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終幕編1〜ララベル視点〜
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――精霊官吏ティエールなんて男は、存在しない。
やっとの思いで精霊界へと帰還したララベルとリリアに突きつけられた現実は、彼女達が知りうる世界線とは異なる残酷なものとなっていた。
「早く、早く逆行転生の儀式を……! うぅ……頭が、痛いっ。息が苦しい……!」
「ララベルッ。無理しちゃ駄目だよ」
「おや……貴女は確か時の旅人の……大丈夫ですか。ふむ……かなり参っていると見えます。取り敢えずカウンセリングをしてみましょう」
ショックのあまり事務室前の廊下で座り込んでしまったララベルだったが、見兼ねた修道士により医務室で心理カウンセリングという名の治療を受けることに。
白衣の修道士が冷たい眼差しで細やかな質問をララベルに浴びせるが、やはりティエールの存在だけがすっぽりと精霊界そのものから消え失せている。
「どうして、ティエールさんが存在しないことになっているの? 私は間違えた歴史に辿り着いたというの?」
「落ち着いて下さい、ララベルさん。いいですか、時を渡るという行為はとても危険なものなのです。おそらく、歪んだ時空の波に飲まれた影響で、知り得ない記憶や人物の歴史にアクセスしてしまったのでしょう」
「そ、そんなっ!」
診察結果は追い討ちをかけるように、ティエールの存在やララベルの記憶を否定するものとなった。
「軽い眩暈を起こされたようですが、それも一種の後遺症でしょう。貴女のような時の迷い子は、魂の疲労に加えていろいろと記憶が混乱すると聞いております。よく眠れるハーブティーを処方しますから、無理なさらないように……」
「……分かりました。部屋に戻ります」
ムキになって自らの記憶を主張したところで、ますますおかしな魂だと思われてしまう。
(もう……何を言っても無駄だわ。何としてでも元の時代に戻って、歴史を修正しないと)
仕方なくララベルは表向きカウンセラーの意見に話を合わせて、自身と小妖精リリアだけで問題解決に挑むことにした。
* * *
何も解決出来ないまま、夜が訪れた。ララベルに与えられた部屋は小さなものだが、幸い一人部屋。その気になれば散歩と称して自由行動も可能だったが、体調を案じたリリアが代わりに見回りに行って来てくれている。
「リリア、お帰りなさい。就寝時間の巡回が終わったら、どうにかして水鏡の部屋に潜入したいものだけど」
「ただいま、ララベル。それがね、修道院の中を浮遊して調べたんだけど、逆行転生の儀式で使った部屋自体、封鎖されているの。何か水鏡の儀式が、代用できるものがあればいいんだけど……」
「…………」
不自然なほど、過去の世界に戻る方法が塞がれていることに違和感を覚える。ふと無言になり、窓の外を見ると小窓からは、月明かり。
処方されたハーブティーには、結局手つかずのティーカップ。その中では水鏡のように、ゆらゆらと月が揺れている。
「このティーカップを水鏡に見立てて、儀式の呪文を……ううん、人間サイズの召喚をするには小さいわよね」
「そうだね、私みたいな小妖精サイズなら大丈夫だけど……」
逆行転生の儀式は水鏡を使ったものだという話だが、この小さなティーカップでは代用にならないと諦めるしか無い。
「歪んだ現代を修正するには、もう一度逆行転生の儀式を行う必要があるわ。やはり従来の儀式部屋を使用するのが無難なのよね。一か八か、封鎖された部屋に行ってみましょう」
「うん……最後までお供するよ」
「……ありがとう」
ギィイ……!
