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正編 最終章

第06話 旅立ちは彗星のように

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 王立メテオライト魔法学園の生徒会長オニキス・クロードが、地下都市移住反対派閥に襲撃を受けて帰らぬ人になった。この事件はたちまち国内でニュースになり、学生や地域住民のため尽力していた彼を悼む声が相次いだ。
 だが、この事件は地下都市移住反対派と移住推進派の争いの始まりにしか過ぎなかった。


『隕石なんか降って来ないのに、国は強制的に我々を地下都市に閉じ込めようとしている。自由を勝ち取ろう!』
『反対派は自分達のことしか考えていない。それに万が一、隕石が落ちて来なくても、ご先祖様が残してくれた地下都市に回帰すべきだ。我々は地下都市アトランティスの民だ!』
『我々は推進派に屈しない。意地でも地下には潜らないぞ。国が地下へ潜ると言うなら、我々は独立して新たな国家を作る』

 オニキス生徒会長の死により、派閥割れは王立メテオライト魔法学園の内部でも起こり、移住前に皆の気持ちはバラけていった。

「嗚呼、オニキス会長。どうして、どうして……私には貴方しかいないのに」

 生徒会広報係として、生徒達を明るく励さなくてはいけないはずのカルミアの成り代わり『レンカ』は、魂の抜け殻のようになってしまう。

(従来通りの乙女ゲームのシナリオだったら、オニキス会長は死なないはずだわ。やっぱり、私がカルミア伯母様に成り代わって、オニキス会長と恋仲になったから? カルミア伯母様を裏切ったから、伯母様のいる天国へと連れて行かれてしまったの?)

 側から見るとカルミアの落ち込み方は、仲の良かったレンカと離れ、恋人になったばかりのオニキス会長と死に別れた絶望によるものだと思われていた。理由としては遠くなかったが、まさか彼女自身がレンカで、死んだのはカルミアだとは大部分の人には気付かれなかった。


 * * *


 社会情勢が悪化する中で、隣国からの留学生であるネフライトは、祖国から早く帰国するようにと促されるようになる。婚約者であるルクリアも封印を解く魔法はしばらく使えないと申告し、ネフライトと共に隣国への移住を急ぎたい旨を王宮側に伝えた。
 移動の話が膠着する中、ルクリアは夜中にネフライトに起こされた。

「ルクリアさん、起きて……ルクリアさん。最初の予定と違って、あんまり表立って隣国への移動は出来なくなったから、夜中の便で出発した方がいいって。兄さんが……」
「ネフライト君……移動って、今から?」
「うん、急でごめんね。けど、これ以上社会情勢が荒れると、亡命するしかなくなっちゃうし。今なら、ギリギリ亡命扱いにならず堂々と出国出来るよ。まぁそれでもかなり緊急だけどさ……。適当に着替えて、すぐに出よう」

 急な展開にルクリアは驚いたが、急かされてすぐさま次の日に着る予定だった服に着替えてネフライトの兄が運転する車で空港を目指す。お嬢様育ちで、身なりを整えてからではないと外出しなかったルクリアにとって、すっぴんで髪を束ねただけの姿での外出は不思議な感覚だった。

(結局、ギベオン王太子にも家族やクラスメイトとも、きちんと挨拶しないで国を離れることになったわね。あの日、演奏会をしておいて良かったわ。別れの曲を弾くことが出来たから……)

 空港に到着すると要警戒態勢なのか、警備員が多数いて国が荒れて来ているのを実感する。チケットを受け取りいよいよ、別れが近づいた。

「僕がネフライトにしてやれるのは、ここまでだ。ルクリアさん、弟は駆け足で大人になることになってしまったけど。年相応の部分もあるから、支えてあげて欲しい」
「分かりました、アレキサンドライトさん」

 本当は、お兄さんから見るとまだまだ子供なんだろうな、とルクリアは感じとっていた。だが、かなり早く結婚することになったネフライトを体裁上は男として立てているのだろう。

「この便はモルダバイトの避暑地そばの空港に到着するから、そのままネフライト名義の別荘でしばらく頑張ってくれ。ネフライトも……先ずは避暑地のオークションハウスで、仕事を覚えるように」
「うん。何から何までありがとう、兄さん。兄さんも……後で一旦、移動するんだよね」
「まぁ、仕方がないからな。ただ、仕事の都合も兼ねて移動するから、モルダバイトに直接行かず、余所の国を回ってから帰るよ。しばらく、お別れだ……元気で……。夫婦仲良く!」

 従来の乙女ゲームのシナリオより一年ちょっと早い移動だが、避暑地の別荘に移住してオークションハウスで働くのは予定通りだ。闇市になる前にオークションハウスにお兄さんの紹介で入れるのだから、状況としては本来の予定よりも良くなるだろう。
 ルクリアも本当はネフライトを支えるために外で働こうとしたが、しばらくは移住先から見ても目立つポジションだろうということで、主婦業に専念することになった。その設定まで、ネフライトがかつて語っていた未来の様子と酷似している。


「モルダバイトに着いてからも、しばらく大変だろうけど。オレ達なりに、気長に頑張っていこうルクリアさん」
「そうね、ネフライト君。まだ先は長いわ……」


 真夜中に旅立つ飛行機は光を放っていて……闇を流れる彗星のようだった。夜空から彗星が堕ちる日が、少しずつ近いていた。
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