6 / 7
第5章 守られるだけじゃなくて
第5章 守られるだけじゃなくて
しおりを挟むそこは、今まさに征服されようとしていた。
俺が住んでいた土地から一駅ほど離れた隣町の繁華街。
身体の疼く場所と地図を照らし合わせ、この場所を特定した。
確証はなかったけれども、どうやら合致していたようだ。
「は、あ――」
なんとかここまで来たものの、身体の疼きは止まらない。
こんな身体で、そもそもここに来て、俺はどうしようというんだろう。
「それでも――」
どうしても、会いたかった。
少しでもその可能性のある場所まで近づきたい……ただその一心でここまで来てしまった。
町は、見たことのある支配された色へと変わり果て人の姿は見えない。
猫や鳥さえ、動くものはまるで存在しなかった。
「いや……!?」
視界の端に、何かを見つけた。
蠢くそれは、人――?
「あ……」
ふらりとそこに近づいて、失望のため息を漏らす。
それは、どこからか飛んできて風にはためくシーツの端だった。
「なんだ……」
はぁと息を吐いた俺は、完全に忘れていた。
俺は世界で、世界が危機の時は俺にも危機が訪れることを。
つまり、今の俺はいつも以上に巡り合わせが悪くて――何かしらピンチが訪れやすい時期だった。
はっと気付いた時にはもう遅い。
ごとりという音と同時に、頭上にあった看板が俺めがけて落下してきた。
「あ――」
「危ないっ!」
――ヒーロー、参上。
そうとしか言いようのないタイミングで、彼は現れた。
飛び上がって看板を蹴り飛ばすユウの姿は、ヒーローそのものだった。
「……ユウ! ……あ、っ、うぅ……」
「大丈夫か!? どっか怪我でもしたのか?」
俺に駆け寄るユウは、いつものユウだった。
「ユウこそ……大丈夫、なのか?」
胸の奥に渦巻く感覚を堪えながら、ずっと心配していた懸念をぶつける。
「やっぱり、ユウはヒーローだった。絶対にこの世界を救うと思ってた。なのに……最近、世界が……」
「それは……」
俺の言葉にユウは目を伏せる。
そのままじっと見つめていると、苦しそうに顔を反らしてしまった。
「ユウ……」
それでもじっと返事を待っていると、小さな声でぽつりと告げる。
「……合わせる顔が、ない」
「え?」
「だって、俺はお前に……」
「あ……」
ユウの苦しげな表情を見ているうちに、再び胸の疼きが強まってきた。
鼓動は激しく高鳴り、身体には興奮の印が現れる。
「ご、めん、ユウ……」
「翠……!」
ユウは一目見て俺の状態を理解したようだ。
すぐに俺を抱きしめ近くの建物の中に入る。
以前、理科準備室に連れ込んでくれた時みたいに。
――だけど、その後のユウは違っていた。
建物の中は商品も何もない宝石店のようで、奥に特別室らしい、柔らかそうなソファーが置かれた部屋があった
部屋の中に誰もいないことを確認したユウは俺をソファーに座らせると、外に出て行こうとする。
「ユウ……」
行かないで……そう、声をかけたかった。
できれば、あの時みたいに俺を助けて欲しい。
心からユウを求め、そう懇願したかった。
けれどもユウの背中には、有無を言わさぬ意思が籠もっていた。
だから、自分の中の気持ちを振り絞る。
「――頑張って」
「翠……」
「俺にとって、ヒーローはユウだけだ。ずっと、ユウの役に立ちたかった。ユウのヒーローになる夢を支えたい――それが、俺の願いだから」
――世界のように、救われたいと思っていた。
だけどそれ以上にずっと願っていたことがあった。
ユウの隣で、彼を支えたい。
そうだ、そのために、俺は――
「……俺は、ヒーロー失格だ」
「そんなことは……」
「あの日――理科準備室に入った時。翠を救うだけじゃなく……あのまま自分のものにしておけば良かったと、ずっと思っていた」
「え……?」
「その上、魔王の住処から翠を救い出そうとした時、苦しんで魔王を求めるお前を……」
「え、え……?」
ユウの告白を、ただ呆然として聞いていた。
知らなかった。気付かなかった。いつの間に――
いくつかの想いが渦巻いて、一つの答えにたどり着く。
「――そうしてくれれば、良かったのに」
後ろ向きのヒーローの大きな背中を、ぎゅっと抱きしめる。
「翠……!」
「ユウは、ずっと……出会った時からずっと、俺のヒーローで、大切な人だった。ユウが助けようとする世界に嫉妬する程、大好きだった」
「……違う、俺が世界を救いたいと思ったのは、翠が……」
「いつも助けてくれて、ありがとう」
「……」
「だから……お願い、ユウ。今の俺も……助けて欲しい」
疼く胸を押さえ絞り出した精一杯の告白。
「あー……」
それを聞いたユウは、しょうがないという風にため息をつきながら、振り返った。
「俺は……もうヒーローなんかじゃない」
「そんなことない」
「だって……そんな風に言われたら……手加減できなくなる」
「そんなの、全然気に……」
「ちっとは気にしろ」
「あ……っ!」
そのまま、ソファーに押し倒された。
――それから、俺はたっぷり時間をかけて、ユウの“手加減できなくなる”という言葉の意味を教え込まれたのだった――
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
産卵おじさんと大食いおじさんのなんでもない日常
丸井まー(旧:まー)
BL
余剰な魔力を卵として毎朝産むおじさんと大食らいのおじさんの二人のなんでもない日常。
飄々とした魔導具技師✕厳つい警邏学校の教官。
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。全15話。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
守護霊は吸血鬼❤
凪子
BL
ごく普通の男子高校生・楠木聖(くすのき・ひじり)は、紅い月の夜に不思議な声に導かれ、祠(ほこら)の封印を解いてしまう。
目の前に現れた青年は、驚く聖にこう告げた。「自分は吸血鬼だ」――と。
冷酷な美貌の吸血鬼はヴァンと名乗り、二百年前の「血の契約」に基づき、いかなるときも好きなだけ聖の血を吸うことができると宣言した。
憑りつかれたままでは、殺されてしまう……!何とかして、この恐ろしい吸血鬼を祓ってしまわないと。
クラスメイトの笹倉由宇(ささくら・ゆう)、除霊師の月代遥(つきしろ・はるか)の協力を得て、聖はヴァンを追い払おうとするが……?
ツンデレ男子高校生と、ドS吸血鬼の物語。
平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
転生したら同性から性的な目で見られている俺の冒険紀行
蛍
BL
ある日突然トラックに跳ねられ死んだと思ったら知らない森の中にいた神崎満(かんざきみちる)。異世界への暮らしに心踊らされるも同性から言い寄られるばかりで・・・
主人公チートの総受けストリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる