76 / 79
終幕編2〜イザベル視点〜
04
しおりを挟む――昏い、昏い、箱の中。
イザベル達が吸い込まれた小さな箱の中は、逆行転生によって生じた時間軸の歪みを凝縮した時が詰まっていた。点々と、塵の様な光が点在し、ダストボックスにでも放り込まれたのかと、錯覚するくらいである。
(うぅ……これは、アリアクロスの箱の中なの? 僅かに塵の様な光の粒が見えるだけで、何も聞こえない。ただ、グルグルと頭の中で回転するような目眩がするだけ)
逆行転生の入れ替わりが解けた影響か、イザベルの魂は箱の中ではついに光の粒のみの存在となった。つまり、塵に見える光の粒の正体こそがイザベルであり、他の塵もおそらく未来に生まれるはずの魂達だ。本来的にララベルは、この時代には存在し得ない未来の魂。光の粒という存在に戻ったとしても、それは仕方のないこと。
一方で、この時代の住人であるララベルとアルベルトは箱の中でも魂の形を保てており、居なくなったイザベルの魂をキョロキョロと探していた。
「おいっ。ララベル、イザベル、二人とも大丈夫か?」
「カエラート男爵、私は大丈夫です。でもイザベルが、イザベルの姿が見えなくて。逆行転生の入れ替わりがいつの間にか解けたのは良かったけど、イザベルが何処にいったのか分からないのは不安だわ」
二人にとって遠い未来の子孫であるイザベルが、せめて精霊の魂として生きているだけでも救いだった。しかし、今回の逆行転生が帳消しになることで、魂までもが行方不明になるかと思うとララベルは心配で仕方がないのだ。
「イザベルが……? 仕方がない……まずは、このアリアクロスの箱の機能を魔法で調べてみよう! 秘石魔法発動、この箱の機能をダウンロードせよ!」
パァアアアアッ!
アルベルトが魔法の秘石に手を翳し呪文を唱えると、閉じ込められている箱の中が一体どういう性能なのか、説明書がダウンロードされる。アイテム機能を調べる魔法は、冒険者にはなにかと便利なものだが、高度な技術が必要となるため術の使い手は少ない。
古代文字で箱の情報が全て取得出来たところで、アルベルトが推測される状況を説明する。
「ふむ。秘石にダウンロードされた情報によると、逆行転生の歪みを修繕する機能があるらしい。オレとララベルは今の時間軸に存在している魂だが、イザベルはオレ達の遠い子孫だ。現時点では魂すら形成されていない可能性も」
「つまり、この時代にやって来ていたイザベルは消えてしまったということなのでしょうか? 嫌です……」
「一緒に箱に閉じ込められたんだ……消えてはいないはず。ただ、認識出来ないだけで……例えばこの光の粒……人が産まれてくる前の魂のカケラだろう」
ふと、辺りを見まわすと確かに光の粒が暗がりの中をふわふわと浮遊していた。
「東方に生息するとされる蛍の光の様だわ。小妖精よりも小さくて、脆い……。これが、まだ産まれてくる前の魂のカケラ。けれど、無数にある魂の中で、イザベルはどの光なのかしら」
「アリアクロスの儀式を行い、レイチェルの呪いを解いた代償かも知れない。今のうちに保護してやらないと、イザベルが消えてしまう」
「イザベル、私よ。ララベルよ! 貴女の遠い先祖の……私の魂の中で休めば、貴女は助かるわ。いらっしゃい」
ザワザワ、ザワザワ……!
呼び声に惹かれて反応した魂は、複数。行き場のない魂のカケラに、ララベルの声が聴こえてしまったらしい。
『巫女さんだ。ねえ、あの巫女さんの遠い未来の子供として生まれたら、幸せになれるかな?』
『いいな、いいな。僕も産まれたいな。このまま輪廻出来なくて消えたくないよ』
『イザベル、いない。なら、私が……私なら、もっと上手く、聖女ミーアスを出し抜いてでも王家に嫁ぐのに』
ザワザワ、ザワザワ! ザワザワ、ザワザワ!
『そうよ、あの子……王家に入りそびれて断罪されたんだわ。よりによって、ミーアス様に目をつけられて……。ううん、私が……私がイザベルとして産まれれば、あんなヘマはしないっ』
『ズルいわ! 王族入りするのは、私よ。イザベルが気付く前に、早く、早く……』
イザベルの人生の経緯を知る魂の群れが、ララベルの周囲を囲い始めた。咄嗟にアルベルトがララベルを引き寄せて、他の魂が寄り付かない様に制御する。
「やめろっ! 彷徨える魂のカケラよ。キミ達が宿る先祖は他にいるはずだっ。くっ……どうしたら、イザベルを本物のイザベルを、呼べる? ホーネット家とカエラート家の子孫である目印か、何かっ」
「何か。我が一族の子である者しか知らない何か……そうだわ。ラララ……眠れ、眠れ、愛しい赤子。生命の樹のゆりかごで……ラララ、ラララ……精霊様の導きを胸に。愛しいイザベル」
「ララベル、そうか……子守唄。一族に伝わる子守唄か」
(唄が聴こえる。遠い遠い、ご先祖様の……。私が、赤子の頃に聴いた唄。いつか、私が歌う唄。行かなきゃ……私のゆりかごへ、救世主に続く道を途切れさせないために)
やがて一筋の光が、箱の中で細い道を作る。
光のカケラとなったイザベルは、懸命にその道を駆け抜けるのであった。
0
* 初期投稿の正編は、全10話構成で隙間時間に読める文字数となっています。* 2022年03月05日、長編版完結しました。お読み下さった皆様、ありがとうございました!
お気に入りに追加
456
あなたにおすすめの小説

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

夫から「余計なことをするな」と言われたので、後は自力で頑張ってください
今川幸乃
恋愛
アスカム公爵家の跡継ぎ、ベンの元に嫁入りしたアンナは、アスカム公爵から「息子を助けてやって欲しい」と頼まれていた。幼いころから政務についての教育を受けていたアンナはベンの手が回らないことや失敗をサポートするために様々な手助けを行っていた。
しかしベンは自分が何か失敗するたびにそれをアンナのせいだと思い込み、ついに「余計なことをするな」とアンナに宣言する。
ベンは周りの人がアンナばかりを称賛することにコンプレックスを抱えており、だんだん彼女を疎ましく思ってきていた。そしてアンナと違って何もしないクラリスという令嬢を愛するようになっていく。
しかしこれまでアンナがしていたことが全部ベンに回ってくると、次第にベンは首が回らなくなってくる。
最初は「これは何かの間違えだ」と思うベンだったが、次第にアンナのありがたみに気づき始めるのだった。
一方のアンナは空いた時間を楽しんでいたが、そこである出会いをする。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。
ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。
なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。
妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。
しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。
この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。
*小説家になろう様からの転載です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい
春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。
そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか?
婚約者が不貞をしたのは私のせいで、
婚約破棄を命じられたのも私のせいですって?
うふふ。面白いことを仰いますわね。
※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。
※カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる