61 / 94
第二部 第一章
第02話 薔薇の花束を愛しいキミに
しおりを挟むコンコンコン!
ギベオン王太子が今日の夕食会のために、正装に着替えていると、ドアをノックする音が聴こえてきた。あとはタイを結びだけという所だった為、迷わずに部屋に入れる。
「ギベオン王太子様、王宮管理の温室庭園から注文されていた薔薇の花束が届きました。庭師が丹精込めて育てた自慢の薔薇です。花の開き方も絶妙で、これなら王宮温室庭園の自慢になると。きっと、ルクリア様も喜ぶかと」
届けられた薔薇の花束は美しく深紅に染まっていて、ギベオン王太子の熱い情熱を伝えるのにピッタリな華やかさだった。
だが、この薔薇の花束の貴重価値はそれだけではない。直射日光が届かない古代地下都市において、人工太陽と温室庭園を駆使した花の研究は途中段階だ。
「ありがとう。それにしても、実に見事な深紅色だ。それに薔薇の花なんて、この古代地下都市で見るのは久しぶりだからな。移住してきて一年だが、薔薇のシーズンである初夏と秋は残念ながら薔薇を咲かせることは出来なかった。今回でようやくだ。ルクリアの心にも華が咲いてくれると良いのだが」
まだ、アトランティスの民は地下暮らしを始めて一年ほどで、最近ようやく慣れてきたところ。様々な種類の花が咲く春が来る前に、ごく自然な形で地上と同レベルの季節の花々を作れるようになれば、人々の心も安らぐだろう。もちろん、氷の令嬢ルクリアも例外ではないはずだ。
「おそらく、ルクリア様はギベオン王太子様がいらっしゃるだけでも心に華を咲かせておりますよ。爺やの長い人生経験からして、あの瞳は恋する乙女特有のものです」
「ふふっ。そうだといいと、心から願っているよ」
過去、何度もタイムリープを繰り返してきたが、結局ギベオン王太子はルクリア以上に好きになれる女性には巡り会えなかった。幾つかの世界線ではルクリアの異母妹であるカルミアを婚約者にしたりと、何度もルクリアを忘れようとしたが自分の心は偽れない。
この深紅の薔薇のように、内側から燃えるように愛に染まり、ギベオン王太子が好きで好きで仕方がない女性はルクリア・レグラスただ一人。
薔薇の花束を抱くと芳しい香りがツンと鼻腔をくすぐった。視覚的にも嗅覚的にも完璧に仕上がった薔薇を携えて、レグラス邸へと車を走らせる。
* * *
外は既に、夕日が落ちてきていて、まるで地上で暮らしているかのような錯覚をしてしまいそうだった。
「綺麗な夕日だな、もうすぐ月が見える頃合いか。これらがすべて錬金術のプログラミングだなんて、信じられないくらいだ」
「今は冬の季節を演出するために、陽が落ちるのが早い設定ですからね。まぁ太陽と月の設定以外は、地上の気候にも影響を受けますが。氷河期の影響を受けた地上よりは、だいぶ暖かい方でしょう」
「特に住宅エリアは、山脈地帯の真下で寒さからは守られやすいのだろう。海底と繋がっている学園や商業施設のあるエリアのほうが若干寒いか」
古代地下都市アトランティスは本来ならば昼夜問わず、光が入らない暗闇の世界だ。人工太陽と夜間専用の人工月光のおかげで、朝の日差しから夕刻の温かなオレンジ色、宵闇の月明かりなどを演出している。すべては古代文明より引き継いだ錬金術と、それを実現する貴重な鉱石のおかげだ。
車は順調に走り王宮から離れ、やがてレグラス邸のある高級住宅街エリアに辿り着いた。洒落た洋館は地上のレグラス邸に比べると、多少はサイズが小さくなったが、それでも民間の住宅に比べれば豪邸の部類である。
「到着でございます。ギベオン王太子様。楽しんで来て下さいませ」
「ああ、爺やも運転ご苦労様。ローザさんが美味しいポトフを用意してくれているそうだから、爺やも後で貰うといいよ」
車を降りて一旦、爺やと別れて玄関のチャイムを鳴らす。すると、ナチュラルメイクでありながら清楚にドレスアップしたルクリアが出迎えてくれた。
「いらっしゃい、ギベオン王太子!」
「ルクリア、会いたかった。ほら、王宮の温室庭園で育てた薔薇の花束だ。地下暮らしでしばらく薔薇の花なんて見ていなかっただろう? 愛しいキミに、誰よりも早くこの深紅の色を見せたくて」
「まぁ! 本当にいいの? とても、貴重なものなのに……私ったら本当に贅沢ね。言葉じゃ足りないくらいだけど……嬉しいわ、ありがとう」
透き通るような色白の肌を持つルクリアが、深紅の薔薇の花束を抱えると、まるで庭園の女神がそこに現れたかのような美しさだった。惚れた弱みを抜きにしても、この美しい御令嬢の愛を取り戻すことが出来て心から満足する。
けれど、今日届いた隣国からの交換留学生の申請に心が痛んでいるのも事実。交換留学生として学園に転入してくる年下のネフライトに、ルクリアを何度も何度も奪われたトラウマはなかなか消えない。
「そうだ、ルクリア。言葉では言い表せないくらい嬉しいのなら、言葉以外でもお礼を伝えてくれると嬉しいな」
「えっ……ギベオン王太子。もう、甘えん坊さんね」
ギベオン王太子が屈んで自分の頬をルクリアに差し出すと、ルクリアも恥ずかしそうに唇を寄せた。ほっぺたにキスを強請るなんて、まるで小さな子供のようだけど。今はルクリアの家族の目があるから、ここまでにしているだけだ。
(そういえば、今日は家族としてレンカさんが一緒なのだったな。この世界線では彼女がルクリアの異母妹なのか)
本来いるはずの異母妹カルミアのいない夕食会が、始まろうとしていた。
0
* 断章『地球の葉桜』2024年04月27日更新。* 次章は2024年05月下旬以降を予定しております。* 一旦完結した作品ですが、続きの第二部を連載再開して開始しました。第一部最終話のタイムリープ後の古代地下都市編になります。よろしくお願いします!
お気に入りに追加
345
あなたにおすすめの小説

【4話完結】聖女に陥れられ婚約破棄・国外追放となりましたので出て行きます~そして私はほくそ笑む
リオール
恋愛
言いがかりともとれる事で王太子から婚約破棄・国外追放を言い渡された公爵令嬢。
悔しさを胸に立ち去ろうとした令嬢に聖女が言葉をかけるのだった。
そのとんでもない発言に、ショックを受ける公爵令嬢。
果たして最後にほくそ笑むのは誰なのか──
※全4話

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
元聖女だった少女は我が道を往く
春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。
彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。
「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。
その言葉は取り返しのつかない事態を招く。
でも、もうわたしには関係ない。
だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。
わたしが聖女となることもない。
─── それは誓約だったから
☆これは聖女物ではありません
☆他社でも公開はじめました
加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました
黎
ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。
そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。
家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。
*短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる