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正編 第三章
第14話 差しのべられた彼の手を信じて
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可愛くて毛皮が暖かなだけの存在、ミンク幻獣モフ君。いつもレグラス邸ではそのちょこまかした動きで、癒しを与えていただけの彼だが……今日はひと味違っていた。
『我、氷の精霊ベイラ様の使い。道を開けよ』
今探索している山脈は、ゴブリンや悪霊が行手を阻む危険スポットのはずだが、彼らですらモフ君に道を開けるかのような素振りさえ見せる。
「もきゅん、もきゅきゅん」
「おぉ! そろそろ入り口が近そうだから、僕について来て……と言っているみたいだぞルクリア! おっと、こんなところにゴブリンが……ははは、ワシら急ぐからちょっと退いておくれ」
モフ君に続き探索の先頭に立つのは、かつてトレジャーハンターを稼業にしていたこともあるというルクリアの父、レグラス伯爵。温厚なペットと家でのんびり過ごすお父さんという印象が拭えない一匹と一人の、現場で見せるもう一つの顔に圧倒されつつ進む。
「もうっお父様、モフ君の言語なんて分からないくせに。けど、よくこの危険な山間を軽々と……やっぱりモフ君って、この土地の幻獣だったのね。それに、お父様がトレジャーハンターだったなんて意外だわ」
「ちょっと驚いたけど。僕のゴーレムもモフ君が先導してくれるおかげで、迷子にならずに済んで助かるよ。案外、レグラス伯爵の翻訳も間違えていないのかもね」
地下に眠る古代都市アトランティスの入り口、封印の術式が記された場所を探すべく、駆り出されたモフ君の俊敏な動きにルクリアもギベオン王太子も驚くばかり。
ルクリアの身はギベオン王太子が付けてくれたミニゴーレムのより守られているが、それでも悪霊やゴブリンは不安の種だった。だが、不安視されていた悪霊もゴブリンも殆ど敵対の様子を見せず、むしろモフ君が無事にその場所へと辿り着くように促しているようだ。
やがて山の中腹部分、広く開けた場所に着くとモフ君の動きが止まった。行き止まりなのか大きな岩が、ルクリア達を通せんぼしているように見えるが。
「もきゅん、もきゅん!」
クルンクルンと回転するように、モフ君が懸命に岩の前でちょこまかとルクリアにアピールし出す。
「へぇ……どうやらモフ君はこの地下に何かあると言いたげだね。ルクリア、何か分かるかい」
「ギベオン王太子、ちょっと待ってね。何か仕掛けがあるはず……」
ルクリアが岩に手を翳すと、青色の光が岩に紋様を描きだした。モフ君もぴょんぴょんと飛び跳ねて、それで良いと言いたげな様子。
「この紋様は、精霊ベイラのものだわ。ここで、氷魔法を使えば……」
祈りの言葉をルクリアが唱えると、青い光はますます輝きを増していき。岩の正体は地下通路への扉だったようで、ゆっくりと音を立てて開き出した。
『精霊ベイラの幻獣と聖なる音の守り手よ、道案内ご苦労でした。そして絶対零度の聖女ルクリア、次代国王ギベオン王太子、ようこそいらっしゃいました』
美しく涼やかな女性の声が、岩の向こうから聴こえてきた。精霊ベイラの幻獣とはおそらくモフ君、聖なる音の守り手は貴重な楽器の収集や演奏を趣味とするレグラス伯爵のことだろう。
だが、これまで氷の令嬢と揶揄われていたルクリアが絶対零度の聖女と呼ばれたのは初めてである。
「絶対零度の聖女か、初めて聴くはずなのに懐かしい響きだ。僕は本当は何処かでキミの正体が、この地下都市への扉を開けることが出来る聖女様だと気づいていたのかもな」
「乙女ゲームのシナリオが本物なら、この世界はカルミアの高校在学中に隕石の衝突によって氷の中に閉ざされる。カルミアが永遠に女子高生で居続ける夢を見るために。でも、この地下に国民全員が避難出来れば、タイムリープは終わるのね」
