月光のおかげで、朝の日差しから夕刻の温かなオレンジ色、宵闇の月明かりなどを演出している。すべては古代文明より引き継いだ錬金術と、それを実現する貴重な鉱石のおかげだ。

 車は順調に走り王宮から離れ、やがてレグラス邸のある高級住宅街エリアに辿り着いた。洒落た洋館は地上のレグラス邸に比べると、多少はサイズが小さくなったが、それでも民間の住宅に比べれば豪邸の部類である。

「到着でございます。ギベオン王太子様。楽しんで来て下さいませ」
「ああ、爺やも運転ご苦労様。ローザさんが美味しいポトフを用意してくれているそうだから、爺やも後で貰うといいよ」

 車を降りて一旦、爺やと別れて玄関のチャイムを鳴らす。すると、ナチュラルメイクでありながら清楚にドレスアップしたルクリアが出迎えてくれた。

「いらっしゃい、ギベオン王太子!」
「ルクリア、会いたかった。ほら、王宮の温室庭園で育てた薔薇の花束だ。地下暮らしでしばらく薔薇の花なんて見ていなかっただろう? 愛しいキミに、誰よりも早くこの深紅の色を見せたくて」
「まぁ! 本当にいいの? とても、貴重なものなのに……私ったら本当に贅沢ね。言葉じゃ足りないくらいだけど……嬉しいわ、ありがとう」

 透き通るような色白の肌を持つルクリアが、深紅の薔薇の花束を抱えると、まるで庭園の女神がそこに現れたかのような美しさだった。惚れた弱みを抜きにしても、この美しい御令嬢の愛を取り戻すことが出来て心から満足する。
 けれど、今日届いた隣国からの交換留学生の申請に心が痛んでいるのも事実。交換留学生として学園に転入してくる年下のネフライトに、ルクリアを何度も何度も奪われたトラウマはなかなか消えない。

「そうだ、ルクリア。言葉では言い表せないくらい嬉しいのなら、言葉以外でもお礼を伝えてくれると嬉しいな」
「えっ……ギベオン王太子。もう、甘えん坊さんね」

 ギベオン王太子が屈んで自分の頬をルクリアに差し出すと、ルクリアも恥ずかしそうに唇を寄せた。ほっぺたにキスを強請るなんて、まるで小さな子供のようだけど。今はルクリアの家族の目があるから、ここまでにしているだけだ。

(そういえば、今日は家族としてレンカさんが一緒なのだったな。この世界線では彼女がルクリアの異母妹なのか)

 本来いるはずの異母妹カルミアのいない夕食会が、始まろうとしていた。
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