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正編 第二章
第03話 未来の夫か、過去の恋人か
しおりを挟む美味しいティータイムを終えて、幾つかのレアな魔法アイテムコレクションを見せてもらって、いよいよ本命の攻略本の閲覧となった。コレクションの棚から攻略本を取り手渡しする前にピタッと動きを止めて、ネフライト君がルクリアに大人びた真剣な眼差しで忠告をする。
「ねぇルクリアさん。実は、この本は一冊だけでは終わらない。続きがあるんだ……もし、続きを知らないと意味がないと分かっても、貴女はこの攻略本を読んでみたい?」
思ったよりも低いトーンで落ち着いて話すネフライト君は【君付け】よりも【さん付け】が似合うような、まるでルクリアよりも目上の人のようだった。元より自身を転生者と名乗りゲームの展開にも通じている異母妹カルミアと比べると、右も左も分からないルクリアは弱い立場だ。
「えぇと、ごめんなさい。遠回しな言い方されても、他の人に比べて知識不足の私じゃ難しいの。私、もしかすると異世界転生者かも知れないけど、妹と違って記憶が殆どないのよ。だから本当にゲームの展開も追放されること以外知らないし、ニュアンスで察することすら出来ないの」
素直に自分の知識不足と情報不足を伝えると『参ったな……』と口元に手を添えて、少しイライラと考え始めたネフライト君に痛烈な違和感覚える。
本当は、彼が成人男性だったらこのまま煙草を吸って苛立ちを鎮めるのだろうし、何故かルクリアはそれを過去に何度も見ている気がした。まだ中学一年生のネフライト君と高校一年生のルクリアの間に、過去なんか無いはずなのに。
おそらく今目の前にいる彼が、自然体の彼なのだろう。が、あまりにも大人びていて……というよりも、本気で彼は中身が自分よりもずっとずっと大人のような気がしてならない。十六歳のルクリアだけではなく、ルクリアより一学年上のギベオン王太子よりも、二十代前半だというアレキサンドライト氏よりも……ネフライト君の中の魂は大人の男性なのではないか……と。
そしておそらく、その予感は当たっている気がした。
「そっか、それじゃあ視点を変えよう。まずはオレのことから……信じてもらえないかも知れないけど。貴女はオレが未来の夫だとしても、この攻略本や続編の内容を知って……これからの未来を変えてみたいか?」
「……えっ……夫? オットって、いわゆる配偶者って意味よね。どういう……こと」
言葉では未来の夫という事実を認められず動揺を装うが、ルクリアの潜在意識は何と無く何処かでそのことを覚えていた気がしてならない。
『夫のネフライトは、昔の恋人への未練を捨てきれず過去に戻った私を追って来たんだわ』
何処からともなく聞こえてきた未来の自分の声に答えを見たが、ネフライト君自身から詳しく話を聴きたくて返事を待つ。
「乙女ゲームのシナリオ通り王太子ギベオンと婚約破棄し、追放されたルクリアさんは隣国に移り住む。ゲーム構成上はルクリアの情報はそこでストップしているけど、オマケのイラストやら何かで彼女はジェダイト財閥の次男と結婚したことが判明する」
「ジェダイト財閥の次男って、ネフライト君のことよね」
「うん。ゲームのサイドストーリーでオレが誘拐されそうになって、助けてくれたのが氷の令嬢ルクリア。命の恩人であるルクリアさんが追放された際に、彼女を財閥が引き取ってそのまま数年後に財閥の次男坊と結婚。ゲームの進行上は見ても見なくてもどちらでも良い、オマケ程度のイベントだけど、オレと貴女にとっては重要な馴れ初めだ」
そして馴れ初めのエピソードは既に終わっていて、いわゆるフラグが構築されたことに気付く。ルクリアは自分がギベオン王太子結婚するルートではなく、財閥の次男ネフライトと結婚するルートに一歩近づいたことを知る。だから余計にネフライト君は、攻略本を読む前に気持ちを確認したかったのだろう。
『ルクリア……貴女は、ギベオン王太子のためにオレとの結婚を捨てるのか……?』
聞こえてこないはずの大人の男性の低い声が、責めるような……けれどとても寂しげな口調でルクリアに囁く。
現実の目の前のネフライト君は、野良猫か捨て猫のような……か弱く小さな存在で、中身だけが大人の男で。肉体が中身に追い付かず、何処かで精神も肉体に引き摺られていて、懸命に自分が大人だとアピールしているように見えた。
「突然のことで、すぐには頭が追いつかないわ。心のどこかで将来的にギベオン王太子と破局するんだって分かっていても、今の婚約者は彼だから信じようと思っていたの。でも、きっとその未来の話の流れで、ネフライト君が私を見初めてくれて、追放された私を妻にしてくれて嬉しかったと思うわ。ただ、今突然教えられても実感が湧かなくて……すぐには返事が出来ない」
「そうだよね、ごめん。それに、いきなり年下の子どもが未来の夫です……なんて。こんな話して、人によってはゲームのやり過ぎておかしくなっちゃったって思われかねないし。ルクリアさんが真剣に聴いてくれて良かったよ、約束だからこの攻略本……読んでいいよ」
彼は自分自身が子供の年齢に戻ってしまったことを、相当気にしているようだった。本来の話の流れが真実ならば、ルクリアと恋人になり結婚になるのは何年か先のはずだ。
「ネフライト君……」
ルクリアは将来の夫となる予定のネフライト君が優しい人で良かったと思う反面、どうして未来の自分はそんな優しい彼を捨ててまで過去へと魂を戻したかったのか……と疑問に思った。
そしてその答えを探るために、未来の予言を知りたいのだと気づいてしまった。
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