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正編 第一章
第01話 いつもの悪夢
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――夢見が悪いのは、いつもの事だった。
いつからか、伯爵令嬢ルクリア・レグラスは王太子から婚約破棄を言い渡されて、異母妹カルミアに対する嫌がらせの濡れ衣を着せられ……。挙句、家からも国からも見捨てられ、追放される夢を見るようになった。
「伯爵令嬢ルクリア・レグラス。貴様が聖女に選ばれた異母妹カルミアに嫉妬し、いちいちひどく叱り陰で様々な嫌がらせをしていたという話を耳にした。氷の令嬢との異名を持つだけあって、それほどひどい女とは……」
「ギベオン王太子! お待ち下さい、私はカルミアに嫌がらせなんてしたことはありませんっ。この子が立派な聖女になれるように、いろいろ教えるようにと……両親から言われていただけで」
「うぅ……王太子様ぁ。お姉様って、いっつもこうやって私のこと虐めるんですぅ」
異母妹カルミアが金髪を揺らしてギベオン王太子に抱きつき猫撫で声で甘えながら、息を吐くように嘘をついた。虚言と男に媚びることだけが、カルミアの特技と言っても良い。
「ええいっ! ここまできて言い訳とは、見苦しい女め。お前との婚約は破棄し、心優しい聖女カルミアと結婚する。氷の令嬢との異名を持つ貴様とは違い、決して裏切らないカルミアとな! 心まで冷たい貴様に居場所はないっ。地位も財も全てカルミアに譲らせて、国外に追放してやるっ」
繰り返される夢の内容は、まだ二年先であるはずの学園卒業パーティーの悪夢。ルクリアがベッドから起き上がり、銀髪をかき上げて時計を確認するとまだ真夜中だった。
(またこの悪夢か、辛い、苦しい……早く夢から醒めたい……!)
最愛のギベオン王太子から婚約破棄を言い渡され、異母妹カルミアに婚約者の座を奪われて……国外へと追放される夢を厭というほど見させられている。誰がこの悪夢をルクリアに見せているのか分からないが、敢えて例えるならば神なのだろう。
ある日ルクリアは、この夢の正体はただの夢ではなく、将来起こる【神が定めたシナリオ】である事に気づいてしまう。何故なら、この異世界は人気乙女ゲーム『夢見の聖女と彗星の王子達』だと気づいたからだ。
* * *
初めのうちは、前世の話なんてありがちな思春期特有の悩みか何かだと勘違いしていた。ある日の夜、寝付けずにテラスで休んだのち偶然、異母妹カルミアの部屋の前を通った時に。夜更かし中のカルミアが、お付きのメイドとクスクス笑いながら話していた内容を聴いてしまってから確信に至った。
「ねぇ、知ってる? この世界はね、私の前世では乙女ゲームと呼ばれている世界で、しかもその主人公は何を隠そうこの私なの! 神に選ばれし聖女のカルミア・レグラスが、大勢のいい男に求愛される恋愛ゲームなのよっ」
「そうだったのでございますか。どうりでカルミア様は、可愛らしくお美しいと思っていたら、まさか主人公とは……」
「ふふっ。けど、面白いのはそれだけじゃないわっ。ルクリアお姉様に至っては、主人公の私を苛める悪役で【氷の令嬢】なんて異名を付けられているのよっ。そして必ず王太子様に婚約破棄されて惨めに追放されるの! キャハハハハッ、ウケる」
何がそんなに面白いのか、テンションが高くなったカルミアは品の良い御令嬢という設定をすっかり忘れて下品に騒いでいる。おそらく、自分が主人公で対比となる異母姉に辛い命運が待ち受けているのが、よっぽど嬉しいのだろう。
「左様でございますか。しかし、異母姉とはいえお姉様が追放されては、そのうちカルミア様も立場が悪くなるのでは? レグラス家の将来もどうなってしまう事か。今のうちに、何か対策を練られた方が……」
お付きのメイドが一般論として、異母姉ルクリアの追放は家の存続が危うくなると忠告する。だが、あくまでも乙女ゲームのシナリオにこだわるカルミアにとって、そんな一般論は頭の悪い意見にしか思えない様子。
「はんっ! だから異世界人は考えが甘いのよっ。いいこと、乙女ゲームの世界では主人公は絶対的な存在なの。主人公がどんなに悪いことをしても、男達は倫理観なんか忘れて馬鹿みたいに主人公を庇ってくれる。主人公にとって邪魔な女は、どういうわけか全員無惨に排除される。それが乙女ゲームの法則よ。あんたも私に逆らって神の怒りに触れたくなかったら、せいぜい引き立て役と腰巾着としてモブメイドらしく己の役割を果たすことね! さっきみたいに私に意見したら……次は命がないからっ!」
「申し訳ございません、カルミア様。この世界の全ては、主人公であるカルミア様のために……」
「ぷっ……キャハハハハッ! いいわよ、いいっ。その絶対権力に平伏す感じィ。きっと神も、モブメイドのアンタのことだけは酷い仕打ちから見逃してくれるわっ。私にさえ平伏してれば、生き残っていけるのよ。あー……お姉様が惨めに追放される日が今から楽しみィイイイ!」
(嗚呼、やっぱりこの異世界は乙女ゲームの中なのね。そうなると私の正体は……そして私を待ち受ける運命は……)
ルクリアはゲームの登場人物の説明と大まかなあらすじを思い出すだけでも、背筋がゾクッと震えて寒気がした。
だが、乙女ゲームのシナリオを絶対視し過ぎているレグラス姉妹は、肝心なことに気がついていなかった。乙女ゲームの世界に転生する異世界転生モノのシナリオの常識は、今や【本来のシナリオを覆してこそ】だということに。