「ああ、延々と続くシナリオに終止符を打とう。僕達の未来を決めるのはそれからでも遅くはない。行こう……」
ギベオン王太子が、ルクリアにそっと手を差しのべた。古代地下都市への階段を降りるために、エスコートしてくれるのだろう。従来通りのシナリオであれば、いずれ婚約破棄することになる彼の手をルクリアは信じてそっと握った。
* * *
次の日、魔法都市国家メテオライトの住人達の間では、地下に眠っていた古代都市アトランティスの入り口発見のニュースで持ちきりだった。
『ついに、地下都市の入り口を発見かぁ。しかし、ルクリア嬢は今回本当にお手柄だなぁ。彼女がこのまま王妃候補として残ってくれたらいいのに。それとも、地下都市への扉を開く役割を終えたから、無理に王妃様になる必要がなくなってしまったのか?』
『いずれにせよ、地下都市に一般市民が住めるようになるまで婚約やら何やらは、まだ様子見だろう。魔法やゴーレムを駆使して工事を進めて、最短では……来年の二月には初回移住者を受け入れ準備、ちょうど工事から一年目で移住開始か』
発表されたタイムスケジュールでは、今年の四月下旬より整備を開始して、来年の二月にはほぼ初回移住希望者を抽選で決めるという。大規模な引っ越しは四月中を予定。ゴーレムや魔法のチカラをフル活用し、十年はかかる街づくりを僅か一年まで短縮し、初回の移住を終わらせる算段だった。
『へぇ、凄いね。けど、その場合は学生達の学校とかはどうするんだろう? 急ピッチの建設魔法でコピー校舎でも作るのかしら。例えば、我が国トップの王立メテオライト魔法学園とか』
『隕石から逃れられるのだから、学園生活よりも命の方が大事だろう。学生達も理解しているさ』
学園生活よりも、命を大切にして欲しいと願うのはごく当たり前の意見だった。
だが、乙女ゲームの主人公である【カルミア・レグラス】は王立メテオライト魔法学園のマドンナでなければ成立し得ないキャラクター。例え現在、主人公カルミアの中にいる異世界転生者【未亜】が移住を望んだとしても、それですらカルミアにとっては疎ましいだけ。
――乙女ゲームのシナリオが変わることで、未亜とカルミアの仲が決裂する日が近づいていた。
『我、氷の精霊ベイラ様の使い。道を開けよ』
今探索している山脈は、ゴブリンや悪霊が行手を阻む危険スポットのはずだが、彼らですらモフ君に道を開けるかのような素振りさえ見せる。
「もきゅん、もきゅきゅん」
「おぉ! そろそろ入り口が近そうだから、僕について来て……と言っているみたいだぞルクリア! おっと、こんなところにゴブリンが……ははは、ワシら急ぐからちょっと退いておくれ」
モフ君に続き探索の先頭に立つのは、かつてトレジャーハンターを稼業にしていたこともあるというルクリアの父、レグラス伯爵。温厚なペットと家でのんびり過ごすお父さんという印象が拭えない一匹と一人の、現場で見せるもう一つの顔に圧倒されつつ進む。
「もうっお父様、モフ君の言語なんて分からないくせに。けど、よくこの危険な山間を軽々と……やっぱりモフ君って、この土地の幻獣だったのね。それに、お父様がトレジャーハンターだったなんて意外だわ」
「ちょっと驚いたけど。僕のゴーレムもモフ君が先導してくれるおかげで、迷子にならずに済んで助かるよ。案外、レグラス伯爵の翻訳も間違えていないのかもね」
地下に眠る古代都市アトランティスの入り口、封印の術式が記された場所を探すべく、駆り出されたモフ君の俊敏な動きにルクリアもギベオン王太子も驚くばかり。
ルクリアの身はギベオン王太子が付けてくれたミニゴーレムのより守られているが、それでも悪霊やゴブリンは不安の種だった。だが、不安視されていた悪霊もゴブリンも殆ど敵対の様子を見せず、むしろモフ君が無事にその場所へと辿り着くように促しているようだ。
やがて山の中腹部分、広く開けた場所に着くとモフ君の動きが止まった。行き止まりなのか大きな岩が、ルクリア達を通せんぼしているように見えるが。
「もきゅん、もきゅん!」
