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4月3日 19:00

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「夕食は何か、希望あるか?」
「……」
「……響?」
 練習場から解散し、俺と響は二人一緒にマンションに向かった。
 その途中、ショッピングセンターに向かって夕食の買い出しをする。
 以前のようにひたすら出来合いの品を買うことはなくなり、なんとか食材を買って料理をする日々が続いていた。
 といっても、食事担当の俺はそうレパートリーがあるわけじゃない。
 カレーとか肉じゃがとか、似たり寄ったりのメニューばかりが続いてしまっていた。
 俺が作れるものは限られているが、それでもレシピを見れば新しい料理が作れるかもしれない。
 そんなわけで響にリクエストをしてみたのだが……
「響ー?」
「……あっ、すみません先輩、何でしたでしょうか?」
 響は俺が声をかけるまで、どこか心ここに非ずといった様子でぼんやり俺の方を眺めているだけだった。
「もしかして疲れてるのか? だったら俺買い物しておくから、先に帰っておけよ」
「……いえ、そういう訳じゃないんです」
 俺の言葉に響は首を振るが、それでもいつもとどこか違う様子は隠せない。
「……また、カレーでいいか?」
「はい」
 心配になった俺は買い物を適当に切り上げ、早々にマンションに帰ることにした。

「できたぞー」
「……ありがとうございました」
 帰ってからも、響の様子はおかしなままだった。
 俺がカレーを作っている間も相変わらずぼーっとした様子で、声をかけても生返事のまま。
「で、飯は?」
「あ……すみません! 忘れてました!」
「え……」
 料理は俺が作る代わりに、日々の米やパンは響が担当することになっていた。
 けれどもこの日、響は炊飯器をセットするのを忘れていたという。
「申し訳ありません、カレーなのに……早炊きにすれば、あと20分で炊けると思いますから」
「いや、いいよ。パンがあるならカレーとチーズを乗せて焼こう」
 慌てる響に、俺はどこか既視感を覚えながら首を振るとパンを切っていく。
「それより……どうしたんだ?」
「何が、ですか?」
 パンが焼ける間、俺は落ち込んで俯く響の顔を覗き込む。
 近くで見る響の顔は酷く困惑し、動揺しているように見えた。
「お前、今日はずっと様子が変だし……どこか調子が悪いのかなとか思って……」
 俺の言葉は次第に切れ切れになっていく。
 俺が話すにつれて、響の表情が少しずつ変化していったから。
 動揺から、皮肉気な笑みへと。
「先輩は……変わらないんですね」
「え?」
 何で、俺?
 響の言葉と表情の意味を理解できず、俺は目の前の相手の困惑が移ったかのように表情を強張らせる。
「どうして変わらないんでしょう。あんなことがあったのに……あれだけのことを、言ったのに」
「なに、が……何を言ったんだ?」
 響の言っている意味が解らず、しかしその迫力に気圧されてそのまま1歩2歩と後退する。
 別に逃げることはないのに。
 俺は、響のことは全て信じて受け入れたい。
 けれどもこの響は、俺の知ってる響とは違う……
 そんな俺の想いとは裏腹に、響は逃がすまいと左手で強引に俺の腕を掴む。
「響……?」
「ここ……」
 響の右手が、俺の首筋へと伸びた。
「……っ!?」
 反射的に身を竦めるが、それは容赦なく俺の首筋に触れる。
 ぞくりとした快感を覚悟し身構えるがそこには僅かな痛みが走っただけだった。
「あ、れ……?」
 自分の心と身体の反応の差に一瞬混乱する。
「……どうしました? ここ、俺を助けた時に変な具合に捻ったんでしょうか? いつまでも跡が残っていて、心配してたんです」
「そ、うだったのか……」
 そうか、響は心配してそこに触れただけ。
 考えてみれば、俺の身体は……まだ響を受け入れる前の、快感を知らない身体だ。
 だから触れられただけで感じる筈はなかった。
 変に意識して、響に申し訳ないことをした……
「今はもう平気だ。痛みもほとんどないし……」
 気を取り直して、言い訳するように響に告げた。
 しかし、その表情は相変わらず強張ったままだった。
「その場所に……何かあるんですか?」
「え?」
「妙ですね。まるで触れられるのをなんとか避けるように必死で逃げて」
「いや、別にそんな訳じゃ」
「それじゃあ、ここ……別に俺が触れても問題ないですよね?」
「あ、あ……」
 響は指を伸ばすと俺の首筋にそっと触れる。
 撫でるように、慈しむかのように、響の指が肌の上を這う。
 ただそれだけの筈なのに、俺の身体はまだその感覚を知らない筈なのに、3ヶ月後に響に慣らされた俺の心は、記憶はあるはずのない感覚を蘇らせてしまった。
「……っ、あ……っ」
「すみません、痛かったでしょうか?」
「あ、あ……ちょっ、と」
 堪えきれず漏れた声を、慌てて誤魔化した。
 響は俺の腕を握ったままなので、逃げきれない。
 このままでは、響にバレてしまう。
 俺の好意……そして、響を見る度に感じていた欲求を。
 そう。
 俺は“3ヶ月後”に、響と激しく愛し合った。
 心を通わせ響と繋がり合った記憶は俺に深く刻まれ、3ヶ月前の“今”に至っても忘れることができないでいた。
 響を見る度、ベッドでその匂いに包まれながら眠る度、酷い欲求に苛まれた。
 響と、愛し合いたい。
 もう一度あの時のように触れてほしい――
 だが今の響は俺とはほぼ初対面だ。
 3ヶ月の間に時間をかけて好感度を上げ、ゆっくり恋人同士にならなければと思っていた。
 だから早急に響への愛情を、欲望を表に出してはいけないと思っていた。
「あや……いえ、信良木先輩……」
 苦悩する俺を余所に、響は再び俺に手を伸ばす。
 今度は首筋ではない。
 唇に。
「……ふ、あっ」
 こちらも触れただけで思わず声が漏れた。
 身体の快感ではない。
 3ヶ月後に響に触れられた時の記憶が蘇って。
「ひび、き……何、を……」
 俺を、からかっているんだろうか。
 それとも何か思う所があるんだろうか。
 困惑したまま響を見つめる俺の瞳を、響は間近で覗き込む。
「質問があるのですが」
「え、あ、な、何……?」
 唐突に真剣な声で問われ、俺は思わず間の抜けた声を返す。
 もう、これ以上の接触はないと気を抜いた次の瞬間、それは来た。
「先輩は、男性と経験があるんですか?」
「え……!?」
 あまりにも予想外の質問だった。
 ある。
 お前と。
 いや、ない。
 今の時点では。
 一瞬ふたつの返事が頭の中を駆け巡り、回答が遅れる。
「……やっぱり、あるんですね?」
「い、いや、無いよ! 全く全然! っていうかやっぱりって何だよ!」
 ため息と同時に零した響の言葉があまりにも意外で、必死に否定しながらその部分を突っ込む。
「だって、先輩は……」
 響は俺の言葉に首を振ると、再び俺の首筋に手を伸ばす。
「……っ、あっ……」
 その指は今度こそ深い場所をついてきた。
 紛れもなく性的な触れ方に、俺は堪えきれず甘い声を出してしまう。
「ほら、こんな反応、絶対に初めてじゃありませんよね」
「ち、がう……」
「それに、いつもどこか男を誘う風を見せるし」
「そんなこと……」
 あるはずがないと、否定したかった。
 けれども、もしかすると俺は響に気付かずそんな態度をとってしまっていたんだろうか。
 今の響に3ヶ月後の響を重ねてしまって……
 だとしたら、大失態だ。
 響に……軽蔑されて、しまった?
 もう、3ヶ月後の関係に戻ることはできない?
