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正編 第一章

第03話 お姫様のような彼女

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 気がつけばルクリアの身体は熱く、異母妹への不安による頭痛ではなく、普通に風邪を引いていたようだ。

「おぉっルクリア! 大変だっ。ベッドまで運んでやらないと……」
「そういうことでしたら、このメイドの私がお嬢様をお運びしますゆえ、旦那様はお下がりください」
「いやいや、やはり父親の責務でワシが!」

 目眩と共に倒れたルクリアを、屋敷のメイドや父親が運ぼうと話し合っていると、聴き覚えのある男の声が響いてきた。皆が振り返ると、亜麻色の前髪を揺らして微笑む、貴公子を体現したような長身の美青年の姿。

「その役目、婚約者の僕が適任なのでは?」
「あっ貴方様は、ギベオン王太子! そういえば、カルミア様の合格記念パーティーに参加される予定でしたね。実は……ルクリアお嬢様が風邪で倒れられまして」
「うん。だからね、僕の大事なルクリアに触れるのは婚約者の僕が相応しいんじゃないかって。ほら、ルクリア……掴まって」

 先程まで何処からともなくルクリアを突き刺していた冷たい視線は、ギベオン王太子の介入によって断たれたようだ。今は柔らかく優しいブルーグレーの眼差しが、ルクリアを悪意の視線から守ってくれている。
 水色のネグリジェとベージュのカーディガンという寝巻き状態のルクリアを、ギベオン王太子は軽々とお姫様抱っこで持ち上げた。

「あー……お姉様だけズルいっ。私も、ギベオン王太子様にお姫様抱っこしてもらいたいっ」

 まるで御伽噺のワンシーンを絵に描いたようなお姫様抱っこに、異母妹カルミアは嫉妬の声を漏らす。

「こら、カルミアやめなさいっ。ルクリアは本当に病気なんだぞ。すみません、ギベオン王太子様……娘が手を煩わせてしまって」
「いえ、お構いなく。ところでこれから、年頃のお嬢さんを婚約者の男が部屋に運び、二人きりとなるわけですが。お父様は、僕を信頼してくれたと解釈して宜しいですね」

 ギベオン王太子の言わんとしている言葉の意味を、レグラス伯爵とて理解出来ない訳ではない。ようやく十六歳になった娘のルクリアは、親の贔屓目なしに考えても見目麗しく成長した。

 妖精のような色合いの銀髪碧眼、透き通るような白い肌、そして華奢な身体に似合わず豊満な胸元が男をその気にさせるようになってしまったことぐらい気づいている。何故なら、レグラス伯爵が若い頃に一目惚れして夢中になった亡き妻の在りし日の姿に、日に日にルクリアは近づいているのだから。

 もちろん、実の娘を不埒な目で見たことは一度たりとてなく、ただひたすら目に入れても痛くないほど可愛いだけだが。それでも、やはりあの美しい妻瓜二つに成長したルクリアが、どれほど男にとって魅力的か……亡き妻の思い出を振り返り苦しい気持ちになった。

 万が一、ルクリアの身に何かが起きても、二人きりになることを許可したレグラス伯爵の責任という事になる。例え二人が将来を誓い合った婚約者だとしても、婚姻するまでは清い関係でいると契約していた。
 けれど、紙の上の契約なんて若い男にとっては、破るためにあると考える場合もある。つまりは、ギベオン王太子の人間性を見るしかないのだ。


「もっもちろん……ギベオン王太子様が、一番信頼出来る異性ですから」

 ようやく出たセリフは、ギベオン王太子を信頼するという念を押した形のものだった。彼ならば、娘を傷物にするはずがないという意味の遠回しなセリフ。

「ふふっ。ありがとうございます」

 父親の許可を得られたことで堂々と、ギベオン王太子はルクリアをしっかりとお姫様抱っこしたまま二階へと上がっていった。


 * * *


「ちょっとぉ、お父様! なんでお姉様とギベオン王太子様を二人っきりにしちゃったのぉ。そう言う仕事はモブメイドにでもやらせておけば良かったのに。万が一、何かあったら私が乙女ゲーム主人公になる前に、お姉様が授かり婚しちゃうじゃないっ」

 一方、金髪のツインテールを揺らしほっぺたを膨らませてぶりっ子しながら、文句を言うカルミアは日に日に母親である妾にそっくりとなっていた。レグラス伯爵が最愛の妻の妊娠中に魔が差して、メイドの女と浮気した末に産まれたのがこのカルミアだ。頭の悪そうな喋り方に反して、意外と機転がきくあたりが遣り手の母親に似たのだろう。

 妾の子というコンプレックスから、自分の前世は異世界人だの乙女ゲームの主人公として転生しただのの問題発言を其処彼処でしているらしく、レグラス伯爵の頭痛の種だ。
 けれど、馬鹿な子ほど可愛いという格言通り。可哀想な出自の、若干捻くれたところのある次女カルミアも、レグラス伯爵の可愛い娘なのであった。

「こら、ギベオン王太子様はとても紳士的な方なんだ。そもそも、お前はその乙女ゲームとやらからはそろそろ卒業する年頃なんじゃないか? 今までとは違う名門校に入学するんだ。遊んでばっかりいたら、あっという間に落ちこぼれるぞ」
「聖女の私が、落ちこぼれるなんてあり得ないしっ! あーあ、早く入学式のイベントまで辿り着いて私の乙女ゲームが始まらないかなぁ?」

 ガッカリした目で部屋を出る二人を見送るカルミアを宥めて家族の団欒に再び戻るレグラス伯爵。メイド達もカルミアの合格記念パーティーの準備に取り掛かりながら、ルクリアの病人食も同時に作る。

 慌しく忙しい中、いつかカルミアにモブメイドと小馬鹿にされた女が暗い眼差しで、ギベオン王太子が立ち去ったドアをじっと見つめていた。
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