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正編 第二章

第01話 乙女ゲーム続編の噂話

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 氷の精霊の加護を持つというレグラス家に産まれてきた娘は、二人とも異世界転生者だった。

 異母姉は正妻の娘で名はルクリアという。ルクリアは冬に咲く花の名称で、寒さに負けない美しい女性に育って欲しくて名付けられた。異母妹は妾の娘で、名はカルミアという。同じく寒さに強い花の名前から取ってあるが、裏切りという花言葉を持っており不義で生まれた象徴のようでもあった。

 ある日、異母妹カルミアの方が乗馬の練習中に強く頭を打ち、長く寝込んだことがあった。それからというもの、カルミアは『私は乙女ゲームの主人公に転生したの。お姉様は氷の令嬢よ』などと訳の分からないことを話すようになった。

 一説によると、この世界は地球と呼ばれる惑星で乙女ゲームの舞台として採用されているらしい。聖なるチカラでこの世界を感知した者の手により、文章化や映像化された乙女ゲームはそれなりにヒットしているそうだ。
 レグラス伯爵は、世間の都市伝説を本気にした娘がおかしなことを言っているだけで、本当の話とは微塵も思わなかった。妾の娘と言うコンプレックスが、自分自身をゲームのヒロインだと信じることで解消されるならそれでいいとも思った。


 * * *


 地球の日本という国では、ゲームの類が数多く販売されておりスマホゲームから据え置き、パソコンゲームまで幅広い種類のゲームが存在している。ヒット作ともなれば、続編を作り……さらにシリーズ化を目指すのが定着していた。
 女の子達が好む恋愛シミュレーションゲームを乙女ゲームと呼び、人気タイトルが増えてから久しい。その中の一つが【夢見の聖女と彗星の王子達】だった。

 学校の休み時間に女子中学生達が、女の子向けの情報誌を片手にゲームの最新情報を交換するのも珍しくない光景だ。

『ねぇ気づいた? 夢見の聖女と彗星の王子達って、実はタイトル通り夢オチエンドなんだって。結局、隕石が堕ちて来るのを防げなくて主人公のカルミアは、最後は眠ったように死んじゃうんだとか』
『えー……ショックかなぁ。けど、何となく夢オチエンドになりそうな雰囲気っていうか。伏線が張られているっていうの。そういう描写が多かったかも。虹色の薬とかさ』
『ふぅん。それで、続編の主人公はカルミアじゃなくて、お姉さんのルクリアなんだぁ。あれっ正確にはルクリアの娘が主人公なんだっけ? 世代交代ものっていうの。よく分からないや』

 ストーリーの都合上、主人公の異母姉であるルクリア・レグラス嬢は、ゲームの中盤で婚約者であるギベオン王太子と破局し、隣国へと追放されてしまう。
 これは、主人公のカルミアがギベオン王太子を攻略対象として正式にアタック出来るようになるための通過儀礼に過ぎない。だが聖女カルミアの都合により、半ば強制的に隣国送りになるルクリアが、続編では勝ち組として重要なポジションを務めるのだ。

『これってつまり、隕石による死亡ルートを逃れたルクリアだけが勝ち組だよねぇ。しかも、隣国の財閥に嫁ぐことになるんでしょう。ギベオン王太子が相手じゃなくても、それなりに良い暮らしをしてそう』

 ルクリアの夫として紹介されている人物は、初代作品ではあまり注目されなかったジェダイト財閥の男性だという。
 既に夫婦となっている二人はとてもお似合いで、ルクリアの方は学生時代の面影を残した品の良い美女。ルクリアよりも三歳年下だという夫の方は、黒髪に翡翠色の瞳が特徴の美形である。いかにも勝ち組夫婦といった風貌の二人の娘が、次世代の主人公なのだから、次のストーリーはきっと派手な構成のだろうと予想された。

『まぁ乙女ゲームの主人公は名門校に通って王子様達の恋愛対象になるわけだから、二代目主人公の家はそれなりじゃないと話が成り立たないんじゃない?』
『財閥のご令嬢が主人公って、お金持ちストーリーって感じだよね。あれっ……けど、没落貴族とも書いてあるし……将来は財閥ってピンチなのかな』