 頭の中に絶望が渦巻いた。
 しかし響は冷静に……いや、その言葉はどこか激しさを増し、俺に畳み掛ける。
「一体、誰と……以前に言っていた、事故に遭ったという大事な人とでしょうか?」
「え……」
 それは、お前だ。
 そう言えないまま響を見つめる。
「それとも、俺の知っている相手? 日辻先輩ともよく話し込んでいたようですが」
「いや……」
「いずれにしても、俺には先輩を問い詰める権利があります」
「ど、うして……」
 茫然と見つめる俺に、響はその言葉をつきつけた。
「――俺のことが好きだと……愛してると言ったじゃないですか」
「え……!?」
 それは紛れもない俺の気持ち。
 けれども俺はいつそれを響に伝えたんだろう。
 酷く困惑する俺を見て、響は小さく笑う。
「やっぱり、その場限りの言葉でしたか……」
「ち、が……」
「だったら、証明してください」
「ど、うやって……」
「その態度で……反応で」
「あ、ひ、び……っ」
 どさり。
 ソファーの上に、俺はあっさり押し倒される。
 それと同時に響の唇が俺と重なるのを感じた。
「ん……ふっ」
 荒々しく俺の唇を吸い、舐め上げる懐かしい響の唇。
 思わずそれに応え、舌を絡ませた。
 そしてその直後、自分の失態に気付く。
 響は俺から唇を離すと、冷たい瞳で見下ろした。
「……随分と、慣れているんですね」
「いや、違う……っ」
「なら、ここはどうなんでしょう」
「あ……っ」
 響の手は荒々しく俺の衣服を剥いでいく。
 こんな響は、知らない。
 記憶に残る最後の響は、溢れんばかりの慈しみの中俺の衣服を脱がしていた。
 一番最初の記憶の中の響は、そもそも互いに裸同士で抱き合っていたし。
 俺を押さえつけるようにして無理矢理襲いかかる響に、抵抗できずにされるがままになっていた。
「や……あっ」
 肌蹴られた胸に響の手が這う。
 敏感な筈の部分にも指が当たったが、まだ快楽を知らないその部分は何の反応も示さない。
 俺の記憶が、震えるだけ。
 響にさんざん刺激され悶えた時の快感を思い出し、記憶だけで身体が反応する。
「男に襲われてこんなにも興奮してるんですね……」
「そんなわけ……っ」
 いや、違う。
 俺が感じてしまうのは、響だから。
 響の存在が、記憶が、俺を昂らせてしまっていた。
 俺の反応を引き出すように、響は胸への刺激を続けていた。
 指で、唇で、時には歯で緩く激しくその部分をいたぶる。
 興奮してより主張するその箇所を、舌でころころところがされ、歯によって潰され、指ではじかれた。
「……っ、は、あ……っ」
 いつしかそこはじんじんと痺れ、本当の快感を引き出しつつあった。
「あ……っ、それ、以上は……っ」
「止めませんよ? もちろん」
 懇願する俺に、響は冷酷に告げる。
 それと同時に俺のズボンに手をかけた。
 興奮しきって脱がせづらくなっているそれを、下着と共に剥ぎ取った。
「証明してもらうと言いましたよね? 最後の反応までしっかり確認させていただきます」
「あ……ぅ……っ」
 響の言葉に必死で首を振る。
 たしかに俺は、響を欲していた。
 けれどもこんな風に誤解されたまま響に抱かれたくはなかった。
 きっと、俺は酷く反応してしまうだろう。
 響だから。
 ずっと響を欲していたから。
 けれどもそれを見た響は、どう思うだろう。
 俺が今までも男を知っていると、自分もその相手の一人でしかないと考えてしまうんじゃないだろうか。
「違う……俺は、響、しか……う、んっ」
 必死で弁解しようとする俺の口に、何かが突き入れられた。
 それは響の指だった。
 1本、2本と指は増え、俺の唾液を絡めていく。
「う……んっ」
 響が何をしようとしているのか、よく分かった。
 それと同時に以前の響との行為を思い出し、否が応でも身体が昂ってしまう。
 舌で響の指を絡め、一つ一つを確認しようと撫でる。
「……そんなにも、欲しいんですか?」
 ゆっくり、口から指が引き抜かれた。