そして、異世界転生者は自分達だけではない……ということにも。未だ、気付けずにいた。
いつからか、伯爵令嬢ルクリア・レグラスは王太子から婚約破棄を言い渡されて、異母妹カルミアに対する嫌がらせの濡れ衣を着せられ……。挙句、家からも国からも見捨てられ、追放される夢を見るようになった。
「伯爵令嬢ルクリア・レグラス。貴様が聖女に選ばれた異母妹カルミアに嫉妬し、いちいちひどく叱り陰で様々な嫌がらせをしていたという話を耳にした。氷の令嬢との異名を持つだけあって、それほどひどい女とは……」
「ギベオン王太子! お待ち下さい、私はカルミアに嫌がらせなんてしたことはありませんっ。この子が立派な聖女になれるように、いろいろ教えるようにと……両親から言われていただけで」
「うぅ……王太子様ぁ。お姉様って、いっつもこうやって私のこと虐めるんですぅ」
異母妹カルミアが金髪を揺らしてギベオン王太子に抱きつき猫撫で声で甘えながら、息を吐くように嘘をついた。虚言と男に媚びることだけが、カルミアの特技と言っても良い。
「ええいっ! ここまできて言い訳とは、見苦しい女め。お前との婚約は破棄し、心優しい聖女カルミアと結婚する。氷の令嬢との異名を持つ貴様とは違い、決して裏切らないカルミアとな! 心まで冷たい貴様に居場所はないっ。地位も財も全てカルミアに譲らせて、国外に追放してやるっ」
繰り返される夢の内容は、まだ二年先であるはずの学園卒業パーティーの悪夢。ルクリアがベッドから起き上がり、銀髪をかき上げて時計を確認するとまだ真夜中だった。
(またこの悪夢か、辛い、苦しい……早く夢から醒めたい……!)
最愛のギベオン王太子から婚約破棄を言い渡され、異母妹カルミアに婚約者の座を奪われて……国外へと追放される夢を厭というほど見させられている。誰がこの悪夢をルクリアに見せているのか分からないが、敢えて例えるならば神なのだろう。
ある日ルクリアは、この夢の正体はただの夢ではなく、将来起こる【神が定めたシナリオ】である事に気づいてしまう。何故なら、この異世界は人気乙女ゲーム『夢見の聖女と彗星の王子達』だと気づいたからだ。
* * *
初めのうちは、前世の話なんてありがちな思春期特有の悩みか何かだと勘違いしていた。ある日の夜、寝付けずにテラスで休んだのち偶然、異母妹カルミアの部屋の前を通った時に。夜更かし中のカルミアが、お付きのメイドとクスクス笑いながら話していた内容を聴いてしまってから確信に至った。
「ねぇ、知ってる? この世界はね、私の前世では乙女ゲームと呼ばれている世界で、しかもその主人公は何を隠そうこの私なの! 神に選ばれし聖女のカルミア・レグラスが、大勢のいい男に求愛される恋愛ゲームなのよっ」
「そうだったのでございますか。どうりでカルミア様は、可愛らしくお美しいと思っていたら、まさか主人公とは……」
「ふふっ。けど、面白いのはそれだけじゃないわっ。ルクリアお姉様に至っては、主人公の私を苛める悪役で【氷の令嬢】なんて異名を付けられているのよっ。そして必ず王太子様に婚約破棄されて惨めに追放されるの! キャハハハハッ、ウケる」
何がそんなに面白いのか、テンションが高くなったカルミアは品の良い御令嬢という設定をすっかり忘れて下品に騒いでいる。おそらく、自分が主人公で対比となる異母姉に辛い命運が待ち受けているのが、よっぽど嬉しいのだろう。
「左様でございますか。しかし、異母姉とはいえお姉様が追放されては、そのうちカルミア様も立場が悪くなるのでは? レグラス家の将来もどうなってしまう事か。今のうちに、何か対策を練られた方が……」
お付きのメイドが一般論として、異母姉ルクリアの追放は家の存続が危うくなると忠告する。だが、あくまでも乙女ゲームのシナリオにこだわるカルミアにとって、そんな一般論は頭の悪い意見にしか思えない様子。
「はんっ! だから異世界人は考えが甘いのよっ。いいこと、乙女ゲームの世界では主人公は絶対的な存在なの。主人公がどんなに悪いことをしても、男達は倫理観なんか忘れて馬鹿みたいに主人公を庇ってくれる。主人公にとって邪魔な女は、どういうわけか全員無惨に排除される。それが乙女ゲームの法則よ。あんたも私に逆らって神の怒りに触れたくなかったら、せいぜい引き立て役と腰巾着としてモブメイドらしく己の役割を果たすことね! さっきみたいに私に意見したら……次は命がないからっ!」
「申し訳ございません、カルミア様。この世界の全ては、主人公であるカルミア様のために……」
「ぷっ……キャハハハハッ! いいわよ、いいっ。その絶対権力に平伏す感じィ。きっと神も、モブメイドのアンタのことだけは酷い仕打ちから見逃してくれるわっ。私にさえ平伏してれば、生き残っていけるのよ。あー……お姉様が惨めに追放される日が今から楽しみィイイイ!」
(嗚呼、やっぱりこの異世界は乙女ゲームの中なのね。そうなると私の正体は……そして私を待ち受ける運命は……)
ルクリアはゲームの登場人物の説明と大まかなあらすじを思い出すだけでも、背筋がゾクッと震えて寒気がした。
だが、乙女ゲームのシナリオを絶対視し過ぎているレグラス姉妹は、肝心なことに気がついていなかった。乙女ゲームの世界に転生する異世界転生モノのシナリオの常識は、今や【本来のシナリオを覆してこそ】だということに。
そして、異世界転生者は自分達だけではない……ということにも。未だ、気付けずにいた。
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