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正編 第一章
第16話 断髪で消える自我〜カルミア視点03〜
しおりを挟む「うわぁ。もしかして、貴女……本当に女子高生になるかならないかくらいの魂なのね。今まで、色んな女の子がカルミア・レグラスの中で乙女ゲームをプレイしたけど、ここまで魂がリンクしている子は初めてよ」
「そ、そうだったんですか。その、ありがとうございます……?」
「もうっ敬語はやめてよね! 夢見の聖女カルミアは、人懐っこくて誰からも好かれる優しい女の子なのよ。初対面だとしても、フレンドリーに接しないと好感度の数値を上げることは出来ないわ」
試着室の鏡の中から突如として現れた【本物のカルミア・レグラス】に、転生者のカルミアは心臓が飛び跳ねるほど動揺した。だから、まだ魂としては初対面にして赤の他人という感覚のあるカルミアに対して敬語になってしまったのだ。
だが、本物のカルミアの指摘通り乙女ゲームの主人公は人懐っこい、悪く言えば少しばかり馴れ馴れしいキャラクター設定である。けれど、俗に言う主人公補正が効いているせいで、彼女がどのような言動をしても何故か好意的に解釈されてしまう。
「こ、好感度……ですか」
「そうよ、好感度はこのゲームの中で一番大切な要素なの。話し声もぶりっ子すぎても良くないし、だからと言って大人しすぎてもダメね。ナチュラルにまるで寄り添うように、愛らしさと親しみ、それから明るさを感じさせるように話して。それが私、カルミア・レグラスが主人公である証拠よ」
極めてプレイヤーに優しく、都合の良い設定が実装されているのだとばかり思っていたが。実のところ【本物のカルミア】は、他人との距離感を縮めるように計算ずくであのようなキャラクターを演じているようだ。
(これって、本物の乙女ゲームのキャラクターカルミア・レグラスよね。私、今ゲームのキャラクターと会話しているの?)
今まで自分自身が乙女ゲームの主人公キャラクターの転生者である自覚はあったが、まさか本物がドッペルゲンガーのように鏡の中から現れる日が来るとは想像すらしていなかった。
おそらく、乙女ゲームの正式コスチュームである王立メテオライト魔法学園の制服に袖を通したことで、自身の肉体が乙女ゲームの主人公であると認定されたのだろう。
「ふぅん……けど、それにしても見れば見るほどそっくりよね。けど、鏡のように完璧な貴女にも実は相違点があるわ! それはズバリ、髪型よ。カルミア・レグラスは可愛くてちょっぴり活動的な女の子なの。だから、髪型はボブヘアーでなければダメ。貴女の髪型って、ツインテールってやつよね」
「あっ……うん。若いうちしか挑戦出来ない髪型だし、前世では校則が厳しくて出来なかったから」
「ダメよ、切りなさい。ツインテールじゃ、男性向けの萌えキャラクター要素が強すぎるわ。どんなにツインテールが可愛くても、このゲームは乙女ゲーム……女性向けと言うジャンルなの。安易に男性プレイヤーに媚びるより、女性プレイヤーの心理に寄り添ってちょうだい。それでもついて来てくれる男性プレイヤーはいるはずよ」
確かに鏡の自分と会話しているくらい二人はそっくりだが、髪型だけは似ても似つかなかった。乙女ゲームの正式なイラストでは、カルミア・レグラスはいつも肩にかかるくらいのボブヘアーでカチューシャを着けている。だがそれは、パッケージやオープニングシーンなどの初期設定のみの要素のはずだ。
「あ、あのね……カルミア。夢見の聖女って、追加コンテンツで髪型を変更することも出来るんだよ。だから、私の場合は個性を出してツインテールで学校に通いたいなあって」
「追加コンテンツ? コンテンツを増やしてもいいのは、一旦学校の年間行事をクリアしてからのはずだわ。殆どのプレイヤーはカルミアの身につけているカチューシャのデザインで、季節や行事を推測するのだもの。製作者の親切な設定を、貴女の勝手でぶち壊しにするのは無しよ!」
カチューシャの色やデザインは季節や行事ごとに異なり、彼女のカチューシャから今どのようなイベントが開催されているのか推測出来るのだ。
それくらい、カルミアというキャラクターにとってボブヘアーとカチューシャは切り離せないものと化していた。
まさかその設定が、行事認識を狙った製作者の意図だったとは。しばらくの間、ゲームから離れる期間があっても復帰しやすいように配慮したのかも知れない。
「分かったわ、次の休みの日の美容院に行ってボブヘアーにしてもらうわね。まだ入学すらしていないわけだし、それまでツインテールでもいいでしょう?」
「……貴女、そのカルミア・レグラスの制服姿で、もうツインテールヘアを実行するわけ。既に、合格通知を貰って時点で、乙女ゲームは始まっているわ。制服を試着している段階で、ボブヘアーでなければならないのに。そうだ! 今、髪を切ればいいのよ」
「えっ……一体、何を言ってるの?」
とても良いことを思いついたと言うようなキラキラと輝く瞳で、本物のカルミアは試着室の備品として設置されていたハサミを手にした。そのハサミは洋服のタグや紐を切るために用意されているもので、どう考えても髪を切るための道具ではない。
(無謀だわ……無理がある。しかも、こんな試着室で……流石は乙女ゲームの主人公、他人の気持ちなんか微塵も考えていない。悪く言えばサイコパス……!)
「じゃあ、いくわよ!」
「えっやめて、いやっ……きゃああああああっ」
ザシュッ! ザシュッ!
ガタガタガタ……!
試着室から突如として悲鳴と何かを切る不吉な音がして、女性の教師が慌てて中の様子を確認しに来た。中では、高等部より新入生として入学予定のカルミアという少女が、何者かの特殊な魔法によって髪を無残に切られているところだった。
カルミア以外は誰もいない空間で、宙に浮いてカルミアを襲うハサミを停止魔法で止めて無事を確認する。
「貴女、大丈夫だった。まぁ……せっかくの綺麗な髪が、こんなにばっさり……可哀想に怪我はない? けど、一体誰がこんなひどい魔法を、新入生への嫉妬かしら?」
「いえ、私がきちんと夢見の聖女カルミア・レグラスらしく振る舞わなかったから、神様が怒ったんだわ。誰のせいでもない……きっとそうよ」
その時から、転生者カルミアは自分自身がより一層カルミア・レグラスに成りきらなくては命すら危ういことに気づいてしまう。そしてそれは、彼女を完全に自我を失わせて乙女ゲームの世界へと没頭させるきっかけになるのだった。
試着室には美しい金髪ツインテールのフサが、無惨な形で取り残された。まるで前世の記憶や彼女の自我を、断髪と共に切り捨てるように。
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