転校から始まる支援強化魔術師の成り上がり

椿紅颯

文字の大きさ
上 下
88 / 129
第五章

第41話『特別試験終了』

しおりを挟む
 落ち着け、焦るな。
 一度の勝利に甘えるな。
 思慮深く観察し、絶対に油断するな。

『グアァァァァァァァァァァ!』

 困惑と怒りが入り混じっているのだろう。
 咆哮を上げ、己を鼓舞するレンジャーラット。

 突然姿を現した人間が、勢いよく接近してくるのだから無理もない。

「はあああああっ!」

 僕は勢いをそのままに懐まで潜り込もうとする。
 だが、そんなことを簡単にさせるほど相手もバカじゃない。

『グゥッ!』

 右手を振りかぶろうとするも、

「ここだ! プロボーク!」
『ウゥッ!』

 レンジャーラットの動きが一瞬止まり、顔が強引に一華の方向へ向けられる。
 それを見逃すはずがない。
 僕は足元まで潜り込み、スキルを発動させる。

「スタン!」

 地面から垂直に跳んで、左盾でアッパーを食らわせる。

『~っ!』

 レンジャーラットは声にならない声を上げ、顎を跳ね上がらせた。
 だがまだ全然足りない。

 落下する前に胸ぐらの厚毛を左手で鷲摑み、

「スタン!」

 今度は不安定な体制のせいで勢いは足りないけど、右盾の縁でもう一撃を顎へスキルを叩き込んだ。
 着地後、後方に飛んで距離をとる。

 残念ながら二回程度ではスタン状態まで持っていくことはできない。
 でも、意識はできていても防げない攻撃を二度も同じ場所に食らえば、後方に二、三歩下がり、ふらついている。

「ファストヒール、フィウヒール。一華、まだ終わりじゃない。次!」
「うん!」

 この戦術が現状況では最も安全策。
 スキルの特性を最大限に活かした戦い方。

 スタン状態にしてしまえば、もはや勝利。

「っ!」
『グッ、グッア! アッ!』

 あろうことか怒りの感情が爆発させ始めた。
 まさに子供の地団駄。
 足を腕を、力の限り空を斬っては地面を叩く。

 モンスターでも人間だったとしても緊急事態において、捨て身の安全策。

 ――攻撃こそ最大の防御。

 あれでは近づけない。

「インサイト!」

 一瞬だけ行動が止まった。
 でも、一瞬だけだった。

 くっ! 一華、ごめん!
 
 最悪にも、一華が作ってくれた一瞬の好機に乗り遅れてしまった。

 再び動き出すレンジャーラット。

 一体どうしたら……。

「志信くん! あのバリアちょうだい!」

 そう言いながら、僕の横を全速力で駆け抜ける一華。

「なっ! 無茶な!」
「大丈夫、今の私ならやれるよ!」

 何の根拠があって。
 そんなこと、口が裂けても言えなかった。

 仲間の覚悟を無下にすることはできない!

「フィジックバリア!」
「ブロッキング! ――――くっ、きゃぁ!」

 一華は振り回される暴君に自ら突撃していった。
 そして左腕の攻撃をスキルで防ぎきり、右腕の攻撃を生身で受ける。
 右の攻撃事態は無効化されるも、次いで左の攻撃に体を吹き飛ばされてしまった。