 いろいろと謎が多い設定の続編に興味津々の女子中学生達だが、ふと少女の一人が疑問を呟く。

『けど、絶対にギベオン王太子とルクリアは破局しなきゃならないの? 好き同士みたいだったし、二人が破局しない世界線があってもいいんじゃない』
『ほら、それはさ……制作の都合。もとい、主人公カルミアの攻略対象を増やすための都合でしょう!』

 ちなみに婚約破棄の理由はルートによって様々であり、異母姉妹の確執が原因という説もあれば、ギベオン王太子にもルクリアにもお互いに好きな異性が出来たという一般的な破局理由の場合もある。
 何はともあれ、ストーリーの都合上、ギベオン王太子はルクリアと別れてくれればそれで良いという不自然なまでの強制的な流れが構築されていた。それはもう、神が定めた運命のようなものだった。

 けれど、もしそんな破局が確定している未来を、恋をしている最中に教えられたら……その時ルクリアはどんな風に感じるのだろうか。

 別に自分の事ではないのに、プレイヤーの少女はその答えが妙に気になってしまった。

 そしてその答えは、異世界転生者として運命に翻弄されるルクリア・レグラスにとっても未知のものなのである。


 * * *


 異世界の時刻は、地球とは違いまだ朝だった。伯爵令嬢ルクリア・レグラスは『助けてくれたお礼に貴重品を見せてあげる』と、三歳年下のネフライト君に誘われて財閥所有のマンションに遊びに行くことになっていた。

「おや、ルクリア。今日は何だか珍しくカジュアルなファッションだね。ジェダイト財閥の……弟君に招かれているのだったな。助けてくれたお礼がしたいとか何だとか」
「えぇお父様。相手はまだ中学一年生だし、変に大人びたファッションで行くのも良くないし。一応ワンピースだけどアウターは気取らずにダウンで、カジュアルな装いを心掛けたの。どう?」
「ふむ、たまにはいいんじゃないかな。相手は子供だし、やることがなければゲームの遊び相手でもしてくれば。婚約者のギベオン王太子も了承しているしな。これが兄上の方だったら大騒ぎだっただろうが」

 これが彼の兄であるアレキサンドライト氏の方から誘われていたら『デートの誘いなのではないか』とギベオン王太子に反対されていたかも知れない。十六歳のルクリアと十三歳のネフライトは年齢こそたった三歳しか変わらないが、中学一年生と高校一年生という見た目年齢の差異が出やすい年頃のせいで、とてもじゃないが恋愛関係に進展するようには見えない。

 すると、一連の流れを見守っていた異母妹のカルミアが、話に割って入ってきた。

「そうとも限らないわよ、ルクリアお姉様、それにお父様。今はまだ子供っぽい弟君の方が、案外お姉様に対して本気かも知れないじゃない。まだ子供だからすぐにどうこうはないだろうけど、よく映画やなんかでも子供の頃に憧れていた初恋のお姉さんを、大人になってから奥さんにする流れの話があるでしょう。相手は権力のある一族だし、ギベオン王太子ですら危ういんじゃないの」

 カルミアからすると、乙女ゲームのその後の流れを特典映像で少しだけ知っているため、ネフライトとルクリアが将来的には結ばれる可能性が高いことを知ってしまっていた。だが、今現在の容姿がどう見てもチグハグであろう二人の間をぶち壊す気にもならず。むしろこのまま上手い流れで、そのマセガキに見初められてさっさと隣国送りになって欲しい気分だった。

「ははは……! 確かにそういう映画作品もあるだろうが、ネフライト君が婚姻年齢になる前に、ルクリアはギベオン王太子に嫁いでしまう予定だからね」
「そ、そうよ! それに初恋だなんて、ネフライト君にもいろいろプライベートがあるでしょうし。勝手に気持ちを決めたら失礼になっちゃう。とにかく、今日はそういう訳で出掛けてくるから……!」

 ペットのミンク幻獣を連れて出掛けるルクリアは無意識に嬉しそうに見えて、乙女ゲームのシナリオからは誰も逃げられないのではないかとカルミアは不安を覚えた。

 乙女ゲームの展開通りに進むことが、カルミアの望みのはずなのに無性に胸騒ぎがしてしまう。その理由をカルミアはまだ見出せずにいた。
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