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正編 第二章
第07話 彼だけが知る本物の恋心
しおりを挟む各家庭に一台あると言われている異世界のテレビ【魔法映像機】では、今日が四年に一度しかない閏年閏日であることが話題となっていた。長女が王太子と誕生日デートに出掛けてしまったレグラス邸でも、魔法映像機から流れてくる情報に耳を傾けている。
『今日は、四年に一度の閏年閏日ですね。この日が誕生日という人も世の中にはいますが、誕生日を祝うのも四年に一度だけというのは、ちょっと寂しいのではないでしょうか』
『えぇ。ですから、本当は生まれた日が二月二十九日なのに、出生届の日をずらして三月一日生まれとして登録する人もいるらしいですよ。不便ですからね』
『いやぁ、でも。四年に一度しか年を取らないと考えれば、ある程度年齢を重ねた立場から言わせると羨ましいですよ』
妻を早く亡くし、妾も不慮の事故で亡くし、二人の娘は不仲で、異母妹カルミアに至っては乙女ゲームの主人公になりきって預言者気取り。もはやレグラス伯爵の心の安らぎは、趣味の音楽演奏と気を紛らわせてくれる魔法映像機のミニ知識番組だけだった。
家に残っているレグラス伯爵と次女カルミアは、魔法映像機を何となく流しながら、ブランチのトーストやらオムレツやらを食べながら、適当な世間話をしていた。
「ふむ、ルクリアは我々家族とは誕生日を祝わずに婚約者のギベオン王太子との誕生日デートを優先してしまった。しかも、今回は以前のオークションハウスデートのように、国の経済的な付き合いなどは関係のない、本当に私的なものだ。これについて、どう思うかねカルミアよ」
「どうって。ギベオン王太子との婚約は契約に基づいているものだし、向こうは王子なんだから、お姉様だって誘われたら嫌って言えないでしょ。それとも、四年に一度しか来ない娘の誕生日は、やっぱり家族でお祝いしたかったの?」
「いやいや、家族でのお祝いはルクリアが帰ってきたらほんの少しでも出来るじゃないか。ほらカルミアが先週、乙女ゲームとやらのシナリオでは二人は破局してルクリアは財閥のご子息結ばれると熱く語っていたから。一応、ワシなりにそうなった場合の対策を練っていたのだが……考えすぎだったかもしれんと思ってな」
そういえば、今はまだ中学一年生のネフライトと高校一年生のルクリアが恋仲になる可能性があるとしたら、倭国基準でいう元服年齢あたりだと父が語っていたのをカルミアは思い出す。彼なりに、カルミアの乙女ゲームシナリオ考察を真剣に考えてくれたのだと思うと、熱く語った甲斐があったと思った。
だが本日の閏年閏日デートがギベオン王太子と過ごす展開になってしまったため、むしろ父の中では芽生えかけていた乙女ゲーム信仰が薄れているようだ。
(まずいわ。せっかくいい感じに洗脳出来ていたのに。このまま、再びお父様が乙女ゲームに不信感を抱いたら、私がこのゲームの主人公じゃなくなっちゃう)
「あっ……そうとも限らないわよ。見たところ、お姉様はネフライト君に恋愛まではいかなくても、何かしらの感情を抱き始めている気がするわ。ほら、なんかチラッと聞いた話だと氷魔法の破片で、ネフライト君の額に怪我させちゃったらしいし。同情とか申し訳ないとか、そういう気持ちが発展して……」
「そうなのか、それは大変だ。何か用意して謝りに行かないと……」
「そこは、謝罪というよりは年下君はルクリアお姉様の愛が欲しいのよ。それにそのうち責任追及は同行していたギベオン王太子にも向くでしょうしね。まぁそういうのは乙女ゲームよりもギャルゲーとかライトノベルの分類なんでしょうけど」
「ふむ。つまり、まだ財閥のご子息ルートは残っていると」
洗脳が解けつつある父を再洗脳すべく、カルミアは必死に言い訳がましい今後の予想を並べていく。
「そうよ、むしろこのデートでなんかしらのトラブルが生じて、今後二人はギクシャクするんじゃないかしら。だから、お姉様とギベオン王太子の仲は、これからどんどん不穏になるの! 不穏で破局間近のところを乙女ゲームの主人公カルミアが、ギベオン王太子の心の隙間につけ込むんだわっ。やっぱり乙女ゲームのシナリオってすごい」
その乙女ゲームの主人公カルミアこそが、今熱く語っている自分自身なのでは……と父は突っ込みたかったが、そういうものにハマる年頃なのだと思い堅く口を閉ざす。
そして、冷静な頭で本当にルクリアがギベオン王太子と破局した際には、異母妹カルミアに頑張ってもらわないと貴族としての立場が危ういと、何処かで感じ取っていた。
* * *
四年に一度の閏年閏日の二月二十九日、それが伯爵令嬢ルクリア・レグラスの誕生日だ。
乙女ゲーム【夢見の聖女と彗星の王子達】は、あくまでもルクリアの異母妹であるカルミア・レグラスが主人公。カルミアの輝かしい高校生活の三年生間の中には、様々な学校行事やキャラクターの誕生日が盛り込まれている。
だが、最も近い存在であるはずの異母姉ルクリアの誕生日を祝うイベントは一度もない。不仲設定のルクリアの誕生日を祝う必要がないから削除されたとか、ゲームの途中で登場人物の輪から離脱するルクリアの誕生日を盛り込むと面倒だから、とかルクリアの誕生日不明には様々な俗説があった。
実態としては四年に一度しかない閏年閏日は、カルミアの高校生活には一度も訪れないから……というのが真実なのだが。そのことを知るゲームプレイヤーが、殆どいないのもまた事実。
だから、ルクリアが今日という乙女ゲームには永遠に実装されることのない今日という日を、どのように過ごしても自由なはずだった。
彼女の誕生日に関心を持っているのは、ギベオン王太子とルクリア自身だけでいい。他の人は皆、介入しないで欲しい……とギベオン王太子はふと考える。専属の運転手が車を走らせて着いた先は、メテオライト国内でも自慢の海岸。
「景色が綺麗な海辺のレストラン、予約しておいて良かった。冬の海岸の景色というのも、情緒があって素敵だと思わないか」
「えぇ。遠くに向かう船が見えて、水平線がずっとずっと続いて……」
「ずっと永遠に、このまま時間が止まってくれたら……なんて、僕の我儘だね。ルクリア、お誕生日、おめでとう」
誕生日プレゼントは美しい小箱、中身は彗星を彷彿とさせるメテオライト鉱石を加工して出来た虹色のペンダント。ギベオン王太子はまるで独占の印のように、彼女の胸元にペンダントをかけた。
(そうだ……本当は、これ以上明日は要らない。どうせ、破局を迎えるのであればずっと今日という日が続けばいい。そう考えるのは僕の我儘だろうか?)
ギベオン王太子の心の声は、きっと乙女ゲームシナリオに載ることは永遠にない。それでも彼の心の声は、彼だけが知る本物の恋心だった。
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