軋むドアの音は夜の廊下では、存在感を隠しきれない。案の定、お付きの修道士を引き連れた精霊神官長に背後からフッと声をかけられる。
「おやおや、夜の散歩ですかな。ララベルさん。しかし、病み上がりの身体でふらふらされるのは感心出来ませんぞ」
「……ごめんなさい。気持ちが落ち着かなくて……」
「ふむ……こういう時は、部屋で【聖典】でも読んでゆっくり休んでいれば良いんじゃがのう。仕方がない……ワシの予備の【聖典】をお貸ししましょう」
精霊神官長が懐から取り出した見慣れない【聖典】にはしっかりと【聖女ミーアス様を崇める聖典】との文字が。
「あの、これって、一体何の聖典ですか……?」
悪魔の化身と推定される聖女ミーアスを崇める聖典を愛読しているとは……驚きのあまり手が震える。聖典を受け取ることが出来ずにいると、精霊神官長は笑いながら言葉を続けた。
「フォフォフォ……なぁに、次第にララベルさんも聖女ミーアス様の虜になりますぞい。ララベルさんが正気になるまで、お部屋でお休みいただくように、連れてゆきなさいっ」
「はっっ! ララベルさんも、早くミーアス様の信仰に気付くと良いですねっ。頑張りましょう」
「……そんな……精霊神官長、修道士さん達まで……」
お付きの修道士達もまるで良いことをしているかのような態度で、ララベルを元の個室まで誘導する。既にこの修道院は……誰も彼も聖女ミーアスの手中に堕ちているのだと理解せざるを得なかった。
やっとの思いで精霊界へと帰還したララベルとリリアに突きつけられた現実は、彼女達が知りうる世界線とは異なる残酷なものとなっていた。
「早く、早く逆行転生の儀式を……! うぅ……頭が、痛いっ。息が苦しい……!」
「ララベルッ。無理しちゃ駄目だよ」
「おや……貴女は確か時の旅人の……大丈夫ですか。ふむ……かなり参っていると見えます。取り敢えずカウンセリングをしてみましょう」
ショックのあまり事務室前の廊下で座り込んでしまったララベルだったが、見兼ねた修道士により医務室で心理カウンセリングという名の治療を受けることに。
白衣の修道士が冷たい眼差しで細やかな質問をララベルに浴びせるが、やはりティエールの存在だけがすっぽりと精霊界そのものから消え失せている。
「どうして、ティエールさんが存在しないことになっているの? 私は間違えた歴史に辿り着いたというの?」
「落ち着いて下さい、ララベルさん。いいですか、時を渡るという行為はとても危険なものなのです。おそらく、歪んだ時空の波に飲まれた影響で、知り得ない記憶や人物の歴史にアクセスしてしまったのでしょう」
「そ、そんなっ!」
診察結果は追い討ちをかけるように、ティエールの存在やララベルの記憶を否定するものとなった。
「軽い眩暈を起こされたようですが、それも一種の後遺症でしょう。貴女のような時の迷い子は、魂の疲労に加えていろいろと記憶が混乱すると聞いております。よく眠れるハーブティーを処方しますから、無理なさらないように……」
「……分かりました。部屋に戻ります」
ムキになって自らの記憶を主張したところで、ますますおかしな魂だと思われてしまう。
(もう……何を言っても無駄だわ。何としてでも元の時代に戻って、歴史を修正しないと)
仕方なくララベルは表向きカウンセラーの意見に話を合わせて、自身と小妖精リリアだけで問題解決に挑むことにした。
* * *
何も解決出来ないまま、夜が訪れた。ララベルに与えられた部屋は小さなものだが、幸い一人部屋。その気になれば散歩と称して自由行動も可能だったが、体調を案じたリリアが代わりに見回りに行って来てくれている。
「リリア、お帰りなさい。就寝時間の巡回が終わったら、どうにかして水鏡の部屋に潜入したいものだけど」
「ただいま、ララベル。それがね、修道院の中を浮遊して調べたんだけど、逆行転生の儀式で使った部屋自体、封鎖されているの。何か水鏡の儀式が、代用できるものがあればいいんだけど……」
「…………」
不自然なほど、過去の世界に戻る方法が塞がれていることに違和感を覚える。ふと無言になり、窓の外を見ると小窓からは、月明かり。
処方されたハーブティーには、結局手つかずのティーカップ。その中では水鏡のように、ゆらゆらと月が揺れている。
「このティーカップを水鏡に見立てて、儀式の呪文を……ううん、人間サイズの召喚をするには小さいわよね」
「そうだね、私みたいな小妖精サイズなら大丈夫だけど……」
逆行転生の儀式は水鏡を使ったものだという話だが、この小さなティーカップでは代用にならないと諦めるしか無い。
「歪んだ現代を修正するには、もう一度逆行転生の儀式を行う必要があるわ。やはり従来の儀式部屋を使用するのが無難なのよね。一か八か、封鎖された部屋に行ってみましょう」
「うん……最後までお供するよ」
「……ありがとう」
ギィイ……!
軋むドアの音は夜の廊下では、存在感を隠しきれない。案の定、お付きの修道士を引き連れた精霊神官長に背後からフッと声をかけられる。
「おやおや、夜の散歩ですかな。ララベルさん。しかし、病み上がりの身体でふらふらされるのは感心出来ませんぞ」
「……ごめんなさい。気持ちが落ち着かなくて……」
「ふむ……こういう時は、部屋で【聖典】でも読んでゆっくり休んでいれば良いんじゃがのう。仕方がない……ワシの予備の【聖典】をお貸ししましょう」
精霊神官長が懐から取り出した見慣れない【聖典】にはしっかりと【聖女ミーアス様を崇める聖典】との文字が。
「あの、これって、一体何の聖典ですか……?」
悪魔の化身と推定される聖女ミーアスを崇める聖典を愛読しているとは……驚きのあまり手が震える。聖典を受け取ることが出来ずにいると、精霊神官長は笑いながら言葉を続けた。
「フォフォフォ……なぁに、次第にララベルさんも聖女ミーアス様の虜になりますぞい。ララベルさんが正気になるまで、お部屋でお休みいただくように、連れてゆきなさいっ」
「はっっ! ララベルさんも、早くミーアス様の信仰に気付くと良いですねっ。頑張りましょう」
「……そんな……精霊神官長、修道士さん達まで……」
お付きの修道士達もまるで良いことをしているかのような態度で、ララベルを元の個室まで誘導する。既にこの修道院は……誰も彼も聖女ミーアスの手中に堕ちているのだと理解せざるを得なかった。
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