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正編 第三章
第07話 分岐点の電話
しおりを挟む未来の様子を一通りネフライトから教えてもらい、早めのプロポーズまでしてもらったルクリアは、落ち着かない気持ちのままレグラス邸に帰宅した。父親と再婚したはずのローザが、何故かメイド服で出迎えてくれて再びメイドとして働き出したことを知る。
「お帰りなさいませ、ルクリアお嬢様。本日はカルミアお嬢様も旦那様もいらっしゃらないので、ルクリアお嬢様の食事のみをご用意する予定です」
食事の予定はルクリアのみとなっていて、この一週間はローザと揉めていたはずのカルミアは未だ帰宅していないようだ。
「ただいま、お父様は仕事だからともかくとして、カルミアは未だに帰らないの?」
「はい。カルミアお嬢様は、本日新入生として隣国よりやって来たレンカさんの寄宿先に泊まることになったと。正確には、生徒会の都合で特別に寄宿舎に泊まる許可が降りたそうですが」
理由は不明だが、カルミアは知り合ったばかりのレンカのところに泊まることになったらしい。二人の距離がすぐに縮まったという情報から、彼女達が叔母と姪という関係なのだと改めて実感する。
その一方で、継母というポジションに収まったはずのローザが、テキパキとメイド業をこなす姿は見ていて違和感がある。
「そうだったの……ところで、ローザさん。貴女、一応お父様と再婚されたのだから、もうメイド業から卒業されてもいいんじゃない」
「いえ、結局カルミアお嬢様は私のことを、継母とも前世の母親とも認識してくれませんでした。しばらくは初心にかえり、自分の立ち位置を見直す意味でもメイド業に専念してみようと思うのです」
「……精神修養を兼ねているのなら、止めないけど。でもまぁカルミアとも話したいことがあったのだけど、今日はいいわね」
本日の夕食は、メテオライト産のビーフシチュー、チーズフォンデュと温野菜、焼きたてパン、小エビのサラダ、デザートのプディングである。メインとしてビーフシチューとチーズフォンデュを両方用意するスタイルは、飽きのこない工夫のひとつでルクリアはお気に入りだ。
(こんな風にちょっとした贅沢の食事が、そのうち出来なくなるなんて。あと二年しかないのよね、大切に味わおう)
* * *
食事の後は風呂を済ませて、ルクリアは自室に戻る。ゴブラン織りのカーテンやシックな絨毯、アンティーク家具で揃えられた部屋には、いつも薔薇の花が絶えないように飾られている。当たり前のように思っていたこの真紅の薔薇も、いずれ隕石の衝突によって貴重なものとなるのだろう。
ルクリア達の住む西方大陸には、魔法術を一族代々伝えるメテオライトのような国と、移民を受け入れ経済を基盤に考えるモルダバイトのような国に分かれている。この二つは俗に言う隣国という扱いだが、巨大な山脈や川の隔たれているため隣国とはいっても行き来しづらい環境だ。
その代わり隔たりがある分、それぞれが自分達の国で食糧を作り電気やガスなどを調達出来ていた。だから、将来的に起こる隕石衝突の影響で隣国モルダバイトまでもが環境が急変してしまうという情報に、ルクリアは未だにショックを受けていた。
(ネフライト君の前では、隣国での暮らしが大変になることに対して無難なことしか言わなかったけど。メテオライト国の隕石衝突の影響が、遠いイメージの隣国にまで及ぶなんて。ううん、けど……迫り来る氷河期から助かったのは運が良いことなんだわ)
そもそもギベオン王太子の婚約者に氷の加護を持つルクリアが選ばれたのも、隕石衝突による氷河期を生き延びるためだとされていた。
(ネフライト君の情報を考慮して現実的に考えれば、氷の加護が効くのは私自身と良くても配偶者となる人物くらい。私がギベオン王太子と結婚したところで、国が救われないのもそういう事情だったのね。だから、国からすると私を追放しても構わなかったんだ)
偶然とはいえ、ネフライトの額に氷魔法で傷をつけたことで、氷の精霊の加護がネフライトにも宿ることになった。運命を共にするのは、あの額の傷事件からネフライトになったと言っても過言ではない。
ピピピ、ピピピ!
憂鬱な気持ちで、ベッドに横になるとスマホから着信音が響いた。
「ギベオン王太子? 何でこのタイミングに。はい、ルクリアですが……」
『ああ、ルクリアか。済まない、声が聴きたくなったんだ。ほら、新学期からあまり君と会う機会が減ってしまっただろう』
冷静でありながらどこか甘いギベオン王太子の声は既に大人の男の低い声で、未だ子供っぽい声の高さを残すネフライトとは差があった。
「仕方がないわよ、ギベオン王太子は三年生で大学進学を控えているんだから。特にギベオン王太子のコースは受験特化型で授業の本数も多いし」
『そう考えていたのか。僕はてっきり、もうネフライト君の方が良くなったから、僕とは距離を置くようになったのかと。もしそうなら早く教えてもらわないと……そうなのか?』
「一体、貴方は何を訊きたいの」
まるでルクリア側から破断を申し入れて欲しいようなギベオン王太子の言い回しに、ルクリアはイラっとしてしまう。
『キミ達の関係は今、どれくらい進展しているのか気になったんだ。昼食を一緒に食べるくらいならまだしも、これから先……そう何年も経たないうちに口付けやそれ以上の関係を持とうと考えているなら……。それとも、もう口付けくらいは交わしたのか』
「彼とは未だ友達よ、貴方が想像しているような関係ではなくプラトニックだわ。けどネフライト君は優しくて、とても純粋に私のことを想ってくれている。変な疑いをかけて彼の純粋な心を侮辱しないでっ」
逆行転生しているとはいえ、まだ肉体的には子供のはずのネフライトがあんなにも自分の身を案じて、早めのプロポーズまでしてくれたのに。彼の純愛や自分の真剣な悩みまで、ギベオン王太子の保身に利用されているのでは無いかと思ったら、ルクリアは哀しくて悔しくなってしまった。
ギベオン王太子から言わせると、二十年後の未来からやって来たルクリアとネフライトの娘の存在を知り焦りが生じていた。
逆算すると、ネフライトが十八歳の時に娘のレンカは生まれている。未来側の説明では元服年齢が適用されて、法改正される予定だという話だ。なので、法律的には二人が早い年齢で夫婦になっても未来では違法ではない。
けれど、現在のギベオン王太子と同じ年齢になった時には、ネフライトがルクリアとそういう関係になっていることが判明したのも事実。
まさか、この電話がギベオン王太子とルクリアの仲を大きく変える分岐点になるとは、夢にも思わなかった。
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