追放される氷の令嬢に転生しましたが、王太子様からの溺愛が止まりません〜ざまぁされるのって聖女の異母妹なんですか?〜

星里有乃

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正編 第一章

第05話 国が滅んだ日

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 虹色の薬が見せる夢は、乙女ゲームの世界で実際に起きた行動記録だった。

 タイムリープ以前の記憶を一時的に掘り起こす【夢見の乙女】を作る虹色の薬こそが、ゲームのタイトルである『夢見の聖女と彗星の王子達』の正体と言えるだろう。夢見の薬を所有する彗星の王子ギベオンは、彼女を誘う魔法使いと言うべきか。

 だから、この乙女ゲームの真の聖女は主人公カルミアではなく、滅びの悲劇から追放された事により免れた氷の令嬢ルクリアなのだが。その秘密はあくまでも裏設定として保管され、いずれリリースする予定のスピンオフゲームのためにとっておかれた設定だ。

 即ち、これから始まる夢見は過去の伯爵令嬢ルクリア・レグラスのものであり、これから起こる未来の可能性の一つでもあった。


 * * *


「お願い、出して! ここから、出して!」
「申し訳ございません、ルクリア様。貴女様は現在、聖女を卑劣な手で殺そうとした殺人未遂の疑惑がかけられています。例えそれが、聖女カルミア様の虚言だとしても今は大人しくして欲しいのです」
「そこまで理解しているなら、何故?」

 卒業記念パーティーで異母妹である聖女カルミアを卑劣な手で虐めて殺そうとしたという疑惑をかけられた氷の令嬢ルクリア。王太子ギベオンから婚約破棄されたルクリアは、一定期間監視するという名目で王宮地下の牢に投獄されていた。
 小洒落た扉は一見すると普通の個室だが、明かり取りのためにつけられているはずのガラス窓部分に格子がついていて普通の個室ではないことが窺える。

「理由はどうであれ、【滅びの予言を持つ我が国を救えるのは夢見の聖女だけ】とされている限り、我々は聖女カルミア様に逆らうことは出来ないのです」
「もちろん、つい最近まで王太子と婚約していた女性を、手のひら返しで冷遇するのはギベオン王太子の名誉にも関わります。どうか、追放という名目で隣国に逃れるまで我慢して下さい」
「ルクリア嬢。貴女の引き取り先は、隣国のジェダイト財閥です。ジェダイト財閥には若く著名な御曹司もいますし、貴女にとって悪い条件では無いはずだ。次男の方が貴女に一目惚れしたらしく、婚姻出来る条件が揃った場合は是非に……と。そのまま嫁ぐなり何なりすれば、良い人生が開けますよ」

 そのため、体裁上はそれなりの牢……貴族や上級階級者を閉じ込めるための特別な個室で監視という処遇となった。隣国に送られるまでの数日間、暗い地下の個室で我慢するだけということだが、ルクリアの心は牢に閉じ込められるよりも窮屈だった。

 とても有名な隣国のジェダイト財閥の次男がルクリアを密かに見初めていたという話だが、我が国は隣国財閥の経済参入をあまり快く思っていないようだった。途中まで話が進んでいた財閥が仕切るオークションハウスの進出も、ギベオン王太子の一言で計画中断となった。
 本来は頑丈な音楽ホールとして造られたオークションハウスには、防御力の高い地下施設もあったという。その建物さえ完成していれば隕石の衝突時の避難場所が一つ増えていただろう。何もかもが上手くいかず、きっと滅びの日を迎えるためにここまで来てしまったのだ。

(ジェダイト財閥の御曹司か、一体どういう方なのかしら。氷の令嬢と揶揄されている私なんか、見初める人がいたなんて。けれど、お会いしたことすらない素敵な男性よりも、やっぱりギベオン王太子のことが忘れられないの。それとも気づかずにそのお方に何処かでお会いしたとか? 分からないわ……)

 国内随一の名門校王立メテオライト魔法学園の卒業記念パーティー、という目立つ場所でされた婚約破棄とルクリア嬢の追放宣言。傍観者としてやり取りを見ていた生徒たちの口コミで、あっという間に噂は広まり不仲の異母姉妹がついに決裂したと評判になっていた。


