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正編 最終章
第05話 生きる意味を失って
しおりを挟む地下都市への出入り口を開けるため、ルクリアは久しぶりに王立メテオライト魔法学園へ向かうことになった。国民全員での地下都市移住の計画がなければ、ごく普通の学園生活を送っていたのだろうが、最近は全校生徒が移住に携わり忙しい。
隣国に一旦戻らなくてはいけないネフライトと婚約したルクリアに至っては、そのまま学校には戻らず数日後には隣国へ旅立つ予定だった。
「ルクリアさん、生徒会長達もいるから大丈夫だとは思うけど気をつけて。地下都市移住に反対している派閥も居るらしくて、心配なんだ」
今は王宮からの要請で予定が変わり、ネフライトを待機させてしまっている状態だ。社会情勢的に不穏な動きもあり、ただでさえ狙われていたネフライトの身を案じると早く移動をしてしまった方が安全なのに……と、ルクリアはヤキモキしていた。
「反対派閥ね。地上への未練がある人達や、隕石衝突そのものを信じていない人達。確かに国家主導の強制移動だし、居住地の自由を法的に考えたら、反対派が出てもおかしくないわ」
「まぁどうしても地上に残りたい人達は、余所の国への移動を検討しているそうだけど。今は、オレみたいなもともと余所の国の人しか移動出来ないし。オレでさえ、足止めが来たのに。不穏っていうのかな、だから……無理しないで」
出発までジェダイト財閥の所有している部屋で二人暮らしとなっていたが、こうやって家に婚約者を残すのはルクリアの方も不安である。彼が密輸入業者に誘拐されそうになってから、そろそろ一年になろうとしている。
約一年で彼は随分と大人びたし、本当にルクリアの婚約者になったのだが、きちんと入籍するまではどうなるか分からないのも事実。
「うん、分かったわネフライト君。それより、こちらの都合で移動が遅れちゃってごめんね」
「気にしないでよ。ただ、オレは隣国の人間だから、こういう仕事の時は現場に立ち会えなくて悔しいかな。何かあったらすぐに戻ってきてね。いってらっしゃい」
「ん……行ってくるわね」
玄関口でネフライトとキスを交わして、ルクリアは不安な気持ちを立て直そうとする。だが、ルクリアの中で胸騒ぎは収まらず、それは彼女の第六感だった。
* * *
嫌な予感が的中してしまったと勘づいたのは、待ち合わせ場所の体育館裏で『カルミア』と顔を合わせた時だった。
(この子、カルミアじゃなくてレンカじゃない。カルミアは何処に行ってしまったの? まさか、あの子の身に何かが……)
「ルクリアお姉様、お久しぶりです。演奏会の時以来かしら、せっかく出発が決まっていたのに予定を送らせてしまって申し訳ありませんでした」
「……ううん、気にしないで。ただ何回もいろんな場所の封印を解いているから、魔力に余裕がないの。倒れると迷惑かけるし、封印が解けたらすぐに家に帰るけど……いい?」
「はい、問題ありません。いいですよね、ギベオン王太子」
ここでルクリアが言う家とはネフライトとの家を指すのだが、『カルミア』は大して気にしていない様子。この場には封印解除の儀式に立ち会う魔導師や工事作業員の目もあるし、平常を装うしかないのだろう。
「えっ……ああ。それよりも、まだオニキス君が来ていないのだが。平気かな?」
「オニキス会長は、学園周辺の住人のみなさんに事情を説明しているので、もしかしたら作業が終わってから合流になるかも」
「そうか……彼もいろいろと大変だな。さて、魔力ギリギリなのに申し訳ないが、ルクリア……。今は雑念を捨てて、作業に集中して欲しい……頼むよ」
婚約破棄したばかりのルクリアと、顔を合わせるのは気まずかったであろうギベオン王太子。だが、ルクリアが思っているよりも淡々と飄々とした態度だった。長年の付き合いからこう言う時のギベオン王太子は、内心物凄く焦っているのだとルクリアは知っている。
(ギベオン王太子も、カルミアが別人だって気づいているわよね。けど、雑念は捨てて欲しい……か。もし、未来の自分の娘であるレンカに何か後ろめたいことがあったとしても。それに干渉せず隣国へと行くのが、レンカ自身のためでもあるのかしら。私……きっと冷たい母親なんだわ、氷の令嬢って呼ばれているくらいですものね)
どんな理由でレンカがカルミアを演じているのか、ルクリアには分からなかったが。余計なことをして、ネフライトの身に危険が及んだらと考えるだけでゾッとしてしまう。
結局、確定していない未来の自分の娘という設定のレンカよりも、今現在自分の婚約者であるネフライトを誰よりも優先したいのがルクリアの本音だった。けれど、ネフライトはレンカの存在を未来から記憶していて、レンカのことで情緒に影響を及ぼすかも知れない。
だから、ネフライトとの移動の邪魔になりそうなことはバッサリと切って、見て見ないふりをしてでも早く移動したかった。
雑念が入りなかなか集中出来なかったルクリアだが、呪文を唱えて出入り口の封印を解く。
ガクンッ! と、足のチカラが一気になくなり、ルクリアは立っていられずにしゃがみ込んだ。
「……ルクリア! 平気かっ。済まない、やはり無理があったな」
「ごめんなさい……もう魔力が残っていないの。どっちにしろ、封印の扉はこれ以上開くことは出来ないわ。これで打ち止めだといいけど」
「学園経由でも地下都市に移動出来れば、もう充分だろう。お疲れ様……きちんとネフライト君の元へ送り届けるから。カルミアさん、それでいいかい?」
立てなくなったルクリアをギベオン王太子は抱きかかえて、すぐにこの場を立ち去ろうとする。彼にとっても、早くこの場を去る口実が出来て良かったのだろう……と、ルクリアは黙って身を任せた。少なくとも、今この場で最も信頼出来るのはギベオン王太子だ。
「はい、構いません。あっ……ちょうど、オニキス生徒会長が来たわっ。うふふっ。ではお二人ともお疲れ様でした。特にギベオン王太子は……いろいろと気を揉ませてごめんなさい」
「あ、ああ。オニキス君と……仲良く……な」
カルミアも恋人のオニキス生徒会長のことで頭が一杯なのか、正体に勘づきそうな二人とは早く離れたいのか。
すぐにルクリアとギベオン王太子の二人をこの場から撤退させて、テリトリーを守るように手を振って別れを告げるのであった。
翌日、地下都市移住反対派閥の襲撃に遭い……オニキス生徒会長は亡くなった。
カルミアに成り代わったレンカは、愛するオニキスを喪失することで、生きる意味を失ってしまうのである。
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