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2巻

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 第一話 新たな始まり


 日本から異世界に転生して七年、自分――ユータ・ホレスレットは都市エーベルの領主の家で、のんびりと暮らしていた。
 魔法が使えないというハンデを背負ってしまったものの、自分には二つの特別な力があった。
 一つはどんな言語も任意の言語に変換できる力。例えば古代の文字を脳内で日本語に変換して読むことができる。書く時も同様だ。ただし、これは読み書きのみに限定される。
 もう一つは『記憶の図書館』だ。これは前世の知識が本の形になって収納された空間で、不思議な本を開くことでそこへ移動できる。
 この二つの力を使って、自分は魔導具を開発し始めた。
 魔導具とは、魔法と同じような現象を引き起こす道具のこと。詠唱を使わず、魔力を流すだけで魔法を発動出来る優れものだ。自分はポンプやドライヤーなど、前世にあったものを魔導具として、あるいは魔導具で工作して再現した。
 魔導具開発に精を出していたある日、自分の前に〝神〟を名乗る人物が現れた。その神様いわく、自分には『神子みこ』という存在を導く役目があるという。
 神子というのは神様になれる資質を持った存在で、この世界にはその神子達が何人かいる。何でも前世で人助けばかりしていたのが評価されて、自分が彼らの導き手に選ばれたのだそうだ。
 最初の神子が現れると聞いて、王都で開かれた舞踏会ぶとうかいに参加したが、そこで自分と家族は大騒動に巻き込まれる。暴漢達が乱入してきて、会をめちゃくちゃにしたのだ。
 その一味に魔導具で操られていた神子をどうにか正気に戻し、家に連れ帰ったのだった。


 都市エーベルに帰還きかんして数日が過ぎた。
 王都で開かれたエヴァレット公爵こうしゃく様主催の舞踏会で騒動はあったものの、大きな怪我もなくこうして屋敷に帰ってくることができた。
 事件の首謀者については現在も調査中とのこと。後は王都の人達に任せるしかない。
 しかし、あの場に神子がいると教えてくれた神様は、何か知っているのではないだろうか?
 自分と神子は自然に巡り合う運命だとも言っていたが、今回王都に行くように促したのは神様だ。
 今度記憶の図書館で神様と会った際に、それとなく聞いてみるとしよう。
 ひとまず神子は屋敷に連れ帰ることができたので、彼と話でもしてみようかな。
 彼は魔物だ。人間の言葉がわかるらしいが、話すことはできない。自分も魔物の言葉がわからないので、言葉による意思疎通は無理だと思っていた。
 だが、自分には転生時に付いてきた、他言語を別言語に変換できる力がある。
 これにより、魔物の扱う言語を文字に起こしてもらい、自分の脳内で人間の言葉に翻訳することで、筆談が可能になった。
 彼らにも文字という概念が存在し、かつ彼がその文字を書けたお陰で、意思の疎通が図れた訳だ。
 筆談を介して、色んなことがわかってきた。神子の名はドラウクロウ。見た目は白い体毛のライオンに似ているが、地球動物とは違う部分が存在する。
 彼の頭部には鋭い二本のつのが生えているのだ。そして先程も挙げた、人間の言葉を理解できる知能を有する。
 これは神様が自分と出会う少し前に与えた力らしい。
 魔物については詳しくなかったので、近いうちに調べてみたいところだ。
 ともかく、今回に関しては言語変換能力に感謝しかない。
 一時はこの力のせいで魔法が扱えないのだと思っていたが、良い点もしっかり存在したので案外悪くないと思えてきた。
 もしかするとこの力は、神様が神子を導くために授けてくれたのかもしれない。
 ちなみに、魔物自身は自分が神子であるとは知らない。
 自身が特別な存在だと知らない状態で、人間やこの世界のことを教えてやってほしい、と神様から頼まれている。
 まあ、何はともあれ今から神子の元に赴くとしよう。


