57 / 79
逆行転生編2
02
しおりを挟む突然過去の人間界から現代の精霊界へと誘われた巫女ララベルは、さしづめ時の旅人と呼ぶべきだろう。急激な時間移動に魂が追いつかなかったせいか、儀式の部屋の真ん中でぐったりと倒れ込んでしまった。
「ララベル・ホーネット。まさかとは思うが、イザベルの魂と先祖の魂が入れ替わったという訳か」
ティエールをはじめ、精霊神官長やロマリオ達もララベルに駆け寄り、安否を確認する。
「大変じゃ……すまないがリリア、お主の魔法でララベルどのの魂の気の流れを診てやってくれんかのう」
「分かりました、精霊神官長様! 妖精の粉よ……この人間の魂の命の指数を教えてっ」
小妖精リリアが妖精の魔力で、ララベルの生命エネルギーの流れを調べる。キラキラとララベルの魂に振りまかれる妖精の粉は、やがて水色の光に変化した。
「粉の色が変化していく……色の種類で、魂が如何なる状態か判別する特殊スキル。噂には聞いたことがありますが、間近で見るのは初めてです」
「小妖精が人間の魂を見守る役割を任せられている理由は、おそらくこの魂の判定スキルを持っているからなのだろうね」
医者や医療魔法による治癒は見たことがあるものの、魂そのものの判定を見るのはこの場にいる殆どの者が初めてだ。小妖精の隠されたスキルに目を見張りつつ、ロマリオもティエールも感心している様子。
「判定終了……良かったぁ……この色はね、魂が生きている証拠よ。気を失っているけれど、命に別状はないわ。取り敢えず、何処かで休ませてあげないと」
「おぉっ。この者は、生きた魂じゃったか。あの例の黄泉の使いを呼ばずに済んで、ホッとしたぞい。今回は生きた魂が迷い込んで来ただけだった為、黄泉の使いを呼ばずに済んだが……教会に彼らを呼ぶのは、ちと考えてしまうからのう。ふむ、救護室のベッドが空いているはずじゃから、そこで休ませるのが良かろう」
もし万が一、死んでしまった魂がこの精霊界に迷い込んできた場合には、然るべき場所に送り届けてやるのが精霊の役割。精霊神官長は、黄泉の使いをこの教会敷地に入れることに抵抗があるのか、心底ホッとしたようだ。
「では、ここは騎士たる自分が、ララベル嬢を救護室まで運びましょう。失礼……」
儀式部屋にいるメンバーの中で最も力自慢であるロマリオが、率先してララベルを運ぶ役割を引き受ける。
「ロマリオお兄ちゃん、ティエール様。私、ララベルさんに付き添うことにします。多分、目が覚めた時に一人じゃ不安だと思うから」
「そうだな。女性の看病は、やはり同じ女性が引き受けた方がいろいろと都合が良いだろう。けどミンファ、お前も疲れているだろうから無理するなよ」
ララベルに付き添ってそれぞれが儀式部屋を退室し、精霊官吏のティエールだけがただ一人部屋に残った。ほんの僅かであっても、過去へと旅立ったイザベルの余韻が心の奥にあるうちは、この部屋を立ち去る気になれなかったのだ。
「イザベル、君は今……過去で無事なのだろうか?」
呼びかけに対する応えは……無い。
行く宛のないティエールの声が、ポツリと水鏡に降りて小さな波紋を描いた。
* * *
朝露が庭の花々に溢れると、その雫に宿る魔力の恩恵を預かるために、小妖精達が蝶のように飛び交う。精霊界ではよくある光景だが、過去の人間界から喚びだされた魂には、その密やかな羽音すら敏感に聞こえるらしい。その中に、何か『異質なモノ』が混ざっていれば尚更。
微かに聞こえるざわついた音が、巫女ララベルの途切れていたはずの意識を次第に取り戻していく。
「う……ううん。私は、夢でも見ていたのかしら?」
「まぁ! 良かった……元気そうね。おはようございます、ララベルさん。私はミンファ、こう見えても鉱石精霊よ。貴女が元の場所に戻れるまで、お目付役を担うことになったの。よろしくね。あっ一応、人間の魂は滞在期間中、この修道女の服で過ごすのが決まりだから……はい」
「えっ……鉱石精霊のミンファ……様? おはようございます。そ、そのよろしくお願いします……」
