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精霊候補編3

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 元・人間であるイザベルの耳が、この丘に入ったことをきっかけに精霊特有の尖り耳に変化したことは、明白だった。本来は、いつまで経っても子供の状態でいることの多い幼い精霊の成長を促すことに利用する丘だが、それは精霊になりたてのイザベルにも適用されたと言えるだろう。
 突然異変に戸惑うイザベルだったが、すかさず小妖精リリアが蝶々のような羽をヒラヒラさせながら、イザベルの周辺をぐるりと廻って状態を確認する。

「ふむふむ……これは間違いなく正真正銘の尖り耳だよ。イザベル、尖り耳デビューおめでとう! アタシ達お揃いになったね」
「ふふっ。ありがとうリリア。外見上は人間時代とそれほど変わらない容姿だったのに、ついに見た目の上でも人間とは違う特徴を持ったわね。こうして少しずつ、自分が精霊になっていくことを自覚するのかも」

 なれない尖り耳は、見た目の変化のみならず、人間時代とは比べ物にならない聴力をもたらすらしい。なんせ、人間には認識出来ない周波数の音を聴くことが出来るのだから。

「イザベルの耳については、今日の拠点を確保してから改めて話し合おう。さて、まずは丘の上の教会の代表者の元へ、挨拶に行かないとね。今まで聞こえなかった周波数の音や、自然界の囁きが耳に入ってきても、惑わされたり動揺しないように」
「分かったわ、ティエール」

 あれこれ検討する余裕もなく、しばらくの仕事場となる教会及び、修道院へ挨拶に向かう。すると教会では既にミサが行われており、挨拶をするような雰囲気ではないため、そのまま修道院へ。敷地の様子を知るのは、少年時代にここで暮らしていたというティエールのみで、他のメンバーは初めての来訪だ。道案内はティエールが引き受けて、イザベル達はその後をついていく状態に。

「へぇ……想像しているよりも、ずっと広い敷地なんですね。こんなに広い畑が裏庭にあるなんて、びっくりします。太陽の光を浴びて、お野菜が輝いている……なんだか感動的!」

 各々の自宅敷地に小規模の畑を持って、スローライフを好むものが多い精霊族。だが、いわゆる都会育ちのミンファにとっては、これほどまでに大きな畑は珍しい光景のようだ。はしゃいで思わず小走りになるところで、ロマリオに注意される。

「ミンファ。初めての大農場で嬉しいのは分かるが、あまりキョロキョロしていると、畑の窪みにハマって転ぶぞ。足元に気をつけて歩くように」
「わっ本当だわ。落ち着いて、落ち着いて……」

 丘の上の教会という名称で親しまれているこの場所だが、実際は小さな村程度には敷地があり、事実、自分達の手で農作業を行い、大半の食糧を農耕でまかなっている。

「おーい、ティエール。久しぶりだなぁ……。精霊神官長なら、修道院でハーブティー作りをしてるだろうから、そっちに行くといいよ」
「久しぶりだね……うん、ありがとう!」

 途中、顔見知りであろうティエールに気付いて大きく手を振る農作業中の精霊もいたが、忙しいのかすぐに畑の手入れに戻ってしまった。

「あぁ……この畑を眺めるのは本当に、久しぶりだなぁ。僕も少年時代は、擦り傷を作りながら、農作業の手伝いをしたっけ。地上からの捧げ物も頂くけど、ほとんどの食糧は自分達で育てるからね」
「地上の修道院も畑仕事をするところは多いけど、まさか精霊様達も本格的な農作業をしていたなんて驚きだわ」
「農業だけじゃなくて、牛や鶏なんかの家畜のお世話もきちんとするよ。特にこの場所は、地上と同じ時間軸で全てが流れているからね。四季を感じながら、暑さ寒さと付き合っていくことも、人間に寄り添うために必要なんだと思う」

 真っ直ぐな眼差しで畑を見つめながら、地上の人々と寄り添う大切さを語るティエール。まさしく彼こそが、地上と天の仲介役にふさわしい心の持ち主だと、イザベルは尊敬の念を抱いた。人間に寄り添う精霊としての使命感、その志をイザベルもまた、学んで行かなくてはいけないのだ。


 * * *


 この丘の上の教会地域のまとめ役である精霊神官長は、地球と同じ時間軸で暮らしているせいか、かなりの老樹だった。現在では体力の都合上、説教の仕事は控えて、修道院でハーブティーやポーションなどの蒸留、錬金に勤しんでいるという。受付を済ませてハーブ蒸留室へと向かうと、勘が良いのかすぐさまティエール達を迎えてくれた。

「やぁ、皆様。遠路はるばるようこそいらっしゃいました。ティエールは随分と立派になって、嬉しい限り。ほほう……貴女がイザベルさんですね、精霊候補生の」
「はっはい。精霊神官長様、はじめまして」
「ほほほっ! 緊張しなくても良いんですよ、そろそろお昼の時間なので一緒に如何ですかな。仕事のミーティングも同時に行えますし。ささっこちらへどうぞ」

 お年寄りである精霊神官長の移動時間短縮のためか、ハーブ蒸留室を出てすぐのところに食堂が設置されている。他の作業を行っていたらしい修道士達もこぞって集まり、お祈りを捧げたのち、昼食となった。教会の農園で採れたキャロットスープやじゃがいものニョッキ、野菜たっぷりのキッシュと、自家農園ならではのナチュラルな料理ばかり。
 しかし……最後のデザートである『粒入り葡萄のゼリー』だけは、イザベルにとって既視感のあるものだった。

「これは……大きな葡萄のゼリー……とても懐かしいわ。まさか、地上の……」
「えぇ……いつも一品だけ、地上からの捧げ物を頂くのです。今日はたまたま男爵家からの手作りデザートでしたが、日によって異なりますよ。うむ、紫色の輝きが宝石のようで、実に美しい」

 そして葡萄ゼリーのケースには、カエラート男爵家の紋章が刻まれていた。ほぼ間違いなく、イザベルの実家であるカエラート男爵家の手作りゼリーだろう。

(あぁ……やっぱり、この紋章……間違いないわ。それにこの味は、お母様の手作りの味。でも何故、この葡萄のゼリーが……カエラート家の誰かが、地上の教会に来ているの?)

 イザベルの中で、抑えていたはずの『望郷の念』が、葡萄の種から芽生えるように、心を占拠し始めるのであった。
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