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第1章
第6話 バスと幼なじみに揺さぶられ
しおりを挟む我が家神一族が代々暮らす地域は、山奥のいわゆる修験者が集う地域である。精神を清める滝行や健脚を鍛える登山、寺院での瞑想など……人里離れた自然環境の中で霊感を高める環境がそろっている。住人のほとんどは、あやかし退治や霊的な因縁の解除などを生業にしてきた者たちの子孫達だ。
そのため、周辺地域の住人は当然のように異界や神々のことを身近な存在として認識しており、家神一族もいくつかある術師家系の一つであった。
修験という特徴から、雑念と距離を置かなくてはいけない土地であるため、必然的に交通がやや不便である。修験地域の山を下りれば観光地である市街地だ。オレの通ってる高校も市街地にあり、通学手段は他の生徒達とともにスクールバスを利用。いわばバスの中も、学園生活の延長線上であると考えた方が良いだろう。
そして、修験者や術師の子孫達といえども、噂話や恋愛に興味が出てくるお年頃の高校生達。そんなお年頃の生徒達の中で、女神様と婚約した生徒が現れたら、注目の的になるのは当然だった。
つまり……家神一族の跡取りであるオレが女神スイレンと電撃婚約した事は、姉がお祝いの買い物途中で婚約決定を報告しまくった所為で、商店街のご子息達の情報網を介してあっという間に噂になっていた。あぜ道をぐらぐら走る逃げ場のないスクールバスの中で、オレは他の生徒達から質問責めにあっていた……。
「なぁスグル? 婚約者の女神様ってどんな感じなんだ? レンゲ族ってキレイな女神様が多いんだろっ。年齢は、いくつくらい? 可愛い系? それとも美人系?」
比較的、閉鎖的な環境のせいか、久々に女神が嫁いできたことに興味があるのか、スイレンへの質問が飛び交う。
「えっと超美人だし、可愛いよ……年齢はオレより2歳年上かな?」
「ふぇええっノロケてるねっ。もう新婚さんみたいだなぁ」
一応、自慢にならないように、無難な受け答えを心がける。うっかり、曖昧に答えて他の女との浮気を疑われたら、嫉妬深い女神様に何をされるか分からない。ここは、ノロケているくらいに思われて、ちょうどいいだろう。それに、スイレンが超美人で可愛いことは、オレの審美眼から見ても間違いないので問題ない。
「それにしても、レンゲ族の女神様をお嫁さんにもらうなんて、家神一族は今後も術師を継続する方針なのね。あぁ、うちもおじいちゃんの代までは術が使えてたんだけどなぁ」
「まぁそういう事になるのかな。オレとスイレンの間に将来子どもが出来たら、自然と次の代も術師を継承するんだろうし……」
別に、術師を継続するためにスイレンにプロポーズしたわけではないが、結果的にはそうなってしまった。もしかしたら、可愛いスイレンとの自然な出会いという……家族の策略に、まんまとハマったのかもしれない。
「ところでさ、お祝いの鯛の活き造り……女神様は喜んでいたか? あれうちの店のものなんだよっ。結婚式を挙げるときの鯛も、うちでよろしく頼むぜっ」
「ああ、スイレンも喜んでたぞ。じゃあ、結婚式の時もお願いするよ」
さんざん、質問合戦が終わり、だいぶみんなの気持ちも落ち着いてきたところで、クラスメイトのひとりがふと空気を読まないセリフをつぶやき始めた。
「でもさぁ、家神君は凛堂さんと恋人になるものだと思っていたけど……本当にただの幼なじみだったんだね」
「えっルリのこと? まぁ先祖代々、あやかし退治一族仲間としてつきあいが続いているから……。小さいときから、お互い別の人と結婚するのが当たり前だと思っていたし……」
凛堂(りんどう)ルリは、代々のつきあいとなる凛堂家の一人娘でオレの幼なじみだ。スイレンもやたらルリの事を気にしていたし、前世らしきご先祖様の夢でも、幼なじみのルリ子さんとやらの関係を気にしていたし……慌てて否定する。
すると、黙って話を聞いていた術師仲間のひとりが、冷静にオレ達の関係や術師一族の結婚について分析し始めた。
「まぁ現実的に考えて、家神家と凛堂家じゃ、そういう展開になるよな。家が存続できなくなると、このあたりの地域の人も結構困るだろうしね。後継者不足ってやつ? 霊力の継承が切れて、術師を廃業する家系も増えてきているしさ。継承が途切れる七代目までに、新しく霊力の強い神族と結婚をするのがいいんだろう。まぁめでたいことだし! みんなでスグルを祝おうっ」