 * * *


『ねぇ聴いた? ルクリア様、ついに投獄されちゃったんだって。噂によると異母妹のカルミア様がいろいろな手で邪魔な姉を嵌めたとか。冤罪で投獄なんて、やっぱり異母姉妹って仲が悪いのね』
『けどさぁ、わざわざ学園の卒業記念パーティーを利用して婚約破棄と追放劇を行わなくてもいいと思わない? 私達みたいな立場の弱い生徒からしたら、一生の記念日に残る卒業記念パーティーを、異母姉妹の喧嘩に乗っ取られたって感じ』
『仕方がないよ、だってこれからこの国は【夢見の聖女カルミア様】の絶対支配下に置かれるんだから。あーあ、変な時期にこの国の学校に入学しちゃったなぁ。早く自分の国に帰りたい!』


 真の聖女であるルクリアは、その氷魔法の凄さから氷の令嬢という別の異名を与えられていた。彼女が初めて夢見の聖女となるために必要な能力こそが、他の誰にも引けを取らない氷の魔法なのだが。それは、この国が滅亡の憂き目に遭ってからようやく判明するもの。
 誰もその事実に気がつかないまま、ついにその日はやって来た。


『大変だっ! 隕石が……隕石が、神殿に堕ちると観測予報が出たぞっ。ついに、その日が滅びの日が来たんだっ』
『皆さん、落ち着いて下さい。予言によると夢見の聖女の導きに頼れば、我々は滅びから逃れられるとされています。聖女カルミア様の祈りに身を任せましょう』
『押さないで下さい。神殿の中はまだ安全です! 一番安全なのは神殿です』


 かつて、メテオライト国は巨大な隕石が落ちて氷河期を迎えた国とされていた。永く永く続いた氷の時代が終わり、過去の戒めを忘れぬようにこの国はメテオライトという国名が付けられた。そして、隕石が落ちるという予言を受けた年に産まれる王太子の名を、隕石の意味を持つギベオンと名付けよと神から義務付けられていた。

 つまり、この国に彗星の王子……ギベオン王太子が存在する時は、隕石による滅びの氷河期が近づいている証拠なのだ。

 天から美しいブルーグレーの光が降り注ぎ、この国の地を淡く染める時、氷の時代が再びやって来る。皮肉なことに、強力な魔法陣がかけられた地下に閉じ込められていた氷の令嬢ルクリアだけは、この国でただ一人の生き残りとなるのである。

 ドォオオオン!

「おっおい! 一体、何の音だ。まさか、本当に隕石が堕ちたのか。誰か、様子を見て来い」
「しかし、ルクリア嬢の見張りはどうするんだ。一応は、隣国に移送するまで逃がさないようにとの命令だっただろう」
「どうせ、我々が見張っても逃しても、最終的な展開は変わらない。ルクリア嬢の身柄は隣国のジェダイト財閥が引き取ることになるんだ。無理に見張らなくても、本当の意味では逃げる場所なんかないだろう。なんせあの巨大財閥のお坊ちゃんがどうしても……と求愛してるんだからな。今は、王宮内の安全確認が優先だ」


 地下室にも響いてくる衝突音は、おそらく隕石が何処かに堕ちた音だった。ルクリアを閉じ込めるための魔法陣を施した主も魔力切れになったのか、やがて魔法陣の紋様は掠れて消えていき、ルクリアを閉じ込めることは難しくなった。

 簡単な施錠なら【氷の令嬢ルクリア】の持つ氷魔力で、突破して外に出ることは可能だ。


(嗚呼、探さなきゃ。ギベオン王太子を……貴方を救うために、例え貴方が私を嫌ったとしても、まだ私は……!)

 隕石衝突により天幕は破けて、氷が国中を襲う。生まれながらに氷の魔力を持つルクリアのみが、この国を駆けて救いの手段を探すことが出来る。例え報われない愛だとしても、未だ想いを残したギベオン王太子のために。

 夢見の薬によりルクリアが思い出せるタイムリープ以前の記憶は、ここで途切れていた。
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