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正編 第二章

第04話 ループの輪から抜けたくて

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 見た目よりもずっしりと重く感じる【夢見の聖女と彗星の王子達完全攻略公式ガイドブック】は、A4サイズで少し大きめの攻略本といった感じだった。
 パラパラと中を確認していくと、登場キャラクターの紹介や各行事の予定表など、一版的な学園ものの乙女ゲーム攻略本と言った雰囲気だ。イラストも美しくマニアにはたまらないだろうが、それでも金額には限度があるだろうし超高額オークションで取り引きされるような内容には感じられない。

「一見すると普通の攻略本に見えて、密輸入組織が依頼を受けて狙うような禁書には感じないけど」
「多分、禁書扱いされている部分はそのストーリークリア後の裏話ってところだと思うんだ。ほら、ここ……読んでみて」


【ギベオン王太子の秘密】
 ギベオン王太子の名前の由来は滅びの伝承、呪いの正体とは?
 メテオライト国は巨大な隕石が落ちて氷河期を迎えた国とされており、永く続いた氷の時代が終わった時に、過去の戒めを忘れぬようにメテオライトという国名が付けられた。

『隕石が落ちるという予言を受けた年に産まれる王太子の名を、隕石の意味を持つギベオンと名付けよ』

 天の神から啓示を受けた司祭は、僅かでも隕石の兆候が見られた時には王子の名を必ずギベオンと命名するように、義務付けられていた。
 この国に彗星の王子……ギベオン王太子が存在する時は、隕石による滅びの氷河期が近づいている証拠である。
 主人公の【夢見の聖女の祈り】は、滅びの恐怖から人々を解放して永遠の平和を約束するとされている。けれど、永遠の平和の正体って、一体なんなんだろうか。答えは、二週三週と繰り返しプレイした暁の、全ルートクリア後に待っているはずだ。


【夢見の聖女は永遠の夢の世界?】
 三年間の学園生活を無事に終えて、卒業となりエンディングを迎えると、カルミアは再び高校一年生として学校に通い始める。ルート選択によっては、異母姉のルクリアが追放後からスタートすることも可能であり、その場合はルクリアに出会うことはその後、一生ない。
 この理由について、様々な考察があるが『夢見の聖女は夢の中の聖女であり、虹色の薬により夢を見ている間の話だから』という説がある。

 また、全てのルートをクリアすると隣国に追放された異母姉ルクリアのその後を見ることも出来て、彼女は隣国の財閥の御子息ネフライトと幸せになっている姿が確認出来る。子供にも恵まれて夫婦仲も良さそうだが、そこには異母妹のカルミアが訪れる姿はない。
 もしかすると、魔法都市国家メテオライトは本当は隕石により滅亡していて、学園の人々は永遠の夢を見ている可能性もある。


【主人公カルミアの夢は永遠の女子高生】
 七夕イベントで神様に願い事をかけるシーンが出てくるが、カルミアの願いは驚いたことに『王立メテオライト魔法学園でずっとずっと過ごせますように』という内容になっている。
 いくら学園が好きだからと言って、ずっと学園に通い続けるのは不可能だと思われるが。
 やはり、この世界は夢の世界なのだろうか……謎が解けるのは待望の続編で!


 * * *


 大胆な裏話の内容に、ルクリアは驚いてしまいしばらく声が出せなかった。やたらと乙女ゲームだという認識の強いカルミアの様子からすると、何度かタイムリープをしていてもおかしくない世界観ではある。そもそも、今目の前にいるネフライト君ですら【未来からやって来たルクリアの夫】であり、既に一度は年数が経過している設定だ。

 だが、今の問題点はそこではない。
 異母妹カルミアは、この世界がタイムリープしている上に、最後は隕石により滅亡して夢見の世界となることを認識しているはずだ。

「ねぇネフライト君、この攻略本ってカルミアも持っているらしいんだけど。あの子、自分達が死んでしまうこと何処かで気づいているのかしら?」
「異世界転生者を名乗っているんだから、もう一度乙女ゲームの世界で死んで眠りにつくことに抵抗がないんじゃないかな。ただ、他の人はそうもいかないよ。あとカルミアさんは主人公キャラだから、部分的に記憶がリセットされて不都合なことは忘れてしまうんじゃないかな。一説だと、ルクリアさんは隕石の落下を防ぐ魔力があるから、王太子の婚約者に選ばれたっていう話もあるんだ」
「あ、氷の加護を持っているから……隕石の衝突で氷河期になるのを防げるって計算なのね。けど、私も時折悪夢で未来の夢を見るけど、必ず王太子に婚約破棄されて国を追放されるわよ」

 少し言いにくそうに隕石衝突を防ぐ方法をネフライト君が語った。その理由は、要はギベオン王太子とルクリアが別れなければ、この国が消滅しないという仮説を立てることになるからだろう。仮にもルクリアの未来の夫であるネフライト君が、別の男との婚姻を勧めるようにも思えない。

「そっか……けどさ、未来のキミは……要するに僕の妻ルクリアは。過去の世界にやり残したことがあって、夢見の薬でわざわざこの時代まで魂を逆行してしまったんだ」
「ごめんなさい、ネフライト君。心配かけたわね」
「隕石事件はかなりの衝撃的事件だし、過去に戻りたい気持ちも理解したかった。けど未練がなくなれば戻ってくると信じていたのに、キミはタイムリープの輪に閉じ込められていつまで経っても戻ってこない。結局僕も追いかけたけど、このままじゃ夫婦仲良く片道切符になりそうだ。まぁループから抜けない限りは、僕は婚姻年齢にすら届かない。夫婦と認められずに、永遠に片想いの子どもだ」

 おそらく、この世界に逆行してくるまでは大人として生活していたであろうネフライト君の不便さが、その辛そうな表情や仕草から伝わってくる。本来大人の男だった彼が、子どもとして暮らすのは違和感もあるだろうし、周囲の人と会話も合わないことが多いだろう。

「ループから抜けない限りは……か。未来の私は一体何が気がかりで、過去の世界まで飛んだのかしら?」
「……やっぱり、ギベオン王太子に未練があったとか? 辛い別れだったしさ」

 自分自身が一番よく知っているはずの答えが分からないままルクリアは、額に包帯を巻いたまだ幼い未来の夫に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

(ギベオン王太子が忘れられない初恋の男性だとしても、愛する夫のネフライト君を捨ててまで戻る理由なんてあるかしら。それとも、戻る理由は一つじゃなかった?)

 気掛かりの一つはギベオン王太子への気持ち以外にも、ネフライトにもあるのではないかと気付く。例えば今、ルクリアが気になる点といえば、ネフライト君の包帯である。嫌な予感が当たっていれば、彼の額にルクリアの氷魔法の一部が当たっているはずだ。

「けど未来の私は、貴方のことをとても愛していたと思うの。だからネフライト君、その包帯……取って見せてくれる? 貴方、もしかして私の魔法で……傷が……」

 指摘されて顔面蒼白になるネフライト君に、未来のルクリアの後悔は一つだけじゃないことを確信するのであった。
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