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正編 第一章
第08話 未知のアイテムに想いを馳せて
しおりを挟む次の休みの日がやって来た。
約束通り、ルクリアはギベオン王太子とオークションデートをすることになっていた。先日、父親におやすみなさいの挨拶をする前に部屋から聞こえて来た異母妹と父親の会話を振り返る。
『ねぇ、お父様。私、今日は制服注文会なんだけど、今回の制服ってデザインが一新されるから全学年の生徒が注文出来るわよね。もっもし、ルクリアお姉様が暇なら私の荷物持ちくらいさせてやってもいいかなって』
『おぉカルミア。可哀想だが、制服注文会はメイドのローザと二人で行ってくれ。実はな、今日はルクリアはギベオン王太子とのオークションハウスデートで制服注文会にはいけないのだよ。男のワシが女子生徒の着替えの現場に立ち入ることは出来んし』
『えぇっ? オークションハウスなんて、どうでもいいじゃない。ギベオン王太子だって王立メテオライト魔法学園の生徒なのに、学校の予定よりも優先するオークションハウスってそんなに重要なの』
『当たり前じゃないか。あの隣国の有名なジェダイト財閥が作ったオークションハウスに、プラチナランクチケットで参加するんだぞ。ギベオン王太子は次期国王……隣国との経済的な付き合いとか、いろいろと大人の事情があるのだよ』
運良く異母妹カルミアは、新入生の制服試着会と入学説明会で不在のため、邪魔されずに済むはずだ。まさか例の乙女ゲームの攻略本が、オークションハウスで取引されているとは思っていないらしく、カルミアはオークションそのものに関心すら無さそうだった。
まだ高校生のルクリアとギベオン王太子だが、高級オークション会場の年齢制限は高校生以上となっていてチケットさえあれば出入りすることが出来る。
品の良いツイードのセットアップワンピースとコートを着て準備完了。一見、高そうな服に見えて意外とリーズナブルなのも、高校生らしさを失わないめの配慮だ。
「お嬢様、かつて奥方様が着ていた本物の毛皮のコートもありますが」
「ううん。最近はミンクも貴重だし、私はこっちの方がしっくりくるわ。そのうちミンクをペットとして飼ってみたいし」
「まぁ! ミンクがペットなんて、そっちの方がいつでも暖かそうでいいですわね」
軽く冗談をメイドと交わして、自室を出て父親に挨拶してからギベオン王太子の迎えを待つことに。
「ルクリアや、今日は一段と美しいな。まるで死んだ妻が、あの頃の姿で戻って来たかのようだよ」
「お父様ったら、本当にお母様のことが大好きだったのね……」
だったら何故、最愛の妻の妊娠中にメイドと浮気をして、あの異母妹を誕生させてしまったのかと問い詰めたい気持ちもあったが。大事なオークションの用事を済ませる前に父親と喧嘩をして、外出不能になりたくないためルクリアは堅く口を閉ざした。
「おやおや、流石のルクリアも高級オークション会場に行くとあっては、緊張しているのかな。表情がおかたいぞ! こんな時は、リラックスだよリラックス。ワシも次の楽器の演奏会に向けて、いつもリラックスのイメージトレーニングをしているぞい」
「ふふ。アドバイスありがとう、お父様。そろそろギベオン王太子が来るはずなんだけど」
無神経な父親にイラつく気持ちを抑えつつ、澄ました表情で紅茶を飲みながら平常心を装う。しばらくすると、軽快なチャイムの音が響いてギベオン王太子がやって来た。
「待たせて済まないね、ルクリア。手続きに手間取ってしまって。おや、今日はちょっぴり大人っぽいチョイスだね、似合っているよ」
「ギベオン王太子もいつもと違うオールバックヘアに黒のロングコートで、仕事の出来る男って感じだわ。これなら、オークションの落札も期待出来そうね」
まだ年齢的にはギベオン王太子も高校生のはずだが、黒のロングコートに普段は下げている前髪をオールバックに纏めていて、遣り手のエリート商社マンのようだ。
「ははは! 二人とも今日は大人びてて、社会人への第一歩という感じだな。オークションの結果はともかくとして、こういうのも社会勉強の一つだ。そうそう、良さそうな民族楽器があったら落札をお願い出来るかね。軍資金として……ほら、お父さんのブラックカードだ。ついでにお前達の欲しいものにも、好きに使っていいぞ」
「えっ……お父様、このブラックカードは……。楽器の値段なんか遥かに上回るんじゃ?」
レグラス伯爵が今凝っている民族楽器は、よっぽどのものではない限りそれほど高額ではない。ブラックカードなんか無くても、最初に準備した資金で買えるものばかりだろう。
「いいかい、ルクリア。一番大切なものは、何があっても手放しちゃいけないよ。それは本来だったら、お金では買えないものなんだ。しかし、オークション会場は話が別。札束で殴り合う戦場だからね」
「……ありがとうございます。お父様!」
思わぬ軍資金を得て、万全の状態でオークション会場へ。
* * *
移動中の車の中でギベオン王太子とオークションの概要を再確認する。
「えぇと……説明文を読むわね。今回のオークションのテーマは、禁じられた魔法書籍とそれにまつわる道具や生物だ。未来を予言してあるというこの世界をゲームに見立てて書かれた【攻略本】や、異世界のゲートを繋ぐ未知の音を奏でるという奇跡の楽器。また、ペットを飼う許可申請が必要になるが、モフモフした毛並みが愛くるしい幻獣も出品される。ですって」
ここにある攻略本というのは、おそらくカルミアが既に入手している攻略本と類似の商品だろう。あくまでも類似品としているのは、攻略本の類は幾つかの出版社から発売されることもあり、全く同じものかは分からないからだ。
例えバリエーションの違う攻略本だとしても、カルミアだけが未来について詳しくて自分達だけ知らないのは不利である。
正確にはギベオン王太子はルクリアよりも多くの情報を持っていそうだったが、まだまだ情報不足という雰囲気で未来を知るのに必死になっているように見える。彼の中ではきっと、未来への対処法の解決策が見えていないのだろう。
「僕が気づいたのはこの攻略本の部分だけだったけど、レグラス伯爵はきっと奇跡の楽器について気にしてたんだろうな。もしご縁があれば、本当にレグラス伯爵が欲しがっている楽器も手に入るといいね」
「えぇ。それにメイドとペットの話をしたばかりだし、幻獣っていうのも気になるわ。何だかワクワクしてきちゃった!」
軍資金をくれたレグラス伯爵への配慮なのか、異世界へのゲートを開くという伝説にも興味があるのか。ギベオン王太子はメインアイテムの一つである奇跡の楽器も落札対象として、検討しているようだ。
また、ルクリアもミンクをペットに飼うという話をメイドとしたばかりで可愛らしい幻獣がいたら、ぜひ飼ってみたいという気持ちになっていく。
初めてのオークションと未知のアイテムに想いを馳せながら、ルクリアとギベオン王太子は車の中で明るい未来を想像出来るような話に花を咲かせていた。
そしてオークションの品々だけでなく、新たな因果の持ち主との出会いも、ルクリア達を待っているのだった。
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