 一階の客室に足を運び、ドアをノックした。
 現在時刻は午前の十時頃。
 朝食時には眠っていたがさすがに目を覚ましているだろうと思い、おもむろにドアを開けた。

「ユータだけど、失礼するよ」

 カーペットを敷いた床に横たわる、白い体毛の魔物が目に入る。
 王都で出会った時とはすっかり変わり、せぎすだった身体には肉が付き始め、薄汚れていた体毛は純白だ。

「体調は良くなった?」

 そう聞くと彼は、近くにおいてあった板――筆談用のものだ――につめを走らせる。
 今彼が文字を書いている板は自分が作った魔導具だ。
 板は削られても、任意のタイミングで修復でき、何度でも使える。黒板のような魔導具といった感じか。
 書き終わったらしく、ドラウクロウが板をこちらに見えるよう反転させる。
 そこには魔物の言語で文字が刻まれており、それを文字と認識した自分の頭が翻訳する。

『既に本調子に戻っている。身体を動かしたいのだが、許可はもらえないだろうか?』
「元気になったのは良いことだけど、身体を動かせるかは父さんに聞いてみないとね。それに、君と言葉を交わせるのは僕だけだから、ちょっと慎重にやろう」

 既に屋敷内では、ドラウクロウが言葉を理解することも、意思の疎通が可能なのが自分だけということも周知されている。
 意思疎通の方法については、家族以外には伏せている。
 裏を返せば、自分が他言語を理解できる能力を持つことを、家族には明かしたということだ。
 魔導具を作れることに加えて、この力についてもひとまず言いふらさないようにする、と父さんと約束した。
 しかし、ドラウクロウの存在や知能の高さは周知されたものの、魔物というだけで怖がる者もいる。
 いくら彼が人の言葉を理解していようが、皆は彼の言葉がわからないのだ。
 故に使用人達を怖がらせないように、ドラウクロウは屋敷内を自由に歩き回るのを禁じられていた。
 あらかじめ父さんに許可を取った上で、自分が付き添ってようやく部屋を出られる。
 彼はこれに異を唱えず従ってくれているが、このままというわけにもいかないだろう。
 自分は神様から神子の指導者の任を与えられている。
 ドラウクロウに人間の世界をもっと知ってもらわなければならない。
 それにはまず、行動の自由を手にできなければ話にならない。
 そのためには、ドラウクロウの安全性を知ってもらうのが良いだろう。
 障害となるのはやはり、言語の壁だ。

「そうだ!」

 ひらめきから突然声を上げて、ドラウクロウを少しびっくりさせてしまったが、構わず言葉を続ける。

「ドラウの使ってる魔物の言語に名前ってある? 人間が使う言葉はアドルリヒト語って言うんだけど」

 現状では意思疎通ができる能力を持ちながらも、言語の壁に邪魔をされている。
 だったら、無限の可能性を持つ魔導具でそれを取っ払ってしまえばいい。作れるかどうかはまだわからないものの、試す価値はあった。
 こちらの問いにドラウが答える。

『魔物が主に使用するのはモンストルムという言語だ』

 モンストルム。それが彼ら魔物が主として使う言語の名か。
 言語変換の力によって『モンストルム』という言葉として認識できているが、実際に書かれているのは文字というより図形に近い。
 ともかく、このモンストルムという言語をアドルリヒト語に翻訳できるような魔導具を作ってみよう。
 そう考え、魔導具を作るためにドラウを自室へ連れて行くことに決めた。


 父さんからドラウの行動の許可を取り、現在は彼と一緒に二階の自室にいる。
 これから魔導言語を用いて翻訳の魔導具を作るのだが、その前に道具の形をどうするか決めなければならない。
 安直に首輪型を思いついたが、そういえばドラウと王都で出会った時、彼は首輪によって身体を強制的に操られていた。
 良い思い出ではないだろうから、首輪は避けてピアスや腕輪の方がいいか。
 一応、ドラウにも意見を聞いてみた。
 すると、彼は持ってきていた板に文字を削り込む。

