48 / 79
精霊候補編3
09
しおりを挟むアリアクロス暦1720年のとあるご令嬢の自室は、現代人のイザベルにとって不思議な懐かしさを呼び起こすものだった。イザベルが知る魔法学や聖女学の歴史が正しければ、アリアクロス暦1700年代というのは、魔法や錬金術、聖女の秘術が急激に発展した黎明期なのである。
(改めて部屋の様子を確認すると、現代のお嬢様が暮らす寝室というより、錬金術師の卵が生活してそうな空間だわ。カントリー調の家具に、壁にかけられたたくさんのドライフラワー、素材を煮込むための窯。カーテンやベッドカバーの色合いだって、ライトグリーンや花柄で可愛らしくありつつ、自然に寄り添うテイストで……ここのご令嬢は魔法か錬金術を学んでいるのかしら)
水鏡の儀式の末に、ララベルという名のご令嬢の肉体に逆行転生したことが推測されるが、まさか大騒ぎして怪しまれるわけにも行かず。ひとまずはあまりお喋りにならないように心がけて、ララベルというご令嬢を取り巻く人間関係を把握するように心がける。
「あらあら、それにしてもララベル様ったら、随分とお疲れだったのね。まぁ姉であるレイチェル様が、精霊様の元へ嫁ぐことを決意されたり。ララベル様自身もカエラート男爵との婚約話が舞い込んだり……双子の姉妹ならではの人生の転機ですもの。今日は捧げ物の葡萄菓子作り、明日は儀式の立ち会い……忙しさのピークですが、もう一息です」
「そうそう。あのお洒落で素敵な若い娘の憧れの紳士カエラート男爵に見初められるなんて、流石はララベル様! ささっ……今日も美しく身支度して、いつカエラート男爵様が遊びにいらしても良いようにしておかなくては。あぁメイド冥利につきますわっ」
「えっ……カエラート男爵?」
カエラート家はイザベルにとって、正真正銘本物のご先祖様のはずである。婚約者であるララベルが順調にカエラート家に嫁げば、ララベルはカエラート男爵の奥様だ。
その話の流れから自分が逆行転生した肉体が、自らのご先祖様である可能性に気づくイザベル。さらにメイドに促されて洗面台まで足を運ぶと、鏡に映るその姿は……イザベルと瓜二つの金髪碧眼の美人。
(カエラート男爵と婚約……ということは、この身体の持ち主は……もしかして、私のご先祖様っ?)
* * *
並行時間軸における現代の精霊界修道院では、ちょうど儀式の余韻が終わりを迎えつつあった。
しばらくは魔法の粒が、キラキラと流れ星のように水鏡の周囲を散らしていたが、次第に落ち着きを取り戻した。
「終わったのでしょうか、精霊神官長様、ティエール様。儀式は、そして……イザベルさんは一体どのような状態で?」
儀式の最中に悪霊がイザベルの魂を喰わぬように、ずっと周囲を警戒していたロマリオだったが、一旦その剣を鞘に納めた。おそらく、イザベルをつけ狙っていた邪気や瘴気が、この儀式部屋から消え去ったせいだろう。彼が気にしているのは、儀式の結果……正確にはイザベルの安否であった。
「……ふう、ガードありがとう。ロマリオさん、ミンファさん……イザベルの魂は無事にご先祖様の元へと転移出来たはずだ。彼女が今どのような状態にいるかは、この水鏡の映像を介して詳しく知ることが出来るはずだけど。精霊神官長様、その辺りの確認作業をしてもよろしいでしょうか」
イザベルの仮初めの婚約者であり、上司でもある精霊官吏のティエールが、ひとまずの儀式成功に安堵したのか額の汗を拭いながら、ロマリオとミンファに礼を述べた。水鏡の儀式の祝詞の殆どはティエールが唱えたものであり、周囲が想像するよりもだいぶ魔法力を消耗したようだ。おそらく、過去の世界に移動したと推測されるイザベルの魂の行方を、儀式のまとめ役である精霊神官長に問う。
長時間、天窓に向けて杖を掲げて祈りを捧げていた精霊神官長もやり遂げた表情で、ティエールやロマリオの疑問に応えるべく、水鏡の水面を覗き込んだ。
「うぬ、なんせこの儀式を行うのは、実に久しぶりじゃからのう。どれどれ、イザベルさんの魂の状態は……と。転移先はアリアクロス暦1720年の秋……ふむふむ。んっ……これは、まさか……!」
「一体、何が起きているんですか。精霊神官長様っ」
最初は、儀式の確実な成功を見越して安心しきっていたように見えた精霊神官長だったが、水鏡に表示される履歴を読んでいくうちに表情が青白く変化していく。
「逆行転生じゃっ! イザベルさんは魂の状態で過去の世界を見て回るのではなく、先祖の肉体に逆行転生することで、因果を継承することになってしまった。おそらく、役割を果たせば逆行状態から解放されるのだろうが。これは……これも彼女の数奇な宿命なのか」
「イザベルが、逆行転生……だなんて。つまりイザベルはしばらく、彼女自身のご先祖様として因果を実際に体感することに?」
「……! イザベルさん……」
驚きの展開に、それ以上言葉が続かない精霊神官長とティエール。そして、イザベルのルーツを先に知らされていたため、戸惑うロマリオ。
天窓から射し込む夜明けの光は、見事儀式が成功し消えたイザベルを遠くから見つめているようだ。設置された水鏡を介して、イザベルの魂が移動した先は、ご先祖様が生きる遥か昔の懐かしき故郷。
――因果の扉を開けてしまったのは、イザベルだけではない……。この場に立ち会ったそれぞれが、逆行転生の儀式という【禁術の向こう側】に足を踏み込んだ瞬間だった。
1
お気に入りに追加
454
あなたにおすすめの小説
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる