52 / 79
逆行転生編1
04
しおりを挟む
さて、来訪者を告げる鐘の音は、逆行転生者であるイザベルにとって難関な最初の試練であった。メイドが二人がかりで重厚な木の扉をギイっと開けると……現れた美丈夫は、自分の先祖であることを思わず忘れてしまうほどの眩いオーラを放っている。
「ようこそお越し下さいました。カエラート様、ララベル様がお待ちです」
「やぁ……予定より少し遅れてしまったが、まだお昼前だね。儀式の話し合いには間に合ったようで良かった」
亜麻色の長い髪を黒いリボンで束ね、澄んだ目元に程よく高い鼻筋、整った唇、シュッとした輪郭は、絶世の美青年と呼んでも差し支えないだろう。服越しでもわかるしなやかな筋肉が、彼が冒険者としても優秀であることを示しているようだ。身長は180センチを少し越えたくらいで、この時代の平均よりはやや高めという印象であった。
(……! 噂に違わぬ美青年ね、まさか自分のご先祖様にこんなカッコいい人がいたなんて驚きだけど。でも、うちの弟が大人になったらこんな感じになりそうだし、やはり身内といった感じかしら)
今朝突然、先祖の中に魂として宿ったイザベルからすると、顔すら把握していない使用人達との会話でさえ困難だったが。婚約者という特別なポジションのカエラート男爵との一対一の会話は、さらにプレッシャーがかかる。
(どうしよう……ここで私がカエラート男爵の機嫌を損ねて、婚約破棄なんかになったら。私自身が、存在出来ないことになってしまうわ。上手く誤魔化さないと)
実のところ、今にもプレッシャーに押しつぶされそうなのは、『時を超えた子孫イザベルを助ける』という使命を与えられていたアルベルト・カエラート男爵自身も同じであった。目の前に現れたララベル嬢は、以前会った時とは何処となく雰囲気が異なる。
アルベルト・カエラート男爵の冒険者としての【勘】が正しければ、もしかすると、彼女こそが時を超えた自らの子孫イザベルなのかも知れないが……なんせ証拠がない。
万が一、ただの早とちりで、『キミは、時を超えてきたオレの子孫だね』などと言おうものなら、気が狂れたと誤解されかねないのだ。慎重に、だが上手く誘導して、彼女自身が真のララベル嬢か、はたまた自身の子孫イザベルか確かめなくては……という使命感いっぱいだった。
お互いを探り合う先祖と子孫の様子は神の目からは、どのように映るのかは定かではない……が。さしづめ狐と狸の化かし合い、とはよく言ったものだと、後々カエラート男爵は苦笑いすることになる。
「ご機嫌麗しゅう……ララベル嬢。今日も相変わらず美しい、まさに地上に遣わされた美の女神といったところだろう」
跪き手の甲にそっと口付ける姿は、御伽噺の王子様のように麗しい。いや、イザベルの記憶が確かならば、過去の婚約者であった王子よりもカエラート男爵の方がよっぽど絵になるだろう。だからといって、イザベルの心が恋のようにときめくわけではなく、不思議と懐かしい親愛の情が心の奥に溢れるのだった。おそらく、血縁者特有の【内なる純粋な愛】が、イザベルの中に芽生えているのだ。
「まぁカエラート男爵様、お世辞が上手ですこと。今日は、明日の儀式の準備で葡萄菓子を作るので、よろしければ味見をしてくださいな。お庭で薔薇の花を愉しみながら、ティータイムというのも良いですわね」
「おお! 精霊様への捧げ物をいち早く頂けるなんて、光栄だよ。ふむ、実は先ほど先代の菩提樹の御神木に、挨拶してきたんだ。これも神の思し召しか」
スマートに立ち上がったカエラート男爵と彼を見上げたイザベルの瞳が、バチッと合ってしまう。お互いの心の奥底を探り合うようなぎこちない感覚に、思わず目を逸らした。
* * *
予定通りイザベルはメイド達と共に、キッチンで捧げ物となる葡萄菓子作り。その間、カエラート男爵には客間でゆっくりと休んでもらうことになった。慣れないカエラート男爵との会話を、どのようにして繋いで良いのか迷っていたイザベルは、一旦別行動となり胸を撫で下ろしていた。
(はぁ……けど、休んでいる暇はないわ。取り敢えずは、葡萄菓子作りを上手くやらないと!)