クルンクルンと回転するように、モフ君が懸命に岩の前でちょこまかとルクリアにアピールし出す。
「へぇ……どうやらモフ君はこの地下に何かあると言いたげだね。ルクリア、何か分かるかい」
「ギベオン王太子、ちょっと待ってね。何か仕掛けがあるはず……」
ルクリアが岩に手を翳すと、青色の光が岩に紋様を描きだした。モフ君もぴょんぴょんと飛び跳ねて、それで良いと言いたげな様子。
「この紋様は、精霊ベイラのものだわ。ここで、氷魔法を使えば……」
祈りの言葉をルクリアが唱えると、青い光はますます輝きを増していき。岩の正体は地下通路への扉だったようで、ゆっくりと音を立てて開き出した。
『精霊ベイラの幻獣と聖なる音の守り手よ、道案内ご苦労でした。そして絶対零度の聖女ルクリア、次代国王ギベオン王太子、ようこそいらっしゃいました』
美しく涼やかな女性の声が、岩の向こうから聴こえてきた。精霊ベイラの幻獣とはおそらくモフ君、聖なる音の守り手は貴重な楽器の収集や演奏を趣味とするレグラス伯爵のことだろう。
だが、これまで氷の令嬢と揶揄われていたルクリアが絶対零度の聖女と呼ばれたのは初めてである。
「絶対零度の聖女か、初めて聴くはずなのに懐かしい響きだ。僕は本当は何処かでキミの正体が、この地下都市への扉を開けることが出来る聖女様だと気づいていたのかもな」
「乙女ゲームのシナリオが本物なら、この世界はカルミアの高校在学中に隕石の衝突によって氷の中に閉ざされる。カルミアが永遠に女子高生で居続ける夢を見るために。でも、この地下に国民全員が避難出来れば、タイムリープは終わるのね」
「ああ、延々と続くシナリオに終止符を打とう。僕達の未来を決めるのはそれからでも遅くはない。行こう……」
ギベオン王太子が、ルクリアにそっと手を差しのべた。古代地下都市への階段を降りるために、エスコートしてくれるのだろう。従来通りのシナリオであれば、いずれ婚約破棄することになる彼の手をルクリアは信じてそっと握った。
* * *
次の日、魔法都市国家メテオライトの住人達の間では、地下に眠っていた古代都市アトランティスの入り口発見のニュースで持ちきりだった。
『ついに、地下都市の入り口を発見かぁ。しかし、ルクリア嬢は今回本当にお手柄だなぁ。彼女がこのまま王妃候補として残ってくれたらいいのに。それとも、地下都市への扉を開く役割を終えたから、無理に王妃様になる必要がなくなってしまったのか?』
『いずれにせよ、地下都市に一般市民が住めるようになるまで婚約やら何やらは、まだ様子見だろう。魔法やゴーレムを駆使して工事を進めて、最短では……来年の二月には初回移住者を受け入れ準備、ちょうど工事から一年目で移住開始か』
発表されたタイムスケジュールでは、今年の四月下旬より整備を開始して、来年の二月にはほぼ初回移住希望者を抽選で決めるという。大規模な引っ越しは四月中を予定。ゴーレムや魔法のチカラをフル活用し、十年はかかる街づくりを僅か一年まで短縮し、初回の移住を終わらせる算段だった。
『へぇ、凄いね。けど、その場合は学生達の学校とかはどうするんだろう? 急ピッチの建設魔法でコピー校舎でも作るのかしら。例えば、我が国トップの王立メテオライト魔法学園とか』
『隕石から逃れられるのだから、学園生活よりも命の方が大事だろう。学生達も理解しているさ』
学園生活よりも、命を大切にして欲しいと願うのはごく当たり前の意見だった。
だが、乙女ゲームの主人公である【カルミア・レグラス】は王立メテオライト魔法学園のマドンナでなければ成立し得ないキャラクター。例え現在、主人公カルミアの中にいる異世界転生者【未亜】が移住を望んだとしても、それですらカルミアにとっては疎ましいだけ。
――乙女ゲームのシナリオが変わることで、未亜とカルミアの仲が決裂する日が近づいていた。
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