 響は俺をソファーに仰向けに転がしたまま、大きく足を割り開かせる。
「……っ」
 興奮した部分が丸見えとなった屈辱的な体勢の俺に、響はぐいと身体を寄せた。
「先輩のこの身体は……今まで誰を受け入れていたんでしょう?」
「あ……っ」
 ずぷり……
 響の指が1本、俺の中に入っていくのが分かった。
「ん……くっ」
 かつて響を受け入れた時のように、身体の力を抜いてそれを受け入れようとする。
 けれども今まで男を受け入れたことのないその部分は必死で抵抗しようとし、その結果俺の中に酷い違和感を生じさせた。
「……随分と、キツいんですね」
「あ……っ、動かすな……っ」
「そんなに、俺を受け入れるのに抵抗がありますか?」
「違……っ、俺は、まだ……っ」
 苦しげな俺を見た響は強引に指を進めるのを止め、ゆっくりその場所で動かす。
 少しずつ少しずつ動かしながら、奥へ奥へと指を進める。
「あ……っ、や、め……っ」
「ああ、大分抵抗が和らいてきましたね。増やしても大丈夫でしょうか?」
「やっ、まだ……っ、ぁあっ!」
 2本目は慎重に。
 3本目は少し乱暴に、響の指は増えていく。
 俺の身体は次第にその指を受け入れ初めていた。
 違和感と苦痛の奥にある、その次の感覚が目覚めつつあった。
 俺の記憶は既に知っている、その感覚に。
「は……ぁ、あ……っ」
 身体の奥から生まれてくる熱に耐えきれず、俺はいつの間にか響の指の動きに合わせて腰を振っていた。
「もう、受け入れる準備は整ったようですね?」
「あ……ひび、き……」
「いいですか、信良木先輩……」
「ぁ……あ……」
 響の求める声に、全身がぞくりと反応する。
 響が欲しい。
 俺もまた、耐えきれないほど響を求めていた。
 響は指を引き抜くと、その部分に響自身の欲望を押し当てる。
「先輩……」
「ひび、き……っ!」
 互いに求め合う身体が、ひとつになった。
 指とはまるで違う、熱く大きな欲望の塊に俺の身体はみしみしと悲鳴をあげそうになった。
「ぁ……あっ、キツ……っ、ぅ……っ」
 俺は身体の悲鳴をそのまま言葉にして声帯を震わせていく。
 ずくずくと脈打つ響の熱に、全身が翻弄され意識を失いそうになる。
 はじめての、体験だった。
 そこにあるのは記憶にある快感ではなく、経験したことのない激痛。
「ぁ……ああっ!」
 我知らず逃げ出しそうになる身体を響に押さえつけられ、更に深い箇所へと推し進められる。
「苦しい、ですか……?」
 響の、俺よりも苦しげな声が耳に届いた。
「でも、すみません……俺も、もう、止められない……」
 その声を聞いて、俺は自分を取り戻した。
「い、や、響……」
 痛みを逃すために喘ぐような声を出していた中から、なんとか言葉を絞り出す。
「俺……響のためなら……何だって……だいじょう、ぶ……」
「先輩……」
「愛してる、から……」
「信良木先輩……」
「なまえ、で……」
「あや……さんっ!」
「ぁ、あぁあああっ!」
 何かが爆発するかのように、響は動き出した。
 俺を押し倒すような恰好のままの正常位で、激しく動く。
「ぁ……あぁっ……ひ……あぁんっ」
 響が動く度に肺が圧迫され、声帯が震えて声が漏れる。
「文さん……文さんっ!」
「あ……っ、ひび……っ、あぁっ!」
 いや、ただの声ではなかった。
 刺激される度に身体の奥から湧き上がる、熱。
 それは快楽の形で俺の全身を支配し、いつしか声は嬌声になる。
「ひぁ……っ、すごっ、い……いっ!」
「文さん……っ! 俺も、すごく……っ!」
 互いに快楽を貪るように、夢中になって動いていた。
 それは既に、愛し合うという行為。
「ぁあ……っ! あぁああっ!」
 いつしか響は俺の中で快楽を吐き出すと、再び行為を続けていた。
 俺もまた絶頂に上り詰め、しかし何度も響を受け入れる。
 互いに意識がなくなる寸前まで、それは続いた――

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