ハーフアップの髪をさらにうしろで一つに括り、白いエプロンをワンピースの上に装着。広いキッチンは大きな邸宅ならではのレストランの厨房のような作りで、家の専属シェフから指導してもらい、葡萄を仕込んでいく。
「さっララベル様。下ごしらえが終わったら、ゼリー液の素をじっくりお鍋で煮込んで、冷ましたら葡萄粒の入ったグラスに注いで……」
「ふう……あとは、氷魔法が効いている錬金冷蔵庫で固めるだけね」
菓子作りのレシピは時代によって多少違うらしいが、幸い、カエラート男爵家に伝えられているレシピと同一のものだ。透き通る紫色の葡萄菓子は、アメジストの結晶のように美しく、宝石と見紛うばかり。錬金冷蔵庫に入れる前に、シェフに最終チェックをしてもらう。
「ふむふむ、初めてにしてはかなり上出来ですな。ゼリー状に固まるまで数時間、だいたいティータイムの時刻には仕上がるでしょう! 恋と一緒で、気持ちというのは少し手間をかけて、じっくり固めていくと美味しくなりますよ。では……」
「ええ、ありがとうございます!」
徐々に形が安定するゼリー状の葡萄菓子を、ララベル嬢とカエラート男爵の始まったばかりの恋に喩えるかのようにするシェフ。イザベルは自分の手に、先祖の命運が託された気がして、改めて気を引き締めた。そしてまた、カエラート男爵も自らの子孫への疑問を少し手間のかかる菓子作りのようなもどかしさで、追求することにしたのだ。
二人が巡り会う意味が、過去を紡ぐだけでなく、もっと別の未来を導くとは……この時はまだ知る由もない。
「ようこそお越し下さいました。カエラート様、ララベル様がお待ちです」
「やぁ……予定より少し遅れてしまったが、まだお昼前だね。儀式の話し合いには間に合ったようで良かった」
亜麻色の長い髪を黒いリボンで束ね、澄んだ目元に程よく高い鼻筋、整った唇、シュッとした輪郭は、絶世の美青年と呼んでも差し支えないだろう。服越しでもわかるしなやかな筋肉が、彼が冒険者としても優秀であることを示しているようだ。身長は180センチを少し越えたくらいで、この時代の平均よりはやや高めという印象であった。
(……! 噂に違わぬ美青年ね、まさか自分のご先祖様にこんなカッコいい人がいたなんて驚きだけど。でも、うちの弟が大人になったらこんな感じになりそうだし、やはり身内といった感じかしら)
今朝突然、先祖の中に魂として宿ったイザベルからすると、顔すら把握していない使用人達との会話でさえ困難だったが。婚約者という特別なポジションのカエラート男爵との一対一の会話は、さらにプレッシャーがかかる。
(どうしよう……ここで私がカエラート男爵の機嫌を損ねて、婚約破棄なんかになったら。私自身が、存在出来ないことになってしまうわ。上手く誤魔化さないと)
実のところ、今にもプレッシャーに押しつぶされそうなのは、『時を超えた子孫イザベルを助ける』という使命を与えられていたアルベルト・カエラート男爵自身も同じであった。目の前に現れたララベル嬢は、以前会った時とは何処となく雰囲気が異なる。
アルベルト・カエラート男爵の冒険者としての【勘】が正しければ、もしかすると、彼女こそが時を超えた自らの子孫イザベルなのかも知れないが……なんせ証拠がない。
万が一、ただの早とちりで、『キミは、時を超えてきたオレの子孫だね』などと言おうものなら、気が狂れたと誤解されかねないのだ。慎重に、だが上手く誘導して、彼女自身が真のララベル嬢か、はたまた自身の子孫イザベルか確かめなくては……という使命感いっぱいだった。
お互いを探り合う先祖と子孫の様子は神の目からは、どのように映るのかは定かではない……が。さしづめ狐と狸の化かし合い、とはよく言ったものだと、後々カエラート男爵は苦笑いすることになる。
「ご機嫌麗しゅう……ララベル嬢。今日も相変わらず美しい、まさに地上に遣わされた美の女神といったところだろう」
跪き手の甲にそっと口付ける姿は、御伽噺の王子様のように麗しい。いや、イザベルの記憶が確かならば、過去の婚約者であった王子よりもカエラート男爵の方がよっぽど絵になるだろう。だからといって、イザベルの心が恋のようにときめくわけではなく、不思議と懐かしい親愛の情が心の奥に溢れるのだった。おそらく、血縁者特有の【内なる純粋な愛】が、イザベルの中に芽生えているのだ。
「まぁカエラート男爵様、お世辞が上手ですこと。今日は、明日の儀式の準備で葡萄菓子を作るので、よろしければ味見をしてくださいな。お庭で薔薇の花を愉しみながら、ティータイムというのも良いですわね」
「おお! 精霊様への捧げ物をいち早く頂けるなんて、光栄だよ。ふむ、実は先ほど先代の菩提樹の御神木に、挨拶してきたんだ。これも神の思し召しか」
スマートに立ち上がったカエラート男爵と彼を見上げたイザベルの瞳が、バチッと合ってしまう。お互いの心の奥底を探り合うようなぎこちない感覚に、思わず目を逸らした。
* * *
予定通りイザベルはメイド達と共に、キッチンで捧げ物となる葡萄菓子作り。その間、カエラート男爵には客間でゆっくりと休んでもらうことになった。慣れないカエラート男爵との会話を、どのようにして繋いで良いのか迷っていたイザベルは、一旦別行動となり胸を撫で下ろしていた。
(はぁ……けど、休んでいる暇はないわ。取り敢えずは、葡萄菓子作りを上手くやらないと!)