お祝いムード溢れる中、タイミングが良いのか悪いのか、次のバス停で幼なじみの凛堂ルリが乗り込んできた。ルリは、薙刀使い一族の跡取り娘で黒髪ショートカットが似合うボーイッシュな美少女だ。ひらりと揺れるセーラー服のスカートから覗くしなやかな美脚は、戦闘のために鍛えられたもの。いつも通り、最後尾のオレの隣の席に座ろうとするルリに、皆無言で席を譲る。
思わず、静まりかえり皆の視線がルリに注目する。さっきまでの、賑やかな空気はどこへやら……緊張感溢れるピリピリとした雰囲気がバスの中に漂う。再び、ぐらぐらと走り出すスクールバス。
* * *
「えっと……ルリ、お早う」
「お早う……スグル、婚約したんだってね」
「あ、ああ……」
「……」
「……」
お互いどちらかが言葉を発するのを待っているが、し……ん……と静まりかえったままだ。重い沈黙がオレ達の間に流れる……気のせいかルリも普段よりテンションが一段階低い。
長く感じる無言タイムが続いた後、ぽつりぽつりと会話を再会し始めたのはルリの方からだった。
「ねぇスグル、その婚約者の女神様って、いわゆる形だけの婚約なんでしょう?」
「一応、昨日から一緒に暮らしているよ。今朝は朝食もつくってくれたんだ。ちゃんと現世の食事でさ……神様なのに現世に馴染もうとしているんだって思ったよ」
形だけの婚約者とか思われては、困る。一応、オレだってひとりの男として思い切った行動に出てプロポーズしたのだ。男には、決意しなくてはならない人生の転機がある!
オレの決意を一応は感じ取っているのか、いないのか、ルリからのジトジトとした尋問は続く。
「スグルはいいの? 出会って間もない相手と結婚を決めちゃって……。その、なんていうか……好きな人と結婚したいとかって思わなかったの?」
「ああ、それがさ。オレがスイレンに一目惚れしちゃって、初対面なのに思い切ってプロポーズしちゃったんだよ。可愛いし、綺麗だし……」
本当は、それだけじゃなくていきなり口づけを交わした責任として、一生スイレンに服従する呪いをかけられているんだけど。まぁそういう細かい設定は、ルリに説明する必要ないだろう。
「……! 外見が好きだからって、気が合うかどうかとか、不安じゃない?」
「うーん、外見が好きって……っていうか。それだけじゃないっていうか……よく分からないけど心を奪われたって言うのかな? スイレンとは、一緒に暮らし始めたばかりだし、これから婚約者として仲良くなっていって……オレが18になったらきちんと籍を入れて……」
オレが住んでいる地域は、異界からの住人も受け入れられるようになっているので、戸籍上も婚姻が可能だ。きちんとした形で妻を娶ることが出来るため安心だ。
「……そっか……きちんと入籍するんだ。人間界の戸籍を取得している女神様だったんだね」
「うん……もしかすると、最初からスイレンの親は人間界に嫁がせるつもりだったのかもしれないけれど」
再び長い沈黙のあと、オレの気持ちに対する最後の質問。
「……スグルは、今まで……好きな人とか、出来なかったんだ。本当に誰もいなかったの。お家のために、結婚するんじゃなくて? 本当にその女神様の事が……」
「……えっ……今まで、ずっと修行ばっかりしてて、恋愛出来る場面なんて……」
「! ……そうなんだ、そっか。スグル……私ね、実はずっと……」
キキィイイイイイイイッ!
「わぁっ」
「きゃぁっ」
ルリが何かを言おうとした瞬間、バスが急ブレーキをかけた。車内が大きく揺さぶられて、ルリと身体が密着する……いや、身体だけではなく顔までも。あとわずかの距離で、ルリの艶のある唇に口づけをしてしまいそうな体制になり、慌てて姿勢を戻す。
「いてて……なんだ、急にブレーキなんか。あれっこの霊気は……まさか」
「スグルっ! 見て、辺りが暗く……これって……」
窓の外は全体的に暗がりに包まれており、霊的なオーラがぐんぐんと高まっている。田舎のあぜ道をひたすら走っていたはずのスクールバスは、目的地を見失った状態。そして、道路の向こうに切り裂かれたように広がる闇の亀裂。
「間違いない、異界だ。異界のゲートが……開いてるっ?」
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