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逆行転生編1

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 遠いご先祖様ララベルの肉体に、逆行転生した精霊候補生イザベル。その初めてのお茶のお相手は、偶然の悪戯か、はたまた神の策略か……。やはりイザベルにとっては、ご先祖様にあたるカエラート男爵だった。

「明日の儀式に捧げる葡萄菓子の試食はもちろん、素晴らしいものだったが。淹れたての紅茶を贅沢に天使の蜂蜜で頂けるとは、今日は身も心もリフレッシュ出来るよ」
「手作りの葡萄ゼリーが、お口に合ったようで光栄です。精霊様達の好みにも合うと良いのですが……」
「きっと、大丈夫さ。少なくとも我が国の領土で採れる葡萄の中でも、最上級のものを使っているんだ。心遣いは伝わるはずだ」

 メイド達からの情報によると、このアルベルト・カエラート男爵はめっぽうモテるらしく、実際の対面してみても納得の良い男である。イザベルから言わせると、自分自身のご先祖様であることが不思議な気分になってしまう。
 ――だが、今は自分はイザベルではなく、アルベルトの婚約者ララベル嬢の肉体に魂を潜ませている立場。ついうっかり、自分はララベルではなく子孫のイザベルだとは言えるはずがない。ボロが出ないように、うまく会話を合わせて、なんとか儀式当日まで乗り切りたいところだが……。

「忙しい合間にもこうしてティータイムを設ける貴族の習慣は、冒険者稼業を兼業するオレにとって平常心を保つ意味でも良いものだね。実は今朝方、ちょっとばかり大きなドラゴンとやり合ってね。血の気を引かせるのに精一杯だったが、お陰で落ち着いたよ」
「まぁ! 少しの乱れも感じさせなかったので、全く気づきませんでしたわ。それで、お怪我はありませんでしたの?」
「お陰様で、大した怪我はしないで済んだよ。依頼でもない野良のドラゴンを、無闇矢鱈にとどめを刺してしまうと保護法に触れるし。何度か剣で体力を削って、転送魔法で巣に返したのさ」

 つい数時間前まで、ドラゴンと死闘を繰り広げたとは想像つかないほどの涼しげな顔は、実のところポーカーフェイスだった模様。品よくティーカップを持ち上げて、紅茶を嗜むその姿は評判の色男そのものだ。

(それにしても、こうして直接ご先祖様本人と対面すると、我が家に伝えられていたご先祖様の情報とは少しずつ違うわね。カエラート家の出世頭が剣の達人だったとは聞いていたけれど。ここまで本格的に冒険者稼業をしていたなんて、聞いたことがないし。ホーネット家については、名前だけで巫女の家系だったことすら、残されていないわ)

 窓ガラス越しに温かな日差しが降り注ぐ談話室で、三段重ねのケーキスタンドには巫女の家系であるホーネット家自慢のサンドウィッチやスイーツが並ぶ。イザベル自身にもカエラート男爵家の血のみならず、ホーネット家の血も流れているはずだが、ホーネット側の伝統は葡萄ゼリー以外継承していない。しかも、その葡萄ゼリーですらホーネットの菓子というよりは、カエラート男爵家の伝統菓子という設定だった。

「アルベルト様は、確かジョブは魔法剣士でいらっしゃるのよね。魔法力を消耗されているのなら、この精霊鶏のサンドウィッチがオススメです。地上では珍しい、強力な魔法力回復料理の一つなんですよ」

 さり気なくアルベルトに精霊鶏のサンドウィッチを勧めるイザベルだが、ホーネット家お手製のこの料理を食べるのはイザベル自身初めてだ。巫女ララベルと双子の姉レイチェルの好物だというこのサンドウィッチは、照り焼きソースが不思議な甘さでクセになりそうな味である。

「ほう! 流石は、巫女の系譜を守るホーネット家だな。そうか、この家は精霊界から許可を受けて精霊鶏の養鶏を任されているのか! まさかティータイムで、そんな珍しいものを並べているとは……。うん。卵のフィリングと照り焼きチキンとやらは、ボリュームも丁度良い。味も東方の風味で、甘く食指をそそる味わいだ」
「ふふっ。遠い異国の東の方では【精霊鶏の照り焼きサンドウィッチ】という呼び名で親しまれているそうです。こんなに美味しいのに魔法力まで回復するなんて、凄いですわよね」

 いつしか、系譜から消えてしまった伝統の味。そもそも精霊鶏の養鶏は現代の地上では禁止されているし、それを捌く資格を持った継承者も途絶えてしまった。けれど、ここはイザベルの時代よりさらに二百年ほど昔……忘れ去られた巫女の家系ホーネット家が、まだこの土地で息づいていた頃の大切な時間がここにある。

(ララベル……ごめんなさい。きっと今日という日は、貴女にとって大事なデートだったはずよね。けど、今は残されていないホーネット家の精霊鶏のサンドウィッチや、魔法力回復スコーン、とても美味しいかったわ)

 イザベルは本来の肉体の持ち主である先祖ララベルが、さり気なく過ごしてきたであろう貴重なティータイム。その機会に預かれることを謝罪するとともに、感謝した。

 二杯目の紅茶には、たっぷりとミルクをいれて気分を変える。だが、平穏はそう長くは続かなかった。

 カタカタ、カタカタ……。

 ティーカップを乗せたソーサラーが音を鳴らし、まるで小さな警鐘のように異変を報せる。そしてその音は次第に大きくなり、テーブルが、窓ガラスが、いや屋敷そのものが何者かに揺さぶられているようだ。

「えっ……地震?」
「いやっ。違う……この揺れは、ただの揺れじゃないっ。これは、この特有のリズムは……モンスターの波動!」

 バンッ!

「大変ですっ。ララベル様、カエラート男爵様! お屋敷の周囲が、黒い精霊達に囲い込まれています。今はまだ結界魔法のおかげで侵入を防げていますが、いつまでもつか。さらに、上空からも怪しげな雲が、生き物のような形を作り始めていて……。お二人とも、まずは地下室へ……」

 慌てた様子で部屋のドアを開けて飛び込んできたメイドは、息を切らしながら青ざめた表情で報告を述べた。

「黒い精霊……それに、モンスターまで。一体、何故?」
「とにかく屋敷の中に入れないように、防戦しなくては! オレとカエラート家の使用人でくい止めるから、ララベルは万が一のことを考えて地下室へ避難しろっ」
「いいえ、私も行きます! 回復魔法でサポートが出来るはずですわ」

 男爵とララベルの……いや、イザベルの瞳が合う。うちに決意を秘めたその瞳は、不思議と似た魂を秘めていて、カエラート男爵は何かの確信を得たかのようにコクンと頷いた。

 穏やかなひと時が静かに流れると思われていたが、それは目に見えぬ神が許さないらしい。
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