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第二部 第一章

第01話 王太子だけの氷の令嬢

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 古代地下都市アトランティスは、隕石衝突による滅亡を免れた地上の民が密やかに暮らす秘密の国だ。アトランティスの真上に当たる地上では、隕石衝突の余波によって生じた局地的氷河期の影響で、猛吹雪となっていた。が、近頃は落ち着いてきて、ただの極寒の地となっている。
 今日は地上の様子を正式な報告として記録するために、数ヶ月振りに地上を観測していた部隊が地下都市アトランティスに戻って来る日。
 観測部隊が使用するゴーレムの術式主であるギベオン王太子は、地下にいながら彼らの司令塔でもあった。

「ギベオン王太子様。地上観測部隊、ただいま帰還しました。調査の結果、一年前と比べて吹雪の割合は減り、気温が低いこと以外は生活環境が戻りつつあるようです」
「そうか、ご苦労だったな。我が国が地下に潜りはや一年か。地上で再び暮らすという選択肢がないことはないが、せっかく手に入れた我らの楽園。今更、地上に戻る必要もあるまい」
「実は隣国モルダバイトより、改めて協定を結びたい旨の通達を預かっておりまして。王立アトランティス魔法学園に交換留学生を送りたいと」

 まさかの隣国からのお誘いに、ギベオン王太子の穏やかだった眉がピクリと上がる。一瞬だけ眉間に皺が入った気がしたが、まだ地上との交流に対して消極的なのだろうと観測隊員は思った。

「隣国から、交換留学生? そういうのは、学園長や生徒会の役員に話をつけて貰いたいが、外交が絡んでいるとなるとそうもいかないのか。分かったよ、手紙は預かっておこう。下がっていいぞ」

 ギベオン王太子はひと呼吸して、いつもの優しく冷静な口振りで観測隊員から手紙を受け取る。


 任務が終わって終わってホッとした観測隊員は、久しぶりに我が家へと帰宅出来ることになった。帰りがけに隊員達の中で、今日のギベオン王太子の態度が話題となった。

「しかし、ギベオン王太子様はすっかり地下都市の方を、我々のホームと考えておられるのだな」
「そりゃそうだよ、わざわざ【魔法都市国家メテオライト】の国名を改称して、【古代地下都市国家アトランティス】になったんだから。隕石だって一度の衝突で終わるとも限らないし、きっとオレらは地下都市に骨を埋めるのさ」
「まぁ最初は不安だった地下都市移住だったが、昼夜を作る人工太陽は優秀だし、天候も調整出来るから自然災害が以前より減った。住めば都とはよく言ったもんだよ。ここがきっと先祖の代から、オレ達の故郷だったのさ」


 彼ら古代地下都市アトランティスの国民は、かつて地上では魔法都市国家メテオライトに住んでいた。国民の殆どが魔法使いでそれぞれが生まれた時から精霊の加護を持つという特殊な国だったが、古代文明アトランティスの流れを汲んでいる者達だと考えれば不思議では無い。

 結局、彼らは先祖の意思に従い地上を捨てて、地下に潜り他の国とは交流を減らすことになってしまった。しかし、彼らの心は不安よりも安寧を得ていて、故郷へと帰還できたことが魂を満足させているのだと誰もが思った。

 錬金術を駆使して起動する人工太陽は、地下都市だけでなく彼らの心を照らし、生きていく希望を抱かせていた。ここが暗い地下であることを誰もが忘れられるし、本来は滅びの道を辿る予定だった彼らを生き延びさせてくれたのだから。


 * * *


 観測隊員達が帰ったものの、隣国モルダバイトから交換留学生を誘う通知を貰い、ギベオン王太子は気が気じゃなかった。今、ギベオン王太子達が生きている時間軸は、王太子自らが魔法によって彗星を降らせてタイムリープをして作り上げた【新たなパラレルワールド】だ。

(ようやく軌道に乗ってきたこの地下都市暮らしを、再びネフライト君に壊されたらたまったもんじゃない。隣国からの交換留学生といったら、どのタイムリープでも必ずネフライト君のことだ)

 従来の展開では、ギベオン王太子の婚約者であるルクリア・レグラスは、隣国モルダバイトの財閥ご子息ネフライトに嫁いでいるはずだった。ルクリアの氷魔法でネフライトの額に怪我をさせてしまった代償として、ギベオン王太子との婚約を破棄し彼に嫁ぐ。
 詳細の展開はタイムリープ毎に何パターンかあるものの、必ずルクリアはギベオン王太子と別れて、ネフライトを選ぶのだ。

 だが、今回ばかりは展開が違う。
 夢見の魔法により婚約者ルクリアに送ったメッセージが、彼女の魂をこのパラレルワールドに呼び寄せることに成功した。


『何故、キミを愛していた僕よりも彼を選んだ? 僕は時を繰り返さなくてはならない。僕を愛してくれるルクリア・レグラスに辿り着けるまで。だから……時を繰り返すために、彗星でこの国を滅ぼすよ。悪いのは……僕を選んでくれなかった氷の令嬢ルクリア・レグラス……キミだ』


 そう……悪いのは全て、ギベオン王太子を裏切り続けるルクリア・レグラスなのだ。けれど、ギベオン王太子は彼女を憎む以上に愛してしまっている。だから、今回の時間軸だけは彼女を絶対に手離さない。

「……悩んでいても、仕方がない。さて、ルクリアに会いに行くとするか。せっかく今日は、レグラス邸の夕食会に招かれているのだから」


 ギベオン王太子は、自分だけを愛してくれる氷の令嬢ルクリア・レグラスにようやく辿り着いた。
 彼……ギベオン王太子が地上に堕ちる彗星にかけた願いが、やっと叶ったのだ。地下と地上を隔てる天の窓辺からは、一粒の流れ星が緩やかに堕ちるのが見えた。
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