 でも、今度は出遅れたりはしない。

 既に僕は一華と入れ違うように懐へ潜り込んでいた。

「はぁあああああ! スタン――スタン!」

 再び床から垂直に跳んで、顎に二発ぶち込む。

 まだ終われない。

 完全に視界がグラグラと揺れ始めるのを見逃さず、剛毛にしがみついて後頭部付近まで上り詰める。

 レンジャーラットはそのことに気づいているようだったが、手も足もおぼつかない状態になっているため、完全に掴もうとする手が空振りをしていた。

「もう少しだけ付き合ってもらうよ」

 少しの間を待つ。
 そして、

「これで終わりだ! スタン、スタンッ!」

 スキル再使用時間を待機し終え、僕はレンジャーラットの脳天に二発スキルをぶち込んだ。

 もはや完全なスタン状態に陥った。
 立ってはいられず、後方に力無く倒れてしまう。

 僕はタイミング良くその場から飛び降た。

 これで、後はみんなの援護を――、

「し、志信くん!?」

 その第一声は美咲だった。

「ど、どうしてここに……ってこれはどういう状況……?」
「ああ、みんなもソルジャーラットを倒し終わったんだね」
「そ、そう! いろんなことがって、共闘することになって、でもこいつが現れて、一華が――」
「う、うん。まずは落ち着いて、ある程度の状況はわかったから」

 続いて、あちら側で戦闘していた全員がこちらに向かってきた。

「あっれー? しっのぶじゃーん!」
「おいおい、随分と遅刻しやがって……って、これって……」

 相も変わらず高いテンションの結月。
 そして、レンジャーラットが初見とそうじゃない組の反応は別れ、そうじゃない組は全員が目を点にしていた。

「説明は後でするから、こいつが気絶している内にみんなで総攻撃しよう」
「そうなんだけど、わかってはいるんだけど、こうしてみるとなんだか可哀そうにも思えてくるよね」

 と、冗談を交える彩夏。

 言いたいことはわかる。
 でも、そんなことは言ってられない。
 再びこいつが行動を起こし、力の限り暴れはじめればどうなるかはわからない。

 ――だけど、そうはならなかった。

 パチッパチッパチッ。
 そんな軽快なリズムの拍手が耳を叩いた。

「いやぁ、素晴らしい。さすがは我学園の生徒たちだ」
「……明泰学園長」

 全員の視線はその人に集まる。

 学園長はゆっくりと僕たちの目の前まで歩みを進めた。

「みんなに朗報だよ。現時刻を以って特別試験は終了、お疲れさまでした」
「でも、まだこいつは倒せていません」
「いいや? そんなものは一見しただけでわかるよ。だって、後は集中攻撃するだけでしょ? だったら結果は見えてるし、大丈夫、しっかりとそいつの分も加点しておくから。あーでも、そいつの得点は志信君パーティにだけだけどね? 文句はないよね」

 後ろの方から、声を合わせて「はい」との返答があった。

「いやぁ、それにしてもこの試験に立ち会えて本当に良かったよ。本当に良いものを見させてもらった。是非ともあの子にも見て……――いや失敬、みんなは疲れているだろうしこの後の授業へは参加しなくて大丈夫だから。じゃあ、解散!」

 学園長の話が終わるやすぐに振り向くと、レンジャーラットは跡形もなく姿を消滅させていた。

 そこから視線を横にずらすと、門崎さんが美咲に「ありがとう、おかげで気に抜けることができたわ」と頭を下げている。
 美咲は「いえいえ、お疲れ様」と手をひらひらと左右に揺らしていた。
 一連の流れが終わると、2人は笑顔を交わしてもう一つのパーティはこの場から去って行った。

「そうだ美咲、ついてきて」
「う、うん?」

 事情を説明している時間の猶予はない。
 美咲を急かすかたちで誘い、ある方向へ走り出す。

「一華! 大丈夫⁉」
「えっ、えっ!」
「――……あっ、あっはは……いったたぁ」

 大の字に倒れる一華を見て驚愕する美咲。

「急いで回復を」
「う、うん!」

 急いで2人で回復スキルを使用し、一華の傷を癒す。

 ほどなくして、後方から駆け寄る音が一つ。

「一華!」

 視界に飛び込んできたのは叶だった。
 叶は横たわる一華を抱き寄せる。
 
「か、叶ちゃん――いっ、痛いよぉ~」
「……もう、こんなに無茶して……あんたはそんな――」
「うん。だからだよ。だから頑張ったんだよ」
「…………そっか。よく頑張ったね」

