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正編 第一章

第10話 氷の加護を持つ令嬢

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 オークションハウスは古代神殿とオペラホールを融合させた神秘的な外観で、入り口では神話の神々の像が出迎えてくれる。元々は音楽ホールとして建設を予定していた建物だったが、途中で計画が頓挫してジェダイト財閥が権利ごと買い取ったそうだ。

 魔法都市国家メテオライトの次期国王であるギベオン王太子は、今回は私用でオークションハウスを訪れている。そのため、他の参加者と同じく贔屓なしで平等に、オークションに参加することになるのだが、やはり世間は彼を放っておかなかった。

「いやぁ。オープン早々に、ギベオン王太子が我がオークションハウスに遊びに来てくださるなんて光栄です。私、ここのオーナーを務めておりますアレキサンドライト・ジェダイトと申す者です」
「こちらこそ個人的な用事で訪問したのに、わざわざすみません。一応、婚約者との個人的なデートということになっていますので、ご配慮お願いします」
「えぇ、もちろん。取材などは今回シャットアウトしておきますのでご安心を」

 特に隣国のジェダイト財閥御曹司は、ギベオン王太子と会えるのを楽しみにしていたらしく、会場入りするとすぐに挨拶にやって来た。続いて、パートナーとして同行しているルクリアとも握手を交わして挨拶をする。

「初めまして、ルクリアさん。実は数日前、うちの弟のネフライトが貴女に握手してもらったとかで。弟はまだ子供っぽさが抜けなくて迷惑をかけるかも知れませんが、これからも宜しくお願いしますね」
「いえ、こちらこそ。それにネフライト君はすごく堂々としっかりしていて、私の方が見習う面もあると思いますわ」

 小冊子の写真で見るよりもさらにイケメンのジェダイト氏だが、意外と弟のネフライト君にも似ている気がしてルクリアは彼に良い印象を持った。
 もし、弟よりも先にジェダイト氏と出会っていたら、もう少し近寄りがたい印象を抱いていただろう。まだあどけない中学生の弟と似ているというだけで、こうも抱く印象が違うとは。先入観やイメージというのは不思議なものだ。

「ふふっ。そういえば、ここに来る途中で弟のネフライトに会いませんでしたか? 実は今日、あの子もこの会場に家族枠で遊びに来ているんです。本来は立ち入りが出来ない年齢なので、目立つと思うんですが」
「ネフライト君が? ねぇ、ギベオン王太子。貴方、ネフライト君を見てない?」
「いや。しかし、運営者の家族だし迷子になったとしても誰かがすぐ保護してくれる……」

 ドゥウウンッ!
 立ち入り禁止区域の廊下からも聞こえて来る、銃声に似た音に思わず嫌な予感がして全員が震える。

「今の音は、まさか銃で誰かが撃たれた」
「そんな、オークション会場は手荷物検査で拳銃は所持出来ないはず。となると、スパイか何かが?」
「情報によると、封印されていた強力な幻獣が逃亡して、それを捕獲しようとオークション参加者が暴走したとか」
「オーナー! まだ会場や外の人々には銃声事件はバレていませんが、もし本当に何か事件でしたら避難が必要です。本日のオークションを続行するか否か、判断をお願いします」

 突然の銃声に、警備員も駆け出して何やら慌て出した様子。困惑するスタッフ達、運営者にオークションの開催を継続するか否か、判断を求める声も。

「くっ……。もちろん、人命が第一優先に決まっている。それに、今行方が分かっていない人間なんてうちの弟だけなんだぞっ」
「えぇっ? 今、行方知れずの子供ってネフライト君だけなのよね。万が一、誰か悪い人に狙われて……ということもあるわ。幻獣だって危険生物かも知れないし。助けに行かなきゃ!」
「ルクリアさん。そういうのは、プロの警備員に任せた方がいろいろと安全です。ルクリアさん……!」

 ちょっとした知り合いとはいえせっかく懐いてくれた後輩ネフライトのピンチに、居ても立っても居られなくなったルクリアは駆け出して銃声の方角へと行ってしまった。

「ルクリア、まったく……。キミってヤツは」
「なんてことだ! ギベオン王太子、ルクリアさんまで人質に取られたら……」

 異常なまでに冷静にルクリアを見送ったギベオン王太子に、ジェダイト氏は違和感を覚える。だが、ギベオン王太子の答えは意外なものだった。

「……おそらく、犯人が身動きの取れない氷漬けになるでしょうね。仕方がない、ここは我が国トップクラスの魔力を誇る彼女に任せるしかない」
「えっ……それはどういう?」

 まるで、犯人よりも幻獣よりも遥かに伯爵令嬢ルクリアの方が、強いかのような言い回しだった。

「我々の国では、国民のひとりずつが優秀な魔法使いとして育成されています。生まれた時に星の巡りで決まる精霊の加護の元に、その者の魔力傾向が定まっていく」
「えぇ。それは存じてます。ではルクリアさんも……精霊の加護を?」
「はい。伯爵令嬢ルクリア・レグラスは、冬を司るとされる【氷の精霊ベイラ】の加護を持つ絶対零度の魔法使い、即ち氷の令嬢だ。彼女の強い魔力に嫉妬して、ついた渾名ですが。こういう時だけは、彼女が氷の令嬢で良かったと思います。魔力反動があるものの、この冬の季節に誰も彼女を殺せませんから」
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