彼岸花の咲く場所へ

マナ

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六、再会と遭遇

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コーヒーの芳ばしい香りが漂う。
匂いはそそられるが、実際に口にすれば苦さに呻くはめになるのがコーヒートラップだ。黒い液体を常飲する大人の気がしれない。緩やかな自罰行為だろうか。
そんな風に思いながらも、両手でアールグレイの入ったマグカップを持ちながら、湯気越しにコーヒーを飲む男三人を眺めた。

「それにしても驚いたなぁ。ノゾミちゃんと知り合いだったんだ!」
「俺も、叔父の墓の前であったっていう人の特徴聞いて、君かなぁ、って思ったんだけど、本当にそうだったとはねぇ」

二人の成人男性から口々にそう言われる青年は、年齢の差のせいだろう、華奢に見えた。

煩わしいという表情すら浮かべず、青年は沈黙のままコーヒーを飲み続ける。

(......ムカつく)

あの後、天宮も兄も戻ってきたが、二人が二人ともこの青年を知っており、そのままやいのやいのと世間話になってしまった。
と言っても、青年は必要最低限の事しか話さない。
だから余計になのか、大人二人はぐいぐい絡んでいく。自分の存在など忘れてるのではないかと思うくらいに。

というか、兄はこの医者を快く思っていなかったのではないのか。

終始もやもや苛立たしいような不快感だが、もう何がムカつくのかわからない。
とりあえず帰りたい。
とっとと金よこせ。

「ーーで、お二人はこんなところで何してるんですか」

お二人とは絡みまくる大人二人のことだろう。
こちらの存在はガン無視か。

「おお! よく聞いてくれた! 今日はだね、ちょっと人体実験をしていたのだよ」
「そうそう。うちの妹が引きこもって暇していたからアルバイトという社会活動を提供してあげたというわけさ」

ね、と二人揃って同意を求められ、ギロリと睨み返すも効果はない。
はぁ、と気の無い同意に青年の方へ顔を向ければ、表情に特に変化はない。

(......何さ。私に対してはもっと敵意むき出しだったくせに、この二人には大人しいとかどーゆうことよ。なめられてんの? 上等じゃないの)

「ねえ、お兄ちゃん。それより、この人誰なの?」

つっけんどんに言えば、あれまだ紹介してなかったっけ、とすっとぼけた返事。
すぅ、と冷ややかに愚兄を見やれば、はははと軽やかに笑って謎の青年を紹介した。

「彼はシュウくんって言って、殺し屋なんだ」
「そうそう。君たちや僕なんかと違って、普通の人間なんだよ」

...............いやいやいやいや。普通? 普通の人間?
いやまあ確かに、不死者の一家よりは種族的には人間は一般的なんだろうけど、え、でも、え......普通?

「彼は同業者の中でも若くてね。今年幾つだっけ?」
「十九です」
「ああ、じゃあ、お前と三つ違いか」
「ほう! よかったじゃないか、ノゾミちゃん。最近学校行ってないんだって? 同年代の友達ゲットだよ!」

話はどんどん進む。
同年代ならみんな友達とか、私は幼稚園児か。
というか、三歳も違えば、学校じゃあ雲の上の人くらいだ。運動部の一年にしたら、三年なんて神様並みの権力者だ。

「ちょっとお兄ちゃん......」
「おっとごめんよ。シャイなお前には部外者黙ってろよって感じだよね」
「ああ、そうだね。気が利かなくてごめんよ。あとはお若い二人でごゆっくり」

ぷちっと何かが切れる音がした。
大きく息を吸い込んで、声を出そうとした時、えっ、と自分からは口を開いてなかった彼が一足先に声を発した。

「今日は、やらなくていいんですか?」

やる? やるって何を?

「ああ! 確かに! うーーーん、せっかくだからほしい。やりたい! ......でもまあ、今日はノゾミちゃんのもあるし......うん、ごめんね、シュウくん! 今日はいいや」

また今度来て、と何でもないように笑う天宮の顔が胡散臭いにもほどがあった。
おや、先約だったのか、と兄が呟くも、いや、と天宮がそれを否定する。
 
「来れる時に来てもらってるんだよ」

僕は基本的に一日ここにいるからね、と胸を張る変態医師から視線を外し、青年ーーシュウに目をやる。

切れ長のくせに、春の海のように、穏やかで静かな瞳だ。
何処かで見たことのあるような瞳だ。
あのお墓で会ったときではない。
何処だろう。思い出せない。

シュウがコーヒーを飲みきり、静かに立ち上がった。
動作一つ一つに音が出ないとは、流石ご職業柄だな、と思った。

「では、俺はこれでお暇しますね」
「ああ、悪かったね。わざわざ来てもらっちゃって」

ようやくこの無駄に自分を苛立たせる青年から離れられると安堵するもつかの間、あ、そうだ、と兄がこちらを見た。

「俺この後、天宮さんと少し話してくから。お前、スーパー寄って先帰ってて。食パンと牛乳とあと玉ねぎ安かったら買い足しといてー」
「んなっ......!」

どういうことだ。
つまり、この男と一緒に部屋を出ろと?

兄と天宮は早々に話し始めた。
なんの話かはよくわからなかった。
株がどーのとか言っていた気がする。
心なしか、仇敵のような青年の視線が憐れみを含んでるような気さえした。

取り敢えず、二人揃って、無言で部屋を出た。
......アルバイト代を兄が預かり忘れたら、魔女に弟子入りしてでも呪ってやる。

      ※  ※  ※

陽は落ちた。
初めて遭遇した日と同じような時間帯だった。

(なんか、静かだわ)

てっきり大人二人がいなくなったら、罵詈雑言を浴びせてくるのではと構えていたが、そうではなかった。
何もない。

無言で暫く、駅への道を並んで歩く。

「あれ、兄か」
「......そうだけど?」

おもむろに口を開いたシュウに肯定すれば、へえ、と一つ納得したようだった。
沈黙が生まれる前に、急いで言葉を追加する。

「言っとくけど、あの兄は例外だからね。常識がない人だから」
「あの兄ってのは、どーいう意味だ?」
「他に二人兄がいるの」
「お前らと同じか?」
「同じって?」
「死なないのかって意味だ」

そりゃあ、同じ一族だから、と当たり前のように頷こうとして、亡くなった叔父を思い出した。

「......私の兄弟はみんな死なないよ」
「あっそ」

それきり、暫くはまた無言で歩いた。
駅が見えてきた。
目の前にスーパーもある。
ここで寄ってくか。......いや、やっぱり、いつもの家の近くのスーパーにしよう、と思い直す。

「ねえ、あんたは何であそこにいたの」
「お前には関係ないだろ」
「......確かに関係ないけど! 一方的に私の方だけ知られてるのがイヤなの!」

そんくらいわかんなさいよ、と睨めばシュウは少し考えるように眉間にしわを寄せた。

「まあ、お前と同じ理由かな」
「同じ?」
「そう。アルバイト」

人体実験ってことかしら。

「でも、あんた普通の人間なんでしょう?」

身体の構造上は。

「......あの闇医者は人体に関わることなら、なんでも調べたがるんだよ」
「ふーん」

会話が途切れれば、只管静かであった。
人の通りは少なかった。
暗くなっているのだから当たり前だが、それでも昔は深夜までネオンの光の中、人が溢れていたという。
不死者ではあっても、まだ生まれたての自分は知る由もないのだが。

駅が近づくにつれ、少しだけ人が増す。
マナーモードの振動音が聞こえた。シュウが携帯を取り出し、文字を打ち込んでいる。
そして仕舞い、ふいに言う。

「金のために身体差し出すとか、不死者ってのはお気楽なもんだな」
「うっさいわね。私だって知らなかったのよ」
「けど、結局やっただろ?」

自分からは調べられに行ったわけじゃない。
が、結果として調べ尽くされたのだから強くは言い返せず、不満が内部で募っていく。

「あんただって同じじゃないの?」

駅が見えた。
歩いて来た道よりずっと明るい。

「同じじゃない。どっちかと言えば、逆だ」

逆?
したくなかったけど、断れなかったということかしら。どこが違うっていうの。
射殺さんばかりに斜め上の端正な顔を見上げれば、冷たく静かな視線が降り注ぐ。
気圧されたことを悟られないよう、ひっそりと息を呑む。

けれど、告げられた言葉は、意外なものだった。

「不治の病なんだ。もって一年」
「えっ......?」
「そんな殺気立たなくたって、俺はそう遠くないうちにこの世からいなくなるよ」

クラクションが鳴る。
駅前にミニバンが停まっており、運転手がこちらへ手を挙げる。
シュウが反応した。
さっと足早に近づいていくのを呆然と見送った。
何か運転手と話している。そうして、こちらを振り返るように身体をずらしたため、改めて運転手の姿が見えた。
見定める色を秘めた眠たげな瞳とかち合い、さらに、シュウの静かな瞳にも晒される。
シュウが口を開こうとするのがわかり、慌てて目線を下に落として、駅の階段を登った。

きっと、家まで送るとかそういった、最低限の人間としての社交辞令がやってくると思ったのだ。

とんだお門違いだ。

不死者なのだから、送ってもらう必要性なんて、ありはしない。どんなに遅くたって、どんなに物騒だって、死んだりなんかしないのだから。

ーー普通の人間と違って。

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