『魔導具の形は首輪でも構わぬ。我が嫌っているのは身体を蝕んでいたもやの方であり、首輪ではない』

 こちらが文字を読み終えたと目線から読み取ったらしいドラウは、新たに文字を書いた。

むしろ、首輪の方が良いだろう。ひと目でぎょされていると伝わる』
「ドラウがそう言ってくれるなら魔導具は首輪をかたどることにするけど、着けてみて嫌だったら遠慮なく言ってね。絶対だよ」
善処ぜんしょしよう』

 遠慮気味な彼に少し不満を抱きながらも、早速作業を始めた。

「うーん、参ったな」

 素材棚を見たところ、色々と材料が不足していることがわかった。
 これでは、ちゃんとした首輪は作れそうにない。ドラウには悪いが、今回は適当なもので代用しよう。材料の補充を父さんにお願いしないといけないな。
 棚にあった適当な鉱石を持ってきて、愛用している手袋の魔導具を装着して実製作に入る。
 手袋の内側に刻んである魔導言語『物質変形』を使って、必要な分の鉱石を取り分けた。
 そして、ドラウの首の太さを大まかに計測して、先程分けた鉱石を輪っかの形に変えていく。
 形が整ったら切り込みを入れ、両方の切断面に凹凸おうとつを作り、はめ込み式で着脱できるよう作り変える。
 それが終われば、ペンを使って魔導言語の刻み込みだ。
 まずは、首に合うよう大きさが変わる『着用調整』の魔導言語を刻む。
 その後に『モンストルム語をアドルリヒト語に翻訳』という言葉を続けた。
 前にドライヤーの魔導具を作った時にも使用した、普通の文字を魔導言語化するやり方だ。アドルリヒト語の文章に魔力を流しこめば、魔導言語に変わる。
 しかし、文章系は効果を正確に指定できる分、文字数がかさむので、魔力とスペースに余裕がないと使えないのが難点である。
 ともあれ、これで首輪型翻訳魔導具が完成した。
 実際に使えるかどうかを早速試してもらうとしよう。

「魔導具、完成したよ」

 ドラウに声を掛けると、彼は立ち上がりこちらに寄ってきた。
 彼の表情から着けてくれという意思が読み取れたので、一言かけてから首輪を装着する。

「首輪が苦しかったりしない?」

 そう聞くとドラウは喉の調子を確かめるように声を出してから、口を動かした。

「問題ない」
「それなら良かったよ。言葉もちゃんと伝わってるし、翻訳機能の方も問題なさそうかな」

 この世界では生物が生きる上で魔力は必要不可欠。
 身体を休めれば回復するが、活動時は無意識のうちにごく微量の魔力を体外へ放出している。
 どうやらこの首輪の魔導具は、その体外へ放出される魔力を利用して力を発揮するようだ。
 魔導具の発動要因は様々だ。自分が先程使用していた手袋の魔導具の『物質変形』は、意識して魔力を込めなければ発動しない。
 さて、しっかり魔導言語が働いているようだし、引き続き性能のチェックを行おう。
 それが終わったら、父さんにドラウが言葉を話せるようになったことを報告しなくては。
 もしかしたら、行動の制限を緩めてくれるかもしれない。
 その後は、兄さん達と話している様子を屋敷内で皆に見せて、ドラウに慣れてもらう作戦で行こうかな。

「それじゃあ、魔導具の確認をしてから父さんの所へ行こうか。これでドラウへの印象を変えてもらえれば良いんだけどね」


 魔導言語はこの世のことわりに触れて、魔導具に力を付与する。
 であれば、その言語を構成する魔導文字は世界を形成する要素でもあり、この世界は文字で作られていると言っても良いのではないのか。
 そんな突拍子とっぴょうしもないことが、ハンスさんの著書に書かれていたのを思い出した。
 ハンス・アルペラードさん。魔導具の開発に現代で一番力を入れている人で、魔導具に関する本を多く書いている。
 彼とは先日の王都での事件が落ち着いた後に、エヴァレット公爵家のダンスホールで出会った。
 父さんと知り合いだったハンスさんは、父さんが身に着けていた魔導具や魔装まそうを作ったのが僕だと知り、驚いた。そしてあろうことか、はるかに年下である僕に魔導言語について教えて欲しいと言ってきたのだ。
 その熱意と狂気じみた魔導具への愛に気圧けおされ、つい魔導言語について教える約束を交わしてしまった。
 実を言えば自分では力不足だと思っているのだが、約束は約束なので後日ホレスレット家を訪ねてくることになっていた。
 何故、ハンスさんのことを思い出したのか。
 それは、執務室に来たところ、自分宛てにハンスさんから手紙が届いていたからである。