清潔なベッドからゆっくりと身を起こすと、ララベルの起床に気づいた鉱石精霊ミンファから朝の挨拶。カーテンの向こうから、小さな蟲の黒い陰と朝の日差しを感じる……が、服を脱ぐ都合上、カーテンはそのままだ。修道女用のグレーのワンピースに袖を通しながら、ふと無言になる。
「……ララベルさんは、魂の状態でこの精霊界に転移してしまっているの。肉体のない魂の状態って、精霊界においてすごく不安定なのよね。だから朝食に、魂安定効果の高い特別な薬膳スープをのんで貰うけど、大丈夫?」
「はっはい! いろいろとご迷惑をおかけして、申し訳ありません。ところで……私がここに喚ばれた理由は、やはり姉の婚姻が原因でしょうか?」
目の前で甲斐甲斐しく身支度を手伝ってくれる少女ミンファが、『鉱石の精霊様』だということに動揺しつつ、ララベルはここが精霊の住む世界であることに気づき始めた。近い将来、姉が嫁ぐ予定の精霊の世界……だが、何かがおかしい。
「それは、あとで朝食時に神官長様からお話が……はっいけない! ララベルさん、耳を塞いで」
――再び、窓の向こうに黒い陰。
『聖女ミーアス様ニ、ソノ魂ヲ捧ゲヨ』
ジリジリ、ジリジリ! ギリギリ、ジリジリ!
(聖女ミーアス? 一体、誰? 耳が、頭が……痛い)
窓に張り付いたジリジリと鳴く蟲の声が、ララベルとミンファの耳を痛く攻撃する。魂を乗っ取られそうな音に思わず耳を塞ぐと、外を見回り中だった小妖精リリアが黒い蟲を針でひと突き。
バチンッッッ!
「ふい~外の害虫が煩かったね! 二人とも大丈夫だった? ララベルさん、詳しい事情は、後できちんと説明するよ! さっ……行こう」
「はっはい」
ララベルは小妖精リリアが倒した害虫の正体が何であったか訊くことは控えて、自らの身の安全を優先することにした。
0
* 初期投稿の正編は、全10話構成で隙間時間に読める文字数となっています。* 2022年03月05日、長編版完結しました。お読み下さった皆様、ありがとうございました!
お気に入りに追加
456
あなたにおすすめの小説

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

夫から「余計なことをするな」と言われたので、後は自力で頑張ってください
今川幸乃
恋愛
アスカム公爵家の跡継ぎ、ベンの元に嫁入りしたアンナは、アスカム公爵から「息子を助けてやって欲しい」と頼まれていた。幼いころから政務についての教育を受けていたアンナはベンの手が回らないことや失敗をサポートするために様々な手助けを行っていた。
しかしベンは自分が何か失敗するたびにそれをアンナのせいだと思い込み、ついに「余計なことをするな」とアンナに宣言する。
ベンは周りの人がアンナばかりを称賛することにコンプレックスを抱えており、だんだん彼女を疎ましく思ってきていた。そしてアンナと違って何もしないクラリスという令嬢を愛するようになっていく。
しかしこれまでアンナがしていたことが全部ベンに回ってくると、次第にベンは首が回らなくなってくる。
最初は「これは何かの間違えだ」と思うベンだったが、次第にアンナのありがたみに気づき始めるのだった。
一方のアンナは空いた時間を楽しんでいたが、そこである出会いをする。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。
ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。
なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。
妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。
しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。
この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。
*小説家になろう様からの転載です。
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる