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第5章 守られるだけじゃなくて

第5章 守られるだけじゃなくて

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 そこは、今まさに征服されようとしていた。
 俺が住んでいた土地から一駅ほど離れた隣町の繁華街。

 身体の疼く場所と地図を照らし合わせ、この場所を特定した。
 確証はなかったけれども、どうやら合致していたようだ。

「は、あ――」

 なんとかここまで来たものの、身体の疼きは止まらない。
 こんな身体で、そもそもここに来て、俺はどうしようというんだろう。
「それでも――」
 どうしても、会いたかった。
 少しでもその可能性のある場所まで近づきたい……ただその一心でここまで来てしまった。
 町は、見たことのある支配された色へと変わり果て人の姿は見えない。
 猫や鳥さえ、動くものはまるで存在しなかった。
「いや……!?」
 視界の端に、何かを見つけた。
 蠢くそれは、人――?
「あ……」
 ふらりとそこに近づいて、失望のため息を漏らす。
 それは、どこからか飛んできて風にはためくシーツの端だった。
「なんだ……」
 はぁと息を吐いた俺は、完全に忘れていた。
 俺は世界で、世界が危機の時は俺にも危機が訪れることを。
 つまり、今の俺はいつも以上に巡り合わせが悪くて――何かしらピンチが訪れやすい時期だった。
 はっと気付いた時にはもう遅い。
 ごとりという音と同時に、頭上にあった看板が俺めがけて落下してきた。
「あ――」
「危ないっ!」
 ――ヒーロー、参上。
 そうとしか言いようのないタイミングで、彼は現れた。
 飛び上がって看板を蹴り飛ばすユウの姿は、ヒーローそのものだった。
「……ユウ! ……あ、っ、うぅ……」
「大丈夫か!? どっか怪我でもしたのか?」
 俺に駆け寄るユウは、いつものユウだった。
「ユウこそ……大丈夫、なのか?」
 胸の奥に渦巻く感覚を堪えながら、ずっと心配していた懸念をぶつける。
「やっぱり、ユウはヒーローだった。絶対にこの世界を救うと思ってた。なのに……最近、世界が……」
「それは……」
 俺の言葉にユウは目を伏せる。
 そのままじっと見つめていると、苦しそうに顔を反らしてしまった。
「ユウ……」
 それでもじっと返事を待っていると、小さな声でぽつりと告げる。
「……合わせる顔が、ない」
「え?」
「だって、俺はお前に……」
「あ……」
 ユウの苦しげな表情を見ているうちに、再び胸の疼きが強まってきた。
 鼓動は激しく高鳴り、身体には興奮の印が現れる。
「ご、めん、ユウ……」
「翠……!」
 ユウは一目見て俺の状態を理解したようだ。
 すぐに俺を抱きしめ近くの建物の中に入る。
 以前、理科準備室に連れ込んでくれた時みたいに。
 ――だけど、その後のユウは違っていた。
 建物の中は商品も何もない宝石店のようで、奥に特別室らしい、柔らかそうなソファーが置かれた部屋があった
 部屋の中に誰もいないことを確認したユウは俺をソファーに座らせると、外に出て行こうとする。
「ユウ……」
 行かないで……そう、声をかけたかった。
 できれば、あの時みたいに俺を助けて欲しい。
 心からユウを求め、そう懇願したかった。
 けれどもユウの背中には、有無を言わさぬ意思が籠もっていた。
 だから、自分の中の気持ちを振り絞る。
「――頑張って」
「翠……」
「俺にとって、ヒーローはユウだけだ。ずっと、ユウの役に立ちたかった。ユウのヒーローになる夢を支えたい――それが、俺の願いだから」
 ――世界のように、救われたいと思っていた。
 だけどそれ以上にずっと願っていたことがあった。
 ユウの隣で、彼を支えたい。
 そうだ、そのために、俺は――
「……俺は、ヒーロー失格だ」
「そんなことは……」
「あの日――理科準備室に入った時。翠を救うだけじゃなく……あのまま自分のものにしておけば良かったと、ずっと思っていた」
「え……?」
「その上、魔王の住処から翠を救い出そうとした時、苦しんで魔王を求めるお前を……」
「え、え……?」
 ユウの告白を、ただ呆然として聞いていた。
 知らなかった。気付かなかった。いつの間に――
 いくつかの想いが渦巻いて、一つの答えにたどり着く。
「――そうしてくれれば、良かったのに」
 後ろ向きのヒーローの大きな背中を、ぎゅっと抱きしめる。
「翠……!」
「ユウは、ずっと……出会った時からずっと、俺のヒーローで、大切な人だった。ユウが助けようとする世界に嫉妬する程、大好きだった」
「……違う、俺が世界を救いたいと思ったのは、翠が……」
「いつも助けてくれて、ありがとう」
「……」
「だから……お願い、ユウ。今の俺も……助けて欲しい」
 疼く胸を押さえ絞り出した精一杯の告白。
「あー……」
 それを聞いたユウは、しょうがないという風にため息をつきながら、振り返った。
「俺は……もうヒーローなんかじゃない」
「そんなことない」
「だって……そんな風に言われたら……手加減できなくなる」
「そんなの、全然気に……」
「ちっとは気にしろ」
「あ……っ!」
 そのまま、ソファーに押し倒された。
 ――それから、俺はたっぷり時間をかけて、ユウの“手加減できなくなる”という言葉の意味を教え込まれたのだった――

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