「悪いと思ったが先に読ませてもらった。内容は、仕事を片付けたらすぐにこちらに向かうとのことだ」

 一つ呼吸を挟んだデルバード父さんは言葉を続けた。

「それと、これをカイルに渡しておいてもらえるか」

 そう言って渡されたのは、エヴァレット公爵家の紋章もんしょうが刻印された手紙だ。

「兄さんにだね。わかったよ」

 手紙をポケットにしまいこみ、隣にいるドラウに一度目をやってから自分は口を開いた。

「それで、ドラウについての話なんだけど。実はドラウの言葉を翻訳する魔導具を作ったんだ」
「ほう。それは凄いじゃないか。まあ、だからといって、今日明日にでも自由行動を許そう……とはならないがな」
「まあ、そうなるよね」

 そう簡単に許可は下りなかった。わかっていたつもりだったが、もしかしたらという期待があったのは確かだ。
 父さんはさとすように言った。

「だから今日のところはカイルの元へ連れて行って、ドラウクロウが人の言葉を話せるようになったことを少しでも広めた方が良い」

 父さんはさらに言葉を続ける。

「屋敷の者達も一日二日では慣れないだろうが、同じ言葉を話せるのであれば少しずつ彼を理解してくれるだろう」

 そう口にした父さんの視線は隣のドラウへ向けられていた。
 ドラウが魔物であっても、既に屋敷の一員として認めてくれているのだろう。
 ドラウを『彼』と呼んだことからもそれが伝わってきた。

「ありがとう、父さん。急いでも仕方ないし、ゆっくり状況を変えていくよ」

 言葉の後で、隣にいるドラウに小声で謝った。彼は首を横に振る。

「私の存在が周知されればいずれ行動の制限も緩くなるだろう。今気にしてもせん無きことだ」

 励ましてくれたらしい彼に、自分はありがとうと返した。
 その後、主にドラウのことについて話をしてから、自分達は執務室を出た。
 今は兄さんの元へ移動中だ。

「それにしても驚いたよ」
「何がだ?」
「ドラウが捕まっていた理由だよ」

 先程ドラウについて聞いていると、彼が『隷属れいぞくの首輪』という道具――おそらく魔導具だろう――で従わされていた理由と経緯がわかった。
 彼は元々、ホレスレット家が治めている、エーベルとは別の領地――フリアントにある森にいたらしい。
 そこで箱罠に入ったえさに誘われ、えなく捕まってしまったとのことだ。

「え、そんなイノシシみたいに!? って言葉が危うく出そうだったよ」
「その少し前から身体から力が抜けるようになってしまっていてな。それ故、上手く餌が取れず、腹が空いていたのだ」
「身体から力が抜ける、ねぇ。病気とかかな」
「原因はわからないが、自然現象の類かもしれないな」

 ちなみに、隷属の首輪という名前は、捕まった時に聞いたのだそうだ。その時にはもう神様から力をもらっていたらしい。
 話しながら歩いていると、廊下の窓から外の様子が見えた。

「あそこで手合わせをしてるのがカイル兄さんだよ」

 指を差してドラウに伝える。
 そこでは、兄さんが警備団の人達と一緒に訓練を行っていた。

「ほう、やはり良い動きをしているな。本調子ではなかったとはいえ、私が負けたのも頷ける」

 首輪に操られるドラウを相手にした際、主に戦ったのは兄さんだ。
 普段は脳筋すぎてどうかと思うこともあるけど、戦いとなればやはりピカイチの腕前だ。

「相手はガリアルか。彼は元冒険者だから騎士のような綺麗な戦い方じゃないんだよね」

 二人の持つ木剣が幾度もぶつかり合う。
 ガリアルは兄さんの小さな隙を見つけては、掴んでいた砂を投げつけたり足で砂を巻き上げたりする。さらに頭突きや足首への蹴りで、少しずつダメージを蓄積させていた。