ハーフアップの髪をさらにうしろで一つに括り、白いエプロンをワンピースの上に装着。広いキッチンは大きな邸宅ならではのレストランの厨房のような作りで、家の専属シェフから指導してもらい、葡萄を仕込んでいく。
「さっララベル様。下ごしらえが終わったら、ゼリー液の素をじっくりお鍋で煮込んで、冷ましたら葡萄粒の入ったグラスに注いで……」
「ふう……あとは、氷魔法が効いている錬金冷蔵庫で固めるだけね」
菓子作りのレシピは時代によって多少違うらしいが、幸い、カエラート男爵家に伝えられているレシピと同一のものだ。透き通る紫色の葡萄菓子は、アメジストの結晶のように美しく、宝石と見紛うばかり。錬金冷蔵庫に入れる前に、シェフに最終チェックをしてもらう。
「ふむふむ、初めてにしてはかなり上出来ですな。ゼリー状に固まるまで数時間、だいたいティータイムの時刻には仕上がるでしょう! 恋と一緒で、気持ちというのは少し手間をかけて、じっくり固めていくと美味しくなりますよ。では……」
「ええ、ありがとうございます!」
徐々に形が安定するゼリー状の葡萄菓子を、ララベル嬢とカエラート男爵の始まったばかりの恋に喩えるかのようにするシェフ。イザベルは自分の手に、先祖の命運が託された気がして、改めて気を引き締めた。そしてまた、カエラート男爵も自らの子孫への疑問を少し手間のかかる菓子作りのようなもどかしさで、追求することにしたのだ。
二人が巡り会う意味が、過去を紡ぐだけでなく、もっと別の未来を導くとは……この時はまだ知る由もない。
0
* 初期投稿の正編は、全10話構成で隙間時間に読める文字数となっています。* 2022年03月05日、長編版完結しました。お読み下さった皆様、ありがとうございました!
お気に入りに追加
456
あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました
21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。
理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。
(……ええ、そうでしょうね。私もそう思います)
王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。
当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。
「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」
貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。
だけど――
「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」
突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!?
彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。
そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。
「……あの、何かご用でしょうか?」
「決まっている。お前を迎えに来た」
――え? どういうこと?
「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」
「……?」
「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」
(いや、意味がわかりません!!)
婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、
なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?
2度目の人生は好きにやらせていただきます
みおな
恋愛
公爵令嬢アリスティアは、婚約者であるエリックに学園の卒業パーティーで冤罪で婚約破棄を言い渡され、そのまま処刑された。
そして目覚めた時、アリスティアは学園入学前に戻っていた。
今度こそは幸せになりたいと、アリスティアは婚約回避を目指すことにする。

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。
ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。
なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。
妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。
しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。
この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。
*小説家になろう様からの転載です。

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
踏み台令嬢はへこたれない
IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。

夫から「余計なことをするな」と言われたので、後は自力で頑張ってください
今川幸乃
恋愛
アスカム公爵家の跡継ぎ、ベンの元に嫁入りしたアンナは、アスカム公爵から「息子を助けてやって欲しい」と頼まれていた。幼いころから政務についての教育を受けていたアンナはベンの手が回らないことや失敗をサポートするために様々な手助けを行っていた。
しかしベンは自分が何か失敗するたびにそれをアンナのせいだと思い込み、ついに「余計なことをするな」とアンナに宣言する。
ベンは周りの人がアンナばかりを称賛することにコンプレックスを抱えており、だんだん彼女を疎ましく思ってきていた。そしてアンナと違って何もしないクラリスという令嬢を愛するようになっていく。
しかしこれまでアンナがしていたことが全部ベンに回ってくると、次第にベンは首が回らなくなってくる。
最初は「これは何かの間違えだ」と思うベンだったが、次第にアンナのありがたみに気づき始めるのだった。
一方のアンナは空いた時間を楽しんでいたが、そこである出会いをする。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる