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第1章
第17話 甘い痛みを甘酒に添えて
しおりを挟む死に戻ってから半日以上が経った。不幸の呪いから逃れるために、きっかけとなった例の落石事故を防ぐことから対処する事になったオレたち。
「絶対境界ギルド入会合格おめでとうございます! 正式なメンバーズカードを発行いたしましたコン。初めてのクエストは……『落石の呪いを解除せよ』いきなりS級クエストですが頑張って下さい!」
キツネ耳受付嬢に、正式なギルドが決まったことを報告してクエストを受理。
マスターにも改めて挨拶、すると今後の計画とアドバイスが伝授される。
「頑張れよ、滅亡レベルの呪いはいきなりすべて解くことは出来ない。だから、きっかけとなるフラグをひとつずつ消していく作業が肝心だ。洞察力を磨くことを忘れるなよ」
事故にかけられた呪いの解き方とオレに欠けている能力値を上げる札を授けてもらった……後は戦うだけだ。
取り敢えず、ゲートをくぐり現世の家神荘へと帰還する。
* * *
「ふぅ……なんとかなりそうで良かったな。本番は明日の早朝だけど……」
「みゃあ、スグル様は運転手の車で通学していますからバス通学はしていないにゃ。だから、バスに乗らずに運転手と一緒にみんなで現場に移動するといいのにゃ」
「ずいぶんと、家神家の暮らしぶりは変わったのう。なんというか、外と少し距離をはかるようにしているのじゃな」
「ああ、ふもとの家で起きた何かしらの事件は16年前に起きたって設定になっているらしいから。人付き合い自体警戒しているのかもな」
1巡目とは異なり、裏山の別荘を本宅として使うようになった2巡目では姉や妹による婚約祝い料理は登場しなかった。代わりに、おかかえシェフによる和のおもてなし料理でスイレンを迎え入れた。
大広間に並べられた料理は数々の精進料理を中心に、鯛やマグロの刺身、季節の果物など。
基本的に、肉料理は避けているようだ。
「スイレン様、家神一族に嫁がれたお祝いの料理です。レンゲ族の女神様のお口に合うと良いのですが……。霊力を損なわないように、精進料理を中心にお祝いの魚料理を調達しました。材料は、異界より取り寄せたものです」
「まぁ、精進料理だけじゃなく鯛やマグロまで頂けるなんて贅沢じゃのう。しかも、異界からわざわざ取り寄せて……」
明日の早朝すぐに、落石が起きる予定の現場に行って戦わないといけないことを考えると、霊力を保ちやすい食事が良いだろう。
「スグルのことよろしくね、スイレンちゃん!」
「スイレンお姉ちゃんと一緒に暮らせて、嬉しいなっよろしくね」
ツグミ姉ちゃんは、1巡目と違いスイレンのことをさん付けではなくちゃん付けで呼ぶ。アヤメはお姉ちゃん呼びだ。これも、変化の一種なのか。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「あのさ、もしかして鯛やマグロも異界から取り寄せたの? 一応、山をおりて街に出れば魚も手に入るけど……」
「はい。ここは現世の中でも特に山奥ですし、料理人は皆異界の民ですので、そちらの方が手配がしやすいのです」
(1巡目では、姉ちゃんとアヤメが近所の商店街で婚約したことを言い振り回しながら買い物したから、次の日は情報が筒抜けだったけど。もしかして、どこかで姉ちゃんたちも同じ展開になるのを避けているのかな? 記憶がなくても、勘で危険を回避しているのか)
ところどころ、変わってしまった生活に若干の違和感を感じながらも、今度こそ誰も死なせないように……と決意を新たにする。
「スイレンちゃん、大浴場の一番風呂……入ってきていいわよ! せっかく、家神へ嫁いで来た記念だもの」
「えっ……ありがとうございます。ではお言葉に甘えて……」
スイレンが一番風呂をもらうのは、1巡目と同じ展開か。風呂は大きめの浴室の他にもそれぞれの部屋に用意されているので、オレは部屋の方を使わせてもらった。
「はぁーさっぱりした!」
ドライヤーで髪を乾かし天然水のペットボトルで水分補給。ぼんやりと、新たな自室のベッドに身体を預けて天井を見上げる。家具からカーテンから、何から何まで洋風で調えられており、別荘にそのまま住んでいるという感覚が拭えない。
「この部屋って、昔からオレが別荘に泊まるときに気に入って使わせてもらってた部屋だっけ? まさか、2巡目では自室になるとは……」
死に戻りをするまではずっと、ふもとの家の和室の部屋を使っていたから不思議な感じだ。
* * *
コンコンコン……誰かが部屋のドアをノックする音。といっても、同じ家神荘で暮らす住人は家族か使用人か……もしくは今日から同居するスイレンしかいないわけで……。
「はい、どうぞ!」
「……スグルどの……その、お話ししても?」
「! スイレンッ? ああ、中に入って!」
「……では、失礼します……」
スイレンの寝巻きは1巡目のときとは別の柄の薄手の浴衣で、お風呂上がり特有のしっとりした素肌が布越しに透けるように感じられる。長い髪はアップヘアで後ろで束ねており、むき出しになった白いうなじがチラつく。
これに似たシチュエーションは、1巡目でもあったが前回は家族の目があった。だが、今回は自室にオレとスイレンの2人っきりだ……婚約したての若い2人が密室に……意識しないはずがない。
「いよいよ……明日じゃな……。1巡目と運命を変えられるか、心配で……」
「スイレン……大丈夫だよ」
「ごめんなさい、スグルどの……。本当は、もっと婚約者らしい楽しいおしゃべりをしようと思ってきたのに……。ほら、1巡目はすぐに事件が起きてあまり婚約者同士の時間が作れなかったから……」
そういえば、1巡目では、婚約したもののそれっぽい雰囲気だったのは始業式の朝まで。その後は事件が発生してしまい、あまり楽しい雰囲気ではなくなってしまった。
もっと婚約者らしい時間を楽しみたかったという気持ちは、オレも同じだ。
「1巡目みたいなことにはならないし、させないよ。今からでも、婚約者っぽい時間をたくさん増やそう! えっと……あのっ座って……! ああ、飲み物いれようか? 冷やし甘酒で良い?」
「うむ、そうじゃな……ありがとう。スグルどの!」
にっこりと微笑むスイレンは、どこか切なげで、抱きしめたくなる衝動にかられる。
スイレンをソファに腰掛けさせて、冷蔵庫から冷やし甘酒を取り出しガラスのコップに注ぐ。当たり前だが、ノンアルコールで未成年でも安心だ。
オレ自身の緊張を現すかのごとく、勢いよくドクドクと紙パックから注ぎ込まれる白濁色の液体が、落ち着きなく少しだけ飛び散ってしまう……。慌ててテーブルを拭くも、動揺が隠せていないようだ。
「ふふっ美味しそう……じゃあ、お言葉に甘えて……いただきます」
こくん、こくん……とゆっくりと小さな唇でオレが注いだ白い液体を飲み込むスイレン。ゆっくり、静かに躍動する喉の動きのあまりの艶っぽさに、オレもゴクリと喉を鳴らす。
「んっスグルどのも、飲みたいのか?」
「えっと……ああ、それで終わりだから……その……」
「んっ? スグルどの、半分まだあるぞ?」
不思議そうな表情で、半分余った冷やし甘酒のコップを差し出すスイレン。飲んでいる途中に話しかけたからなのか、唇にはほんのりまだ白濁の液が光っている。
別に残りの冷やし甘酒をクレと強請っているわけではない。オレが欲しいのは、そっちではない。欲しいのは、彼女の可愛らしい唇だ。
「……そ、その……どうせくれるなら……スイレンッ!」
「スグ……んっ……」
思わず、衝動的にスイレンを抱きしめて口付ける。もし、万が一……明日失敗して、またスイレンを失うことになったら、と考えたら居ても立っても居られなかった。
「好きだよ、スイレン……。絶対に、今度こそ幸せにしてあげるから……」
「スグルどの……私も……好きっ」
同時に、半分だけ残った冷やし甘酒はカランコロンとした音を立てて、赤いじゅうたんに転げ落ちてしまった。
コップは、テーブル下の溝に引っかかり転がった勢いと反動でゆらりゆらりと溝の間を行ったり来たりと、勢いが鎮まるまで反復運動を繰り返している。
ドクドクと赤いじゅうたんにじんわり染み込んでいく白い液体が、赤い生地に混ざって……。
やがて、オレたちの気持ちが通じ合ったのを察知したかのごとく、ピンク色に染まった。
「スイレン……明日もあさっても……その先のずっとずっと何年も先も……ずっと一緒だから」
「うん、スグルどの……信じてる……」
繋いだ手から、お互いのとくんとくんとした鼓動が伝わる。
甘く切ない痛みが、オレとスイレンのお互いの胸をいっぱいにしたその訳は……アルコール分ゼロの甘酒のせいだけじゃなさそうだ。
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