搦手からめてを狙われているな。だが、翻弄ほんろうされてはない」
「さすがは兄さんだね。あっ、兄さんの勝ちで決着がついた。それじゃあ行こうか」

 ドラウはウズウズした様子で先を歩く。
 彼に付いて訓練場まで足を運び、兄さんの近くまで行く。

「お疲れ様、兄さん」

 開口一番にねぎらいの言葉を掛けた。

「ああ、ユータと……」

 兄さんは隣のドラウに顔を向けて、言葉に詰まった。
 どうやら、名前を忘れているようだ。
 屋敷内でドラウのことはそれなりに広まっているはずだが――そして兄さんは王都で戦った仲だが――まだ名前を覚えてはいなかったのだろう。
 そんな兄さんの様子に気づいたドラウは口を開いた。

「ドラウクロウだ。改めてよろしく頼む」
「そうだった、そうだった。ドラウクロウだったな、よろしく。それにしてもしゃべれるようになったのか」
「ユータ殿に魔導具を作ってもらったのだ」
「ああ、なるほど」

 兄さんはドラウクロウが喋れるようになったことに大して驚かなかった。
 父さんもそうだったが、これが普通の反応なのだろうか。

「先程の模擬戦を見させてもらったが、中々に面白い戦いだった」
「ドラウクロウほどの魔物にそう言ってもらえるのは嬉しいな」
「どうだ、我と一戦交えてみないか?」

 身体を動かしたがっていたドラウは、兄さんに戦いを申し出た。
 すかさず自分は止めに入る。

「今は駄目だよドラウ」
「何故駄目なのだ? 気軽に戦えるほどの仲だと周りにも伝わると思うのだが」

 彼も彼なりに考えての発言だったらしいが、屋敷の皆がドラウのことをあまり知らない現状では得策ではない。

「逆にドラウが襲っているように見えてもおかしくないよ。万が一誤解ごかいでもされたら困るから、今はまだ約束するだけにしてね」

 こちらの説得に少し悩む素振りをしてから、ドラウは残念そうに返事をした。

「ふむ、仕方ないか。ではカイル殿――」
「――気軽に呼び捨てでいい」
「そうか、それなら私もドラウと呼んでくれ。ではカイルよ。いずれ我とやいばを交えてくれ」
「ああ、その時はよろしく頼むよ」

 納得してくれて、思わず安堵あんどのため息が漏れる。
 だが、このままだとドラウにもストレスが溜まるだろう。
 早めにドラウのことを理解してもらえるよう、もう少しいい案を考えたいな。

「そうそう、兄さん宛に手紙が届いたそうだよ。はい、これ」

 ひとまずそのことは頭の隅によけて、父さんから受け取った手紙を兄さんに渡す。

「この紋章はエヴァレット公爵家のものか」

 そう呟いて手紙を受け取った兄さんは、徐に封を解くと内容を確認した。

「げっ……」
「変な声出してどうしたの?」
「近々ルスリアが来るようだ」

 兄さんから差し出された手紙を受け取って、中身を確認する。
 そこにはキザな愛の言葉に始まり、ドラウクロウのことを調べるという建前で遊びに来ると書いてあった。
 こんな情熱的な文章を書くのもルスリア様らしい。
 ルスリア様はエヴァレット公爵家の令嬢れいじょうで、兄さんに好意を寄せている人だ。
 舞踏会で見た彼女は男装だんそう麗人れいじんといった見た目だった。性格も中々にユニークである。

「へぇ、それなら精一杯歓迎しないといけないね」
「はぁ~、しょうがないか」

 大きなため息をついた兄さんに手紙を返す。
 どうやら、相当面倒らしい。だが、嫌ってはなさそうに見える。
 今回の訪問で仲を進展させることができれば、ホレスレット家としては嬉しいところだけど。
 そんな考え事をしているところへ、唐突に声が掛けられる。

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