 少しだけ視界に入った。
 2人の頬には薄っすらと涙が伝っているのを。



 ここでどんなことが起こったのかは僕にはわからない。
 きっと、計り知れないほどの苦労をしたのかもしれない。
 沢山の苦痛が伴ったのかもしれない。

 光崎さんは絶望的状況だと言った。
 それでも僕はみんなを信じた。

 そして、こうして全員で勝利を掴み取ることができた。

 突如始まった特別試験もこれで終了。
 これからもまだ続く学事祭。
 新たにできた目標を叶えるためにはこのまま勝ち続けなければならない。
 でも、大丈夫。
 僕はみんなを信じている。
 僕たちなら――勝てる、と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺だけ展開できる聖域《ワークショップ》~ガチャで手に入れたスキルで美少女達を救う配信がバズってしまい、追放した奴らへざまあして人生大逆転~

椿紅颯
ファンタジー
鍛誠 一心(たんせい いっしん)は、生ける伝説に憧憬の念を抱く駆け出しの鍛冶師である。 探索者となり、同時期に新米探索者になったメンバーとパーティを組んで2カ月が経過したそんなある日、追放宣言を言い放たれてしまった。 このことからショックを受けてしまうも、生活するために受付嬢の幼馴染に相談すると「自らの価値を高めるためにはスキルガチャを回してみるのはどうか」、という提案を受け、更にはそのスキルが希少性のあるものであれば"配信者"として活動するのもいいのではと助言をされた。 自身の戦闘力が低いことからパーティを追放されてしまったことから、一か八かで全て実行に移す。 ガチャを回した結果、【聖域】という性能はそこそこであったが見た目は派手な方のスキルを手に入れる。 しかし、スキルの使い方は自分で模索するしかなかった。 その後、試行錯誤している時にダンジョンで少女達を助けることになるのだが……その少女達は、まさかの配信者であり芸能人であることを後々から知ることに。 まだまだ驚愕的な事実があり、なんとその少女達は自身の配信チャンネルで配信をしていた! そして、その美少女達とパーティを組むことにも! パーティを追放され、戦闘力もほとんどない鍛冶師がひょんなことから有名になり、間接的に元パーティメンバーをざまあしつつ躍進を繰り広げていく! 泥臭く努力もしつつ、実はチート級なスキルを是非ご覧ください!

僕と精霊〜The last magic〜

一般人
ファンタジー
 ジャン・バーン(17)と相棒の精霊カーバンクルのパンプ。2人の最後の戦いが今始まろうとしている。

【悲報】人気ゲーム配信者、身に覚えのない大炎上で引退。~新たに探索者となり、ダンジョン配信して最速で成り上がります~

椿紅颯
ファンタジー
目標である登録者3万人の夢を叶えた葭谷和昌こと活動名【カズマ】。 しかし次の日、身に覚えのない大炎上を経験してしまい、SNSと活動アカウントが大量の通報の後に削除されてしまう。 タイミング良くアルバイトもやめてしまい、完全に収入が途絶えてしまったことから探索者になることを決める。 数日間が経過し、とある都市伝説を友人から聞いて実践することに。 すると、聞いていた内容とは異なるものの、レアドロップ&レアスキルを手に入れてしまう! 手に入れたものを活かすため、一度は去った配信業界へと戻ることを決める。 そんな矢先、ダンジョンで狩りをしていると少女達の危機的状況を助け、しかも一部始終が配信されていてバズってしまう。 無名にまで落ちてしまったが、一躍時の人となり、その少女らとパーティを組むことになった。 和昌は次々と偉業を成し遂げ、底辺から最速で成り上がっていく。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

最弱ユニークギフト所持者の僕が最強のダンジョン探索者になるまでのお話

亘善
ファンタジー
【点滴穿石】という四字熟語ユニークギフト持ちの龍泉麟瞳は、Aランクダンジョンの攻略を失敗した後にパーティを追放されてしまう。地元の岡山に戻った麟瞳は新たに【幸運】のスキルを得て、家族や周りの人達に支えられながら少しずつ成長していく。夢はSランク探索者になること。これは、夢を叶えるために日々努力を続ける龍泉麟瞳のお